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胸キュン……するといいなぁ

俺は/私は……気になっている────

作者: Suzuki-Romy

 ────俺は気になっている。


 いつも無愛想で、喋らない、正直何を考えているのかわからないそんな彼女が、とても……







 4月、委員会の顔合わせ。(らく)そうだから、競争率が低いから、なんて不純極まりない理由で選んだ図書委員会。


 そこにいる男女のほとんどが俺と同じなのか、どこか気怠げだ。


 時間が来て、受け持ってくれている教員と司書さんが挨拶をして、委員会が始まる。自己紹介と学年の代表を決めるのが最初の仕事。


 けれど、ここには消極的な人間しかいないのか、2年生と3年生のテーブルの盛り上がりを余所に1年生のテーブルは静まりかえっている。


 誰も彼もが誰が話し始めるのかと顔色を伺っている。余程周りと違うことをするのが嫌らしい。日本の学生というのは、どうにもこういった必要以上に同調を好む気質がある。と、言っても日本以外の学生のことは知らないのだが……、まあどうにも辟易するのだ。


 俺はこんな馬鹿げたことに付き合う気はないので口を開く。表情は努めて笑顔、上部だけでも愛想良く、円滑な人間関係は生きていく上で生涯必須だ。


「自己紹介、始めるけど、いいかな? 僕は7組の────…………」


 俺の自己紹介を皮切りに、皆、(にこや)かな自己紹介を続けていく。名前の後に一言、二言添えて。


「2組の宮村(みやむら) 加奈(かな)です」


 抑揚のない声、表情の乏しい顔。酷く無愛想な子だと思った。


 そして、続く一言が……、無い。皆が言うものだと思ったために変な間が空く。周りに合わせろとは言わないが、自己紹介が終わった合図くらいは示して欲しい。続く人がタイミングを計り辛いだろうから。


 宮村は僅かにその間に気づいた様子を見せ、


「よろしくお願いします」


 と、これまた酷く抑揚のない一言を加えた。



 そのあと、最初に声をあげたことが理由か、俺が図書委員1年生の代表となった。


 普段の業務と1年間の図書委員会の催しのスケジュール、次の委員会についての説明を受け、その日の委員会は解散となった。


 宮村は荷物を手早くまとめて、出て行った。何というか、周りを気にしなさ過ぎるのも考えものなんだな、というのがそのときの俺の宮村に抱いた気持ちだった。






 5月、6月と月日の流れはとても早かった。進学校特有の課題の多さや、部活特有のノリに嫌気がさしたり、やたらと馴れ馴れしい女子に(わずら)わされたりとそれなりに濃い毎日だったと思う。


 委員会は月に二度ほどあったが、宮村は毎度、毎度無愛想、委員会が終われば即座に荷物を片付け1番に帰っていく。ただ幸い、やる気のない者が多いので特に反感は持たれていなかった。しかし、同時に関心も持たれていなかったが……


 だが不思議と俺にとって、宮村は非常に目に付く存在であった。そして、そんな宮村を目で追ううちに、他とは随分と変わった存在である彼女の人となりを知りたいと思うようになっていった。


 7月、夏休みを目前に控えたこの月の委員会の集まりは一度だけである。その日の委員会の内容は夏休み明けである9月の文化祭での図書委員会の催しの内容とその仕事の振り分けを決めることであった。


 話し合いの結果、今年の文化祭で図書委員会は古本市と朗読劇に決まった。


 古本市というのは、消極的な人物が多い図書委員会の恒例の催し物らしく、古本を募ってただ並べ、一人か二人がほとんど来ないお客さんのために店番をするだけの簡単なお仕事、売り上げはどこだかの慈善団体にすべて寄付というまさにやる気のない人たちが喜びそうな内容であった。


 結果、各学年9クラス27人の図書委員は古本市22人、朗読劇5人のアンバランスに過ぎる編成が完成する。この学校は生徒の自主自律がモットーというのを理由に教員や司書さんは口を挟んでこない。


 朗読劇のメンバーは朗読劇を提案した2年生2人と奇特な1年生3人、そして俺はその奇特な1年生であった。2年生の先輩2人が古本市メンバーに勧誘をかけているが、結果は期待できそうもなかった。とりあえず俺は残る奇特な1年生2人を見る。


 1人は8組の大海(だいかい)という男子生徒、そしてもう1人は2組の宮村加奈であった。


 意外であった。宮村はこういったことには不向きであるように思えたからである。


 ちなみに俺は宮村を追って朗読劇グループに入ったわけではない。もともと演劇とかには興味があり、入学当初は演劇部に入ろうと思っていた。が、大変嘆かわしいことに近年、高校演劇は廃れつつあるようでうちの高校の演劇部は何年か前に潰れていた。仕方なしにテキトーな部活入っていた俺にとって、今回の朗読劇は非常に心惹かれる提案であった。


 2年生の先輩方は結局1人も引き抜けなかったようで、前日の準備と当日の手伝いだけを取り付けて戻ってきた。


 2年生の先輩2人は大柄な夏梅(なつうめ)先輩と小柄な西脇(にしわき)先輩という対照的な女子生徒であった。先輩2人は1年生相手に何を話していいかわからないといった様子でたどたどしく色々話してくれた。どうやら先輩方は2人とも俺と似たような感じの境遇らしく、演劇に近いものがやりたいということで今回の朗読劇を提案したらしい。


 図書委員会はほぼ確実に図書室を使えるらしいので、文化祭の場所取りを待つことなく、古本市閲覧スペース、朗読劇は展示室と場所を振り分けそれぞれのグループで計画を立てる。


 朗読劇は事前に図書委員会の担当教員から上映時間を20分程度に収めることを事前に注意されていた。なので、題材とする本を決めたあとに台本を作らなくてはいけない。俺はやりたいと思うにとどまっていただけで、何もしてこなかった。だから台本づくりなんて、できそうにもない。幸いにも2年先輩方がやってくれると言ってくれたので1年生3人は揃ってほっとしていた。ただ、俺は同時に自身の思いが上っ面だけのものだったような気がして、せめて役者としての朗読と演技だけはこなしてみせると、心のうちに決意していた。


 題材は、宮沢賢治の銀河鉄道の夜、に決まった。


 この日はもう時間が時間だったためにそれぞれ連絡先を交換して解散だったのだが、宮村がスマートフォンどころか携帯電話自体を持っていないということが判明し、夏休みに入るまでに図書委員会としてそれぞれのクラスに連絡を入れて、夏休み中の練習の予定を決めるために一回集まることとなった。






 夏休み、高校に入る前からこの高校は課題量が多いとは聞いていたが信じられない量の課題が出された。正直答えを写すだけでも一苦労だろう。夏休みを遊びたいがために、夏休みに入る前から課題の消化は始めていたがあまりにも目指すゴールが遠いために、答えを写すことが選択肢として早くもチラつき始めた頃。記念する一回目の練習日がやってきた。


 俺はあの日の決意をしっかり実行していた。家で発声練習など、事前に調べて挑戦したのだ。わかったのは俺が案外滑舌が悪かったことで、前もって練習していなければ悲惨だっただろう。声量は申し分なく、録音を聞いた限りでは声に感情を込めるのも問題はなさそうであった。最近の日課は専ら外郎売(ういろううり)の速さを意識した朗読である。……京の生鱈(なまだら)奈良(なま)まにゃがつおぉ!


 ()だるような暑さとはまさにこのこととばかりに、蒸し焼きにされつつ高校にやってきた。あれ? 蒸されているのであって、茹でられてはいないじゃん。とか取り留めもないことを考えつつ、練習場所として貸してもらっている図書室のバックスペース的な部屋に入る。


 壁の側には大量の椅子が積み重ねてあり、残った空間には会議室風に4つの長机が並べられている。その机の上に、小さい方の先輩、西脇先輩が台本らしき紙の束を並べていた。


 1番に来て、物置き地味た部屋を小会議室風にしたりと色々な準備をしていたであろう先輩。これは頭があがらないな、と思いつつ、おはようございます、と挨拶すれば、にこやかに、おはよう、早いね、なんて自分の名前と共に返される。確かに30分は前だが、それよりもずっとか早くに来て準備していた先輩に言われては、後輩として気まずさがあった。


 咄嗟に何か手伝えることはないかと聞けば、困った顔で、特には無いかな? なんて返されてしまう。


 10分もすれば他のメンバーもやってきて、一様に思いのほか早く集まっていたメンバーに驚きを示していた。思ったよりも皆、意欲があるらしい。


 やはり西脇先輩が並べていたのは台本だった。先輩が感想を聞きたいと言ったので、配られたそれを各々が目を通す。台本は元の本を時間制限と朗読劇グループの人数の関係から大幅にカットし、繋げ、改稿したもので、中々の出来栄えだと思う。が、それは元の銀河鉄道の夜を読んでいたからのようで、削った描写の影響で脈絡のない台詞(せりふ)や急に現れる台詞一つの登場人物などが、主に大海、控えめに宮村に指摘されていく。多少の遠慮は見られたが、しっかり仕事を全うしてくれている。


 台本は今日のところは各々が手直しを加えたものを使い、次回また刷り直したのを配ってくれるそうだ。


 配役は主人公であるジョバンニ、主人公の親友カムパネルラと4つに分けたナレーションの一番最後、主人公をいじめるぎりぎり名前が消えなかったザネリと不思議な銀河鉄道の旅で出会う人たちである鳥捕りと青年(青年は青年である)とナレーションの一番最初と最後にカムパネルラの父、二番目のナレーションと青年と一緒に登場する女の子、名も無き端役たちと銀河鉄道の旅で出会う学士に三番目のナレーションの5つに分けた。


 ナレーションは場面で分けているため、一番読む文量が少ないのはザネリ・鳥捕り・青年・カムパネルラの父と一番最初のナレーションを担当する人という驚くべき結果である。


 配役は一度交換しながら読み合わせてみて、それぞれにあった配役を決める流れとなった。


 一周目はジョバンニに夏梅先輩、カムパネルラに俺、ザネリ・その他諸々に大海、女の子に宮村、学士・端役諸々に西脇先輩となった。実は最初のナレーションとザネリで場面が被るのだが、イジメっ子のザネリなどナレーションがついでにこなす形で構わないだろうという結論で落ち着いた。


 物語は授業で天の川についてジョバンニが質問されるところから始まる、夏梅先輩はさすがというか、体格に見合った声量と女性にしてはやや低めの声が少年ジョバンニによく合っていた。それに比べるとナレーションの大海は少々ぎこちなさが目立ったが仕方のないことだろう。西脇先輩は一言、二言だけだったが小柄な体からは信じられない張りのある力強い声だった。対して俺はと言えばまだ序盤もいいところだというのに早速噛んでいた。これでも上達した方である。


 そして場面は不思議な銀河鉄道の旅へと移る。「銀河ステーション、銀河ステーション────……」西脇先輩のアナウンスが部屋に響く。そして────涼やかな声とともに列車が現れた。彼女の声は日頃の無感情のものとは打って変わって色にあふれていた。声質は同じ、けれどわずかに載せられた抑揚がそれを彩る。静かながらも、耳にすっと入るその声はとても、とても(うつく)しかった。だからか────


「────ネルラっ、カムパネルラっ。台詞」


 (ほう)けてしまっていた。あっ……ああ、なんて間抜けな返事をしてしまい、(しま)いには、どうしたの? って聞かれて、声が綺麗だったから……、なんて正直に答えてしまった。大海にはからかう様にどつかれ、夏梅先輩にはいきなり目の前で口説き始めるんじゃないよと笑われながら言われてしまった。西脇先輩ですら笑っていた。


 宮村は最初驚いた顔をみせ、そのあと笑った。その笑顔は何よりも輝いてみえた。


 このとき、────俺は宮村のことが好きなんだと気づいた。











 ✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦











 ────私は気になっている。


 無表情で人を寄せ付けない、かと思えば人と話すときは一転して柔和な笑顔を浮かべる、でも決して目は笑わないそんな彼が、とても……




 4月、普通科では県で二番目だという進学校に入学したが、真面目な優等生ばかりがいるのかと思えばそんなことはなく、不良っぽいのや頭の軽そうな者がちらほら見受けられる教室。そのことに軽く衝撃を受けた。


 自己紹介が終わるとクラスの役員決めがあり、本が好きだった私は図書委員会に立候補した。だが、最初の顔合わせでまたしても期待を裏切られる。そこにいた各クラスの図書委員たちにはとてもやる気が欠けていた。本好きの友達ができるのではと思っていたが、スマホをいじったり中身のない話しをしている彼らには期待できそうもなかった。


 委員会が始まるとまず、各学年で自己紹介と代表を決める時間が与えられる。2年生と3年生が盛り上がる中、1年生は異様な静けさの中にあった。非常にやり辛い。


 そんな中、一人の男子生徒が口を開いた。私は少し驚いた。何故なら彼は委員会が始まる前からずっと無表情、誰も俺に話しかけるなとばかりのオーラを出しており、とてもこの状況で喋り出す人とは思っていなかったからだ。私は委員会が始まる前に一度、彼に目を向けていた。唯一、周りのやる気のないメンバーとは違った様にみえたからだ。同性ならばきっと声をかけていた。だが異性でその雰囲気では非常に怖く、諦めざるを得なかった。


 だが驚くのはそこだけではなかった。


「自己紹介、始めるけど、いいかな?」


 なんと今までの無表情から一転、にこやかな笑顔を浮かべ、予想もしていなかった男性にしては少し高めの少年のような優しげな声が飛び出したのだ。


 けれど、この場にいる1年生図書委員のメンバーはきっと冷や汗を流しているだろう。


「僕は7組の錫木(すずき) 倖作(こうさく)、あまり読書量は多くないけど本を読むこと自体は好きだからオススメの本があったら教えてくれると嬉しいかな」


 だって彼の目はずっと変わらず笑っていないのだから。彼の瞳は色素が少しだけ薄いのか、明るく淡い茶色をしている。そのため光の灯っていないその目はより分かりやすかった。


 先ほどの彼の言葉も別の意味を感じられそうなものであり、彼の隣の男子生徒は慌てて自己紹介を引き継いでいた。


 皆が皆、取ってつけたような本が好きアピールを自己紹介に付け足しているのは非常におかしかった。私はわざわざそんなことをしなくても、先ほど早速本を借りて読んでいたのでそのような主張は要らないと思い省いたのだが、空気読めよとばかりの視線を浴びてしまった。彼、錫木くんだけは苦笑いだった。


 ちなみに各自に配られたプリントにはしっかりと各クラスの図書委員の名前が載っており、自己紹介はなんとなく覚えていればいい。そのプリントを見た際に錫木の文字を見たときに誤字だと思い、図書委員会を受け持つ教員に報告して誤字ではないと言われて若干恥ずかしかったのはどうでもいいことか。


 そのあと、当然ながら錫木くんは学年代表となっていた。




 本の貸し出しといった図書委員の通常の仕事をして、この学校の図書室の利用の少なさを知ったり、教室で本を読んでいれば読書を勧めるための課題で文字を読むのが辛いというクラスメイトの愚痴を聞いたりと進学校の残念な現実を知りながら、気づけば7月となっていた。


 ほかに何かなかったかと言えば、少し気になることができたくらいか。それは委員会で集まるたびによく錫木くんと目が合うことだ。すぐに逸らされるのだが、そのときの錫木くんの目には光が入っているような気がするのだ。そのとき以外は変わらず目が死んでいると言うか、目に光が灯っていない彼の目。その目は見る人に冷たく、恐い印象を抱かせる。錫木くんはそれで非常に損をしている気がする。だからといって、それを私が伝えることは決してないのだが。




 朗読劇、中々面白そうな企画だと思った。だけど27名もいる図書委員の大半は仕事の少ない古本市に流れた。ただでさえ少ない仕事をどこまで少なくするつもりなのだろうか? 私には理解しかねた。


 数少ない朗読劇のメンバーの中に錫木くんが入っていたことに驚きはなかったが、彼が私を見て意外そうな顔をしたのは心外であった。


 自己紹介も、朗読劇で扱う題材を決めるのも難なく進み、私が携帯電話を持っていなかったこと以外には特に問題は起こらなかった。




 夏休みに入る前にしっかり予定を組んだことで私の連絡手段が自宅だけだという問題は済んだ。そして最初の練習日はやってくる。暑い中、いつもの登校のように自転車に乗って学校に向かう。学年で指定されている駐輪場に自転車を駐めると、閉まっている昇降口を避けて開いている渡り廊下の方から入る。本来なら来客用の入り口から入らないといけないところだが、棟が違うために昇降口が遠く、スリッパに履き替えるための移動の手間を考えると、ついショートカットもしたくなるものだ。


 時間は15分前、電車通学の人たちのことを考えると丁度いいくらいか。図書室の中は空調が効いていた。早く着きすぎたとしても問題なく時間を潰すことができそうだ。けれど、どうやら朗読劇のメンバーたちは中々やる気に満ちあふれているらしい。夏梅先輩以外は全員(そろ)っていた。そしてその夏梅先輩もすぐにやってくる。……単に1年生の最初から5分前行動を徹底させるこの学校らしい一面なのかもしれないが。


 2年生の西脇先輩はしっかり台本を書き上げていた。構成に関しては問題はなく、物語の主軸を欠くことないように大幅に削りつつも大事なところは守られている。不自然になったところをしっかり補い、耳で聞くには適さない難解な語を平易なものにしっかり置き換えてある気遣いも素晴らしいと思う。だが、思い入れがあるのか半端に残してしまっている場所も、またあった。私自身、別段何もしていない手前、少し申し訳ないと思いつつも指摘すると、多少渋る様子はあったが、銀河鉄道の夜をまだ読んだことのないお客さんのことを思えばと納得してくれた。


 それぞれの配役を決める前に読み合わせをすることとなった。朗読劇らしくなってきたと思う。声に出して本を読むのは小学校の音読以来か……。私にとって本の内容を読み上げるのは、自分の言葉で話すよりも自信をもって声を発することができる行為だった。けれど随分と久しぶりであるので少し自信がない。けれど、周りは私の覚悟など待ってはくれない。読み合わせが始まる。


 夏梅先輩、西脇先輩のお二人はとても上手かった。普通の人は大海くんのような感じである。……ごめんね、大海くん。


 そして予想以上に上手かったのが錫木くんのカムパネルラ、彼がここまでの声量をもっているとは思っていなかった。役に入りつつも、しっかりと声を届けるその様子に同じ1年生として焦りを覚えた。彼には申し訳ないが、彼が台詞を噛んだときには少し安心してしまった。どうやら私は自信がないと言いつつも、自分が1年生の中では一番上手いと思っていたようだ。


 そして私の番、思いのほかすんなりと声が出た。一度声が出ればあとは流れるように続く、流れ出る言葉がジョバンニとカムパネルラの乗った列車を紡ぎ出す。


 けれど、物語は唐突に途絶えた。次はカムパネルラの台詞のはずだ……? 台本から顔をあげれば、当のカムパネルラは呆けていた。


 先輩の呼びかけにもはっきりしない返事を返す。彼らしくもない。だが、そんな思いも次の彼の言葉で吹き飛ぶ。


「声が綺麗だったから……」


 何かが一瞬で私の身体を駆け巡った。彼は言ってから、自分の言葉に気づいたのか羞恥し、周りの面々はそんな彼をからかい、笑う。そして私も彼の自然に口からこぼれてしまったであろう言葉の理由に検討がついていた。彼も私と同じだったのだ。それがなんだかとてもおかしかった。気づけば私も笑っていた。


 それから役をローテーションしたりしたが、一番最初の配役が一番しっくりくるということで決まった。


 その日先輩から私は声量を、錫木くんは滑舌を改善点とされた。私は心のうちで密かに、お互い頑張ろうね、カムパネルラ、とつぶやいた。



 うちの高校は進学校らしく、希望者に向けたしっかりとした夏期講習を開いている。だがこの希望者というのは半ば嘘で、この夏期講習に参加したかいなかが夏休み明けの試験に大きく影響するため、ほぼ全員参加である。進学校といえどもピンからキリまでいるため難易度別に講座は別れている。そしてそのいくつかで私は錫木くんと被っていた。わざわざ名簿を見たわけではない。錫木くんがその度にあいさつに声をかけてくるのだ。最初は驚いたが今はもう慣れた。


 それよりも驚くことに気づいた。錫木くんの目が常に生き生きとしているのだ。彼はカムパネルラになっている際、いつも目に光が灯るので気づくのが遅れた。朗読劇が彼の学校生活にやりがいを与えたのだろうか? 理由は定かではないがとてもいいことだと思う。


 彼の肌は夏だというのに雪のように白く、少し彫りの深い顔がハーフのような印象を与えている。今まで人を寄せ付けないようにしていた目が変われば、彼はたちまち人気者だろう。実際何人もの生徒が彼を見ていた。改めて見ると彼の目はまつげが長く、ぱっちりとした二重に淡く明るい茶色い瞳がとても綺麗だった。……正直、女装映えしそうだと思ったのは内緒である。



 朗読劇の方は、演技と朗読の比率で悩んだり、演習に使う機材や当日手伝わせる古本市担当どものことなど色々あったが順調に進んだ。あっと言う間に夏休みは終わり、阿鼻叫喚の夏休み明けの試験を乗り切れば、すぐに文化祭が訪れた────









 ✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦








 あの日、あのとき、恋を自覚したあの瞬間から俺の世界は一変した。


 どこかで恋は薔薇色だと聞いたが間違いではないのだろう。俺の場合は世界が違って見えるようになった。世界そのものが明るくなり、目に入る全てが輝いていた。まあ1番輝いていたのは宮村だがな。


 宮村のことを考えるだけで胸は高鳴り、顔を合わせるだけで幸せだった。こんな経験は初めてだった。これが……恋。


 俺は今まで恋をしたことがなかったのだと気づかされた。今になって初恋なんて恥ずかしいばかりだが、してしまったものは仕方ない。


 毎日が楽しい。でも気付いてしまった、そんな毎日はいつまでも続かないって。文化祭が終われば、きっと宮村と会う頻度はとても少なくなるのだろうから……



 文化祭の日はあっという間に近づいてしまった。皆で練習をした朗読劇をする文化祭が楽しみな反面、幸福な日々の終わりが怖くもあった。けれどそんな俺の思いなど関係なく文化祭当日を迎えた────





 衣装に関しては、服の描写はほとんど削ってあったために、それっぽい服装であればよいということで、俺はワイシャツの上にニットベストを着た、ボンボンっぽい格好にした。クラスメイトにはかなり笑われたのだが、そんなに可笑しいのだろうか? 前日、朗読劇の面々には好感触だったので別にいいのだが……


 夏梅先輩はワイシャツにチョッキというかベストというか、どっちでもいいんだけどね。大海は同じくワイシャツにベスト、プラスなんか小汚い布。外套をイメージしているらしいが、そうとしか表現出来ない。西脇先輩はジャケットにネクタイであった。


 そして、宮村だったが……彼女は前日の練習では衣装を忘れてきていた。何を着てくるかについては白いワンピースとだけ。俺は非常に不安だった。今日、彼女の姿を見て幸せで死んでしまわないかと。


 そして、その懸念は当たっていた。クラスの手伝いもほどほどに、朗読劇の方の準備に向かう、その途中で会ってしまった。


 暑さ残るこの時期に、高原に避暑に訪れる少女を想起するその姿はぴったりと当てはまっていた。吹き抜けの2階の渡り廊下で風に吹かれるその姿に見惚れてしまっていた。俺は彼女が俺に気付かずに去っていって、姿が完全に見えなくてなってから、ようやく我に返り集合場所に向かうのだった。




 図書室の展示スペースは、暗幕を張り、椅子を並べて、どこからか借りてきた照明の調整をしたりと忙しそうであった。まあどれも図書委員会の担当教員の指示のもと、古本市メンバーが酷使されていただけなのでどうとも思わなかったが。……嘘だ、いい気味である。


 いつも練習場所として使っていた物置きとなっていた空き部屋には、既に俺以外は集まっていた。皆、緊張の面持ちであった。俺にもその緊張は伝わってくる。が、宮村の姿を見て霧散してしまった。


「宮村さん、その衣装、すごく似合っているね!」


 つい口について出た言葉がこれだった。


「錫木くん……。一番最後に入ってきて第一声がそれかい」


 夏梅先輩が呆れながら言う。他の面々も似たような表情であった。皆、全くこいつは……って顔である。


 き、緊張がほぐれたようで良かった。うん、計画通りである。


 皆で本場前の最後の確認を済ませる。


 そして、俺たちの舞台の幕が上がった─────












 好評だった。午前の部、午後の部と二回公演をしたが客を呼び込み辛い立地にもかかわらず少なくないお客さんが見にきてくれた。担任の先生が見に来ていたのがまたプレッシャーであったが、ミスらしいミスなく無事に終えることが出来た。


 胸に残るのは達成感と、この特別な時間が終わってしまう寂しさであった。このとき、俺はまた、一つの決意をしていた。


 文化祭が終われば、しっかり後片付けをしなくてはいけない。うちの高校に後夜祭なんてないので片付けが終わったら終わりだ。委員会の出し物は、クラスの片付けが終わって放課になってから行う。


 朗読劇の片付けを手伝う古本市の面々は非常にダルそうだ。半数以上がサボタージュしている。朗読劇の面々もしっかり手伝わなければいけない。片付け終わる頃には既に空は黄色味がかっていた……



「宮村さんっ」


 彼女にしては珍しく、ゆっくりと去っていくその背中を呼び止めた。


「……? えっと、何かな、錫木くん?」


 呼び止めたはいいが俺の頭は真っ白であった。しばらくの間、口をパクパクとさせたのち、ようやく声が出た。


「……僕は、いや俺はっ!そのっ……宮村の、こと、が……好き、……です……」


 ヘタれた……カッコ悪い。けれど宮村には伝わっていた。


 彼女も口をパクパクさせていた。そして────




「……そのっ! ごめんなさいっ!!」


 そう言って彼女は走り去っていった。






 ✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦





「……そのっ! ごめんなさいっ!!」


 唐突だった。夢のような時間が終わって、何だか寂しかったからか、その余韻をゆっくり味わうかのように歩いていた。


『宮村さんっ』


 最近聞き慣れた声に呼び止められて、いきなり、


『好き、……です』


 寝耳に水、青天の霹靂(へきれき)、ああっ正直混乱している。ようやく自分が告白されたんだと理解したとき、咄嗟に断ってしまった。いや、別によく考えていたとしても断っていた可能性が高い。でもあの断り方はなかった。


 彼は傷ついただろうか? 傷ついただろう。荷物の置いてある教室に着いたとき、私は既に後悔していた。


 そして────






 ✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦





 ────終わった。それがそのとき思った唯一のことであった。


 気づいたら昇降口にいた。正直それから自分がどうやって教室で荷物を取ってここまできたのか全く覚えていない。下駄箱から靴を取り出す。そしてそれを雑に放って履き替えると、飛び出した、が、思わず止まってしまった。


 だって、そこには、


 俺が先ほど告白して振られてしまった相手、宮村がいたのだから。





 ✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦




 私は黄色く染まりつつある昇降口に立っていた。特に考えがあったわけじゃない。でもこうしなきゃいけないと思ったから、このまま帰ったら後悔するって思ったから私はここに立っていた。


 そして待ち人が、来た。


「宮、村さん……?」


 西陽に照らされた琥珀のような瞳は感情に揺れていた。私は慌てて口を開く。


「あの……、嬉しかったからっ! 告白されたのは嬉しかった!」


 けれど私の口から出たのはそんな言葉だった。この言葉はむしろ、


「えっ……? それじゃあ────」


「でもっ、ごめんなさい!」


 更に追い討ちをかけるような残酷な行為。


「でも嬉しかったのは本当っ!」


「でも、ダメなんだよね……?」


「それはダメ!」


 私は一体何を言っているのだろうか、何をやっているのだろうか。彼は明らかに混乱していた。本当に私は何を、やっているのだろう……


 けれど彼の姿を見て、だんだんと落ち着いてきた。


 うん、やっぱり私は彼と今お付き合いすることは出来ない。私は私が何をしたいのかようやく理解することができた。……言うべきことも。


 私は口を開く。


「私は、やっぱりあなたとは付き合えない」


 彼の容姿は整っている。けれど、悪いが正直好みではない。


「────だって、私はあなたのことを良く知らないから」


 そんな人と良く知りもしないのにしないのに付き合うかどうかなんて決められるわけがない。


 お試しで付き合う、なんていうのは不誠実だろう。


 正直彼のことは嫌いじゃない。むしろ少し変わっている彼のことが、私は気になっている。けれど彼とはあいさつ以外には少ししか話したことがないのだ。わからないことだらけだ。好きだとか好きじゃないとかの段階じゃない。


「────だからっ!」


 私はこれから錫木くんのことを知りたい。



「────だから、まずは友達からっ!」



 お前は先走り過ぎなのだ。


 私はそう言い切ると彼に向かって手を差し出した。


 そして彼は────



「ゔんっ!」



 泣きながらその手を掴んだ。泣いていても彼の顔はイケメンだった。全くどうでもいいことに気付いてしまった。


 正直言って私らしくなかったと思う。


 けれど私にそんなことをさせた彼には一つしてやったので良いとしておこう。


 お前は泣いて喜んでいるが、まだ友達になっただけなのだ。


 先ほど誠実どうこう思った手前悪いが、正直、今のお前は誰がどう見てもキープ君である。


 お前が私のどこに惚れたのか知らないけれど、私は大人しいが、それだけじゃない。小狡いしたたかな女なのだ!


 ────だからちゃんと私を惚れさせなさい。






 その日私たちは夕暮れの中、ゆっくりと、二人並んで学校を出たのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 胸キュン賞タグからきました。 図書委員の仕事が緻密に描かれていて、これはもしや作者さんの実体験なのかな? と思わせるほどのクオリティでした。 個人的には宮村さんの自意識の揺れと二人が互いを…
2018/04/15 10:59 退会済み
管理
[良い点] とても丁寧に描かれた世界に、どっぷりのめり込みました。 錫木くんが宮村さんに惹かれていく様子が良かったです。 普通の恋愛物って、クラスでの話か部活かに分かれると思うのですが、委員会を持…
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