1:日常
時にBL的な要素を含む場合や残酷な描写が入る場合があります
運命なんて変わらない。
胸に刻まれた哀しみは深い深い傷となり何時までも痛みを伴う。
ただ、涙はもう流れなかった。
「お父さん…お母さん…」
2つ並んだ写真の前で手を合わせれば、線香の匂いが制服に纏わりついた。
目を一度だけきつく閉じてからゆっくりと開く。
2人は相変わらず写真の中で笑っていた。
だから私も笑うんだ。
「いってきます。」
居なくなった2人。
唯一私に残ったのは、2人がくれた簪だけだった。
*****
何時もと変わらない通学路。
家を出て一つめの角を曲がった所で、前方に見慣れた二つの影を見つけ瑞樹蓮は足を速めた。
走る動きにあわせて瑞樹の少し茶色がかったロングヘアがふわりと靡く。
程なくして瑞樹は2人に追いついた。
「おはよう!キヨ君、ヒロ君!」
間に割って入るように朝の挨拶をする。
2人が優しい笑顔で振り向いた。
「おはよ、瑞樹」
そう言って瑞樹の頭に手を置いて笑うのは岡野潔、瑞樹の彼氏だ。
瑞樹よりもう少し明るい、ややオレンジがかった髪は短くワックスで無造作に跳ねている。
身長は170cm前半ほど、部活に入っていない割には綺麗に筋肉がついている。
少し下がった目尻が彼の人の良さを存分に引き出している、いわゆる好青年だ。
「うっす。」
反対側からは、岡野の親友である狩谷裕之がそっけないながらも挨拶を返した。
狩谷は瑞樹や岡野とは違い漆黒の髪色で、特に何もつけたりはしていないようだった。
背丈は岡野よりさらに高く180cm程の痩せ型。
すらりとした細身で、長い手足はまるでモデルのようである。
綺麗な切れ長の目は鋭く、少々キツそうな印象を受ける美少年といった所だ。
岡野も狩谷も、3人が通う『森波第一高校』で1,2を争う人気である。
穏やかで人当たりが良く、男女問わず人気の岡野。
無口で目立つタイプでは無いが、それが反って女子の人気を集めている狩谷。
正反対の2人だが、1年のときに同じクラスになってから馬が合ったのかずっと一緒につるんでいる。
そんな2人の間にいる瑞樹は何かと嫉妬の対象となったが、岡野の恋人になってからは目に見える嫌がらせは無くなっていた。
小さな嫌がらせは未だ続いてはいたが、瑞樹は心配させまいと黙っている事にした。
「そういえば、瑞樹」
「何?」
「いや…最近大丈夫か?嫌なこととかされてない?」
「大丈夫!キヨ君達が心配するようなことは無いから」
「そっか、なら良いんだけどよ」
笑顔なら自信がある。
心の中にチラつく不安を全て飲み込むように笑った。
そうすれば自分の不安が取るに足らないものだと思えるから。
それきり会話は途切れ、3人は何となく気まずい雰囲気になりながら校門をくぐった。
下足箱で靴を履き替えるとクラスごとに分かれる。
一人クラスが違う岡野とはそこで別れ、何時もの様に瑞樹は狩谷と教室へ向かった。
気まずい雰囲気は相変わらず続行中。
ぱたぱた、とリノリウムの床をスリッパが叩く音だけが廊下に響く。
その沈黙を破ったのは無口な筈の狩谷だった。
「瑞樹…」
「?」
「何で嘘をつく…?」
その言葉に瑞樹の心臓が跳ねる。
真っ直ぐと射抜いてくる瞳が居心地をさらに悪くさせた。
「何の…コトかな?」
「指…」
狩谷の視線から逃れるように身を捩って左手を隠す。
隠れきる前に狩谷はその左手を掴んで目の高さまで持ち上げた。
「傷だらけじゃねーか」
「駄目だね、私。不器用でさ…!」
「また…」
急に狩谷の無表情が哀しげに歪められた。
それは何時もの彼からはとても想像出来ない表情だった。
「すぐ…お前は嘘を吐く…」
「ヒロ君…」
「俺らはそんなに頼りにならねーか…?」
真っ直ぐ射抜く瞳と。
真っ直ぐ突き刺さる言葉。
自分の弱い心が助けを求める様に心の奥底で蠢く。
「瑞樹…」
「なんで…」
何でそんな事言うの?
何でそんな目で見てくるの?
「駄目なのに…」
「何が駄目なんだ…?」
あやす様に、伸びてきた手が背中を撫でる。
触れた手が優しく背中を撫でた瞬間、瑞樹の目から涙が零れた。
「心配かけたく‥ないのに…」
「…心配くらいさせろ。」
「迷惑かけたくないのに…」
「迷惑なんて思ったこと無い。」
狩谷の言葉はまるで魔法のようだった。
今まで瑞樹の喉の奥につっかえて出てこなかった言葉をするすると引き出していく。
小さく嗚咽を漏らす背中を押して、狩谷は人目につかないよう非常階段の脇まで瑞樹を誘導した。
「ほんとは…まだ…下駄箱に手紙入ってるの…」
「そうか…」
「びっしり剃刀が貼り付けてあって…」
「痛かったな…」
傷だらけの瑞樹の指をそっと手で包む。
小さな痛みと温もりが触れた指先からじわりと広がる。
見上げた狩谷は相変わらず痛々しい表情で瑞樹を見下ろしていた。
「岡野に心配かけたくないなら俺に言え」
「ヒロ君…」
「何でも聞いてやる」
優しい言葉に心が揺らぐ。
此処で頷いてしまえば、まるで狩谷を利用するようで。
そんな瑞樹の気持ちを先回りするかのように狩谷が言葉を紡ぐ。
「利用してくれて構わない。」
「え…」
「好きなだけ、俺を利用しろ」
「どうして…?」
そこで瑞樹は言葉を詰まらせた。
見上げていた狩谷の眉尻が困ったように下がる。
「何で…だろうな」
考えるように狩谷は少しだけ俯いた。
さらりと狩谷の綺麗な黒髪が表情に影をつくる。
しかし直ぐに顔を上げると再び真っ直ぐな目で瑞樹を見つめなおした。
「俺がそうしたいからそうする、じゃ納得できないか?」
戸惑うように瑞樹は目を逸らす。
目を閉じて頭の中で狩谷の言葉を反芻した。
優しくて、強い言葉。
もしも自分に兄が居たらこんなかんじだろうか…
「ヒロ君て、お兄ちゃんみたいだね。」
「そうか…」
「ありがとう!」
開いた目で今度は真っ直ぐ狩谷を見つめ返す。
自分が待ち望んでいた言葉をくれた狩谷に精一杯の感謝を伝えるために。
顔を見合わせ微笑み合う。
それだけで心が軽くなっていくのを瑞樹は確かに感じていた。




