11:白星と黒星−2
「黒星が貴方達を狙う理由…それを一言で言えば『使命』なのです。」
「使命…」
「白星を亡き者にすることで彼らは実体を手に入れることができる…」
凪は懐から一冊の本を取り出し、それを6人の前で広げて見せた。
草書の様な読み難い漢字が並ぶそれを瑞樹は指でそっと辿る。
「『白死時黒蘇』…?」
「白星死せば黒星蘇る…という意味です。」
「…!!」
つまり白星である瑞樹達が死ねば黒星と呼ばれる彼らが蘇る事が出来ると言うことだ。
その意味を理解し、他の5人も一気に表情が硬くなる。
そんな中直が恐る恐る口を開いた。
「ね…凪さん…この世界で死ねば‥僕たちはどうなるの…?」
それは他の5人も聞きたかった事だろう。
しかしその先の答えは聞きたくない事かもしれない。
皆が固唾を呑んで凪の言葉を待った。
「正直なところ…それは私にもわかりません…ただ私が思うにこの世界も現実世界もつながっています。この世界で消えるという事は…」
その言葉の先は容易に想像がついた。
愕然とする直の背中を北森がそっと撫でる。
北森はその動作を続けながら凪へ視線を向けた。
「黒星って何者?」
「黒星…彼らも元々はこの世界の住人ではないのです。」
「って事は…?」
「貴方達と同じようにこの世界へ引きずり込まれた人間です。」
そこで凪は少し言い淀む。
言うべきか言わないべきかを逡巡しているようだ。
凪は暫く考え込んだ後、覚悟を決めたかのように口を開いた。
「この世界は互いが互いを生贄にすることで成り立つ世界です…」
「生贄…」
「言い方は悪いですが外れてはいないと思います。白星を生贄にすれば黒星が出られる…逆も然り、です。」
「負けた方を生贄に、生き残った方が現実世界に戻れるって事ですか…?」
凪はこくりと頷いた。
「じゃあ私達はあの人達を倒さなければ帰れない…」
「そうなりますね」
「他に…方法は無いんですか?全員が戻れるような…そんな方法は…」
「分かりません。あるのかもしれませんし、無いのかもしれません。」
端樹は伏していた視線を上げた。
凪の言葉端に僅かに浮かんだ希望を必死で手繰り寄せるかのように。
「わからないんですよね?」
「えぇ…」
「じゃあ良いです」
にこり、と端樹が笑う。
それを見て全員が唖然とする中、水無瀬だけがそんな端樹を鼻で笑った。
「えらい自信じゃねぇかよ。」
「0じゃないなら良い。私は諦める気はない。」
「何が良いんだよ?方法も何も分からないのに?それともてめぇの為に命賭けろっていうのかよ?」
「違う…!」
畳み掛けるような水無瀬の言葉を切るように端樹は声を荒げ立ち上がる。
見上げた端樹は今にも泣きそうな、何かを必死に堪えるような表情をしていた。
「私の為に戦うなんてしなくて良い…水無瀬君は水無瀬君の為に生きて欲しい…」
「へぇ…?守護者に護られなかったてめぇは生き残れんのか?」
「生きてみせる」
端樹の表情が変わる。
真っ直ぐ射抜くように水無瀬を見据える。
「誰も死なせない…!」
その視線の居心地悪さに水無瀬は小さく舌打ちをした。
そのまま背を向けると襖の方に歩きだした。
「待てよ…」
その水無瀬の肩を掴み引き止めたのは狩谷だった。
「離せ…」
「逃げんな」
「うるせーよ!そんな女の言う事なんざ信用出来るか!」
「晋!」
狩谷の手を乱暴に振り払うと水無瀬はそのまま出て行った。
狩谷は振り払われた手をじっと見つめる。
暫くそうした後、狩谷はぎゅっとその手を握り締めた。
「ごめん、瑞樹…」
「ヒロ君…」
「アイツ、ああいう性格だから…」
苦笑うと狩谷は水無瀬の出て行った襖の方へ歩いていった。
出て行く間際一度だけ狩谷は振り返った。
「アイツさ…ちょっと複雑なんだ。だから…ごめん。」
振り返った狩谷の表情が曇って見えたのは気の所為ではないだろう。
しかしそれを確認する前に狩谷は出て行ってしまった。
「ヒロ君…!」
「瑞樹」
追いかけようと一歩踏み出した瑞樹の手を岡野が引っ張りそのまま自分のほうへ引き寄せた。
不意に引き寄せられた所為で瑞樹の体はあっさり岡野の腕の中に納まる。
きつく締められた腕の中で小さく瑞樹はもがいた。
「キヨ…君…?」
「行くな…」
何処か悲痛に満ちた声。
瑞樹はもがくのを止め、岡野の顔を見上げた。
岡野の目は悲しげに細められ、真っ直ぐ瑞樹を見つめている。
視線が重なり、岡野はもう一度繰り返した。
「行かないで…」
何時もの岡野からは想像も出来ないほど、細く弱々しい声。
それに反するように抱き締めてくる腕の力は強くなる。
苦しい程抱き締められた腕の中で瑞樹は小さく顎を引いて頷いた。
神社の裏手にある大木。
その根元に静かに佇む水無瀬の姿を狩谷は見つけた。
「晋…」
小さく、極力刺激を与えないように狩谷が水無瀬の名を呼ぶ。
視線だけ動かして水無瀬は狩谷の姿を視界に収めた。
「わかんねぇよ…お前があの女に固執する理由が。」
水無瀬は煙草を口に銜え火を点す。
吐き出された煙で視界が白く濁った。
「自分のために生きろ?誰も死なせない?」
「晋…」
「うぜぇんだよ、そういうの…!俺は何時死んでも良いし、自分の為に無様に生き延びるなんてだせぇ事したくねぇ…」
噛み締めたフィルターから口の中にじわりと広がる不快な苦味。
眉を顰め水無瀬は煙草を口から吐き出した。
「お前まだ何時誰に殺されても構わねぇって思ってんのか…?」
「誰にでもって訳じゃねぇけどな。」
「そうか…」
狩谷は右拳を握り締めると、左手で水無瀬の胸倉を掴み上げた。
そのまま地面へその体を縫い付ける。
「晋…」
「待ってんだぜ、俺は。」
自分の上に跨る狩谷を見上げ、水無瀬は哀しげな笑みを浮かべた。
その笑顔に狩谷は胸が痛くなる。
幼い頃から何回も水無瀬のこんな表情を見ているが結局何も出来ない自分に嫌気がさす。
「早く俺を殺してくれよ、裕之。殺されるならお前が良いんだ。」
「それは…出来ないと何度も言ってる…」
絶望に塗れた水無瀬に『殺してくれ』と言われた時狩谷はどちらも選べなかった。
死ぬな、なんて言えない。
殺してやる、なんて言えない。
慰めも、優しい言葉も、同情も。
すべて水無瀬にとっては不要のものだった。
『殺してやる』か『死ね』か。
その二択の言葉が水無瀬の望むものだった。
しかし泣き叫ぶ幼い水無瀬に、どちらも選べなかった狩谷が与えたのは長い沈黙。
その日から今日まで、狩谷は水無瀬晋という存在から逃げてきたのだ。
「ごめん…な、晋…」
「裕之…」
「やっぱ俺には出来ねぇよ。だから…」
胸倉から手を離すと狩谷はその手をそのまま水無瀬の頬へ持っていった。
上体を倒し水無瀬の視線から逃げることなく真っ直ぐに見つめあう。
そして長年言えないまま飲み込んできた言葉をそっと吐き出した。
「お前と一緒に生きてやる。」
それは水無瀬の望む言葉とは余りにも掛け離れていた。
それでもその言葉は何故か直接水無瀬の深い心の闇を抉っていった。
水無瀬の見開かれた瞳から、涙が一筋零れ地面へと落ちた。




