13:目覚め
「あーあ。直サンじゃなくて透兄とペアが良かったなぁ」
「悪かったね、透じゃなくて。」
さっきからこんな会話ばかりだ。
青い瞳には明らかにがっかりした色が滲んでいる。
直はそんな蒼の態度に釈然としないものを感じながらもその背中について歩いた。
何時の間にか広い空き地の様な場所に辿り付いたが、蒼の文句は未だ止まらない。
しかし、ぶつぶつと一方的な文句を延々聞かされれば直とて嫌気がさしてくる。
ちょっとした嫌味のつもりで直は蒼の服の裾を掴んで引き止め言葉を投げつけた。
「ていうか、蒼って透の事本気で好きなの?」
「…」
振り返った蒼は何も言わず直を見つめている。
心の中を読んでいるのだろうか…
ふと直は思ったが、読んでいるならそれはそれで構わない。
読まれて困る思いなんて自分の中には無いのだから。
「直サンらしいよね、そういうの。」
「僕の質問に答える気は無いの?」
「答えを聞いてどうするのさ?」
そう返されると、直は言葉に詰まった。
例えば北森の事が『本気で好きだ』と宣言されたとして。
例えば北森の事が『冗談だ』と誤魔化されたとして。
蒼の出した答に一体自分は何を言おうとしているのだろう。
「ね?言えないでしょ?」
「…ッ、」
「直サンは幼馴染を取られたくないだけ。そうやって透兄に執着してるから、透兄が直サンから離れられないんじゃない?」
痛い所を衝かれ、直は口を噤む。
幼い頃から、北森は直より体格がよく大人びていた。
おまけに運動神経も良く、頭の回転も速い。
並ぶと兄弟のようだと何時も言われて育ってきた。
北森も直をまるで本当の弟の様に扱い大切に護ってきてくれていた。
自分を傷つけてでも、直の事を護ってくれる優しい幼馴染。
何時しかそれを当然の様に思い甘んじてきた。
(そうだ…さっきだって透…)
砂嵐に飲み込まれそうになった自分を助けてくれたのは紛れも無く大切な幼馴染だ。
血を流し、気を失いそうな激痛の中で、それでも直の前に楯として立ってくれた。
(じゃあ、答なんて決まってるじゃないか…)
「そうだよ…僕は透に執着してる。透が居ないと何も出来ない」
「認めるんだ…」
「認めないと、透が僕に与えてくれる優しさが無駄になる。」
ぐっ、と白くなるまで握り締めた拳。
そして留めていた想いが口をついて溢れ出す。
「困るよ、蒼が本気で透の事好きだったら…」
「だったら…?」
「蒼を敵に回さないといけなくなる。」
それは何時もの直からは想像も付かないような冷たく鋭い目。
見るもの全てを凍りつかせるような雰囲気に蒼ですら息を呑む。
いや、実際に体感温度が下がっているのだ。
足元からせり上がってくる冷気に蒼は小さく身震いをした。
「透は誰にも渡さない。」
きらきらと直の足元で何かが瞬く。
それが徐々に大きな光となり形を成していく。
二人を取り巻く冷気が一層温度を下げた。
「まさか…そんな答で属性を見つけるなんてね。思いもよらなかったよ。」
「え…?」
直はまだ自分の周りに現れたものに気が付いていないようだ。
きらきらと光っていたもの…それは小さな氷の欠片。
先端が尖った氷の欠片は、それだけで十分武器となりそうだ。
蒼に指摘されて、直はようやくその存在に気が付いた。
「氷…?」
「直サンの守護者としての属性はそれみたいだね。」
直は手を伸ばし自分の周りに出来た氷の欠片に触れようとした。
しかしそれは敵わず、氷の欠片は直ぐに溶けてなくなった。
「硬度の無い溶けかけの氷だね。それじゃあまだ俺の刀の方が強そう」
鼻で笑われた事なんて直にとってはどうでも良かった。
蒼の言う事は事実なのだから…
否定したければ強くならなければならない。
「勝負しようか、蒼。」
「透兄を賭けて?」
「透を賭けるなんて嫌だよ。選ぶのは透だからね。」
「言うじゃん。俺はじめてアンタの事ちょっと好きになれそう。」
向かい合い、二人はそれぞれ構える。
蒼は刀を、直は氷の刃をそれぞれ相手に突きつける。
二人が地面をほぼ同時に蹴って、刀がぶつかる。
欠けた氷の破片がきらきらと宙に舞った。
自分より幾分背の低い少年の背中について歩く。
何の当ても無いのかと言いたくなるほどふらふらと歩かされて、いい加減水無瀬は苛立ちを感じ始めていた。
周りの景色は市街地に変わり、高層ビルが縦並ぶ。
そこで漸く翡翠は足を止めた。
「で、ここが何だってんだよ?属性云々と関係あるのか?」
「さぁ。」
「てっめ…ふざけてっとこの場で殺すぞ…?」
「ふざけてないよ。取り敢えず昇ろう」
ぴ、と指を上に向ける翡翠。
指の動きを追うように視線を上向けると、そこには一際高い高層ビルがあった。
翡翠はそのビルのエントランスを潜り抜け、エレベーターへと足を進めた。
水無瀬の言葉を聞くでもなく、さっさとエレベーターに乗り込んでいる。
「理由を言え…」
「見えるから。アンタと俺がこのビルに昇るのが」
そう言えばこの緑色の瞳の少年は未来を見ると言っていたのを思い出す。
水無瀬は諦めて翡翠の止めているエレベーターの中に乗り込んだ。
会話らしい会話はやはり無く、エレベーターが上昇していく音だけが無音な空間に響いている。
階数を示すデジタル表示が25になった時、ドアが開いた。
「屋上…?」
「みたいだね」
「見えてたんじゃないのか?」
「運命が変わるような未来は、俺は見る事は出来ない」
翡翠が錆び付いたドアを開くと嫌な音が響いた。
薄暗い空が視界いっぱいに広がった。
「俺に見えたのは此処でアンタと俺が戦うところまで。」
翡翠は自分の腰に掛かっている刀を抜くとそれを水無瀬に向けた。
「俺に勝てるとでも?」
「体術に自信あるみたいだね…」
「てめぇみたいなモヤシに負けるかよ」
水無瀬が構えた。
それは少林寺拳法の構えだ。
翡翠はにやり、と笑みを深めた。
「残念だけど…俺もある程度武術出来るんだよね」
「なっ…」
ふっ、と水無瀬の視界から翡翠が消える。
かと思えば水無瀬の守備範囲に飛び込んで刀を突き付けてきたのだ。
真っ直ぐ喉元に向けられる刃に小さく息を呑む。
「気を抜かない方が良いよ。アンタの習い事と違って俺のは人殺しの為の術だから」
「やるじゃねぇか…」
一歩引いて翡翠から距離を取り、そのまま足で翡翠の手を蹴り上げる。
ククリ刀が宙に舞って屋上のコンクリートに刺さった。
「やる気でた。後悔すんじゃねぇぞ」
にやり、と笑う水無瀬は心底これから始まる殺し合いを楽しんでいるようだ。
好戦的なその姿は天性のものだろう。
「師匠が何で俺をアンタの相手に選んだの分かる気がするよ。」
「御託はいらねぇ…かかってこいよ」
遠くで低く轟く雷鳴。
ぽつぽつと雨がコンクリートに染みを作っていく。
空が一層暗さを増していった…




