自分を制御しよう!
一方その頃、リューとシューは戦いの最前線である、村の入口へと着く。
そこでは、村人らが己の魔法や剣術、体術等を駆使してゴブリンらと戦っていた。
「デュオさん!」
シューは、どんな時でも頼れる大きな背中を目で捉えると、その人物の名を呼ぶ。
ところが、一向にリューとシューの方に顔を向けることなく、デュオは戦いの真っ最中だというのに、どこか遠くを見つめている。
加えて、何時も戦闘の時はポーカーフェイスを貫いているはずの顔が、驚きの表情を隠せていなかった。
リューとシューは疑問に思い、2人で顔を見合わせ、首を傾ける。
リューは、自分達の存在を全く気付いていないデュオに、再び声を掛ける。
「デュオさん、どこ見て…。」
リューとシューは、デュオの視線を追い、目を疑う。
「あ!さっきのお兄さん!」
リューは驚きのあまり大声で叫ぶ。
なにせ、旅人だと名乗っていた青年がゴブリンと戦っていたのだから。
普通、旅人の職種は旅をするだけで魔物を倒すことはしない。例外はいるが。
だが、デュオだけでなく、リューとシューを含め3人が驚いたのはその点だけではなかった。
旅人の筈の青年、ユーキが、敵であるゴブリンの命を゛素手゛で一瞬にして奪っているのだ。
リューは村長であるデュオからは、ユーキは成り立ての旅人と聞いていた。
本当にユーキは旅人なのだろうか?
まさか嘘をついて、食料や金品を狙っている盗賊なのか?
リューの脳内にそんな考えが浮かんだのだが、盗賊ならばこの時点でゴブリンと戦う事をせずに、金品目当てに家屋を荒らすか、逃げるかの選択を選ぶ可能性が高く、戦闘が終わった後に金品やらなんやらを要求する、ずる賢い奴でなければそれは有り得えないな、という結論に至る。
以前に冒険者をしていた可能性もあるからな。
こういう例も少なからず有りはするが、相当な変わり者か、冒険者に復帰不可能な怪我を負ったかしない限り、待遇の良い冒険者から旅人にはならない。
ユーキはあの戦いぶりで本当に旅人なのだろう。
ここで、リューはある事が脳裏に浮かぶ。
もしかしたら、ユーキは旅人の中でも例外である、あの人間達の仲間かもしれない。
「デュオさん。あのお兄さんもしかしたら、あの旅人達の仲間じゃないすか。」
リューは思った事を口に出す。
すると、今までユーキの旅人としては有り得ない戦い方を呆然と傍観していたデュオが、リューが何気なく発した言葉に眉を動かす。
ようやくデュオはユーキの戦いを目で追いながら口を開く。
「それは有り得ん。」
そしてデュオはきっぱりと言い切った。
「奴等は、ゴブリンなどの弱い魔物どころか、我々のような村人など眼中にもない。我々がどうなろうと知ったこっちゃないだろうな。だが、彼は…ユーキは進んでゴブリンと戦っているように見える。それに、わざわざ奴等が成り立ての旅人などを装っても、何も得はしないだろう。お前も奴等を間近で見ただろう?」
デュオはリューに尋ねる。
そして、リューはデュオの問いに言葉を絞り出すように返答する。
「そ、そうすよね。奴等は…。」
リューは地面を見つめながら、唇を噛み締め言葉を止める。
手には力を込め握り拳を作っていた。
その様子を隣で見ていたシューはリューに話し掛ける。
「リュー。俺達も戦いに加わるぞ。」
「あ、ああ。そうだな。行こう、シュー。」
そして、リューとシューは戦いに加わるためその場を後にした。
ーーーーーーーー
リューとシューが去った後、デュオは暫く考え込んでいた。
最初はユーキの事に呆気に取られていたが、冒険者にあの位の実力はごまんといるので、見慣れてきた今は、ユーキについては後回しでいいだろう。
それ以上にゴブリンの群れに違和感を覚えていた。確かにゴブリンが急に攻めてきても可笑しくは無いのだが、あまりにも統率がとれていなさ過ぎる。
ゴブリンは通常、個々では強くない為、群れで行動する。
よって、必ず何処かにホブ・ゴブリンの指揮官の様な者がいるが、今回は確認出来ず、バラバラに攻めてきている。
それに今はまだ昼過ぎだ。
夜を好むゴブリンが、何故今攻めて来るのだろうか。
まあ、ここまで条件が揃えば考えられる事は2つだな。
1つ目は人間に何かしら魔法具や魔法によって指示されているか。
2つ目は何らかのゴブリンよりも強い魔物がゴブリンの住処を奪ったかだ。
もう、最悪な状況だな。
だが、この後デュオの推測した、最悪の状況は当たってしまうのであった。
それは、ゴブリンの群れを一掃し終わった直後に起こった。
「デュ、デュオさん!!!」
他の敵がいないか、辺りを偵察していた筈の村人が息を切らしながら、デュオの下へ駆け寄ってきた。
「どうした?」
「ご、いっ、ど!」
村人は慌てていて、言葉が上手く喋る事が出来ないらしい。
「落ち着け。深呼吸をして、ゆっくり喋るんだ。」
デュオの言葉に従い、村人は深呼吸をして口を開く。
「ホブ・ゴブリンの、ホブ・ゴブリンの群れが前方200m先から行進してきています!!」
「な、何。ホブ・ゴブリンの群れだと!?数は!?」
「100ほどです。」
有り得ん。有り得んぞ。ホブ・ゴブリンは通常ゴブリンの群れに1〜2匹程だ。
それが、100匹の群れだと!?
前代未聞過ぎる。
今まで冒険者をしてきたが、こんな状況は今まで見たことも、聞いたこともない。
何がどうなっているというのだ。
それに、今の村人だけの戦力じゃ到底太刀打ち出来ないだろう。
かと言って、今から逃げても非戦闘員は直ぐに体力切れして、弱った所を別の魔物に捕まるかもしれない。
兎に角、我々が食い止める他方法はない。
敵は目の前だ。
覚悟を決め、デュオは村人らに大声で伝える。
「ホブ・ゴブリンの群れが100匹程迫っている!次の戦いに備えろ!!!」
ーーーーーーー
そして、時は戻る。
デュオ達はゴブリンの上位互換である、ホブ・ゴブリンと対峙していた。
流石は上位互換と言うべきか、村人2人でやっと1匹を倒せるくらい強い。
元冒険者であるデュオは1人でもまだ倒せるが、ホブ・ゴブリンはこの数だ。これでは、長くは持たないと確信し、戦闘員の中でも若く、村人よりも実力があるシューとリューに命令を下す。
「シューとリューは非戦闘員を連れて、街を目指せ!!」
1人でも多くの命を救うにはこれしか方法はない。
「「はい!!」」
シューとリューはすぐさま行動を開始する。
デュオはそれを確認すると、今度は村人らに叫ぶ。
「他は、ここから絶対に1匹たりとも通すな!!」
「「「おおっーー!!!」」」
他40人程の男女はデュオに応えるように叫び、目の前に映る光景に怯ひるむことなく、立ち向かって行く。
ーーーーーーー
「な、なんだよこれ…!」
「ちょーーー楽しい!!!!」
ユーキは次々と襲い掛かって来るホブ・ゴブリンらを力の限り、潰す、投げる、身体を貫く、焼き尽くす等の行為を繰り返し殺していた。
周りの事は気にせず目の前の敵を捉えると、直ぐ様そのゴブリンへ接近し、一撃で殺す。
途中先程まで戦っていたゴブリンとは違う見た目で力も段違いに強く、素早い動きのゴブリンと初めて対峙したが戸惑いなく、殺す。
その度に、ユーキは快楽を得ていた。
途中途中、変な声が頭の中に聞こえるが気にせずに戦かいを続ける。
そんな薄れゆく意識の中、ユーキは理性を保とうと必死に自分自身と闘っていた。
だ、だめだ。
理性を保たないと…。
少しでもゴブリンを殺す度に感じる快楽に浸ると、直ぐに理性がぶっ飛びでそうでヤバイ。
だが、殺したいという衝動が止められない。
楽しい。楽しいが。
これでは、本当に自分が自分でなくなってしまう。
取り敢えず、この殺したいという衝動を制御出来るようにしなければ…。
どうしたらいいんだ。
分からない。
ユーキはどうしたら良いのか分からず、精一杯の理性を働かせ、魔物から離れ、すぐ近くにあった家の中へと逃げ込む。
魔物と離れると、少しだけ理性が保てるようになった。
そして、ユーキは深呼吸をして頭を落ち着かせる。
「スーハースーハースーハー」
そして、一時してやっと理性が完全に取り戻せた。
一体あの衝動は何だったというのだ?
自分の体の事情もよく把握せず、戦ってしまったのは反省しなければ。
今後は迂闊に行動しないようにしよう。
「そういえば…。」
薄れゆく意識の中で、転生する前に聞いた声と似たような声が頭の中に響いたような。
そうだ。
あの声だ。機械音のような感じの。
何て言ってたっけ?
確か…
「Lvがアップしました。だ!」
ユーキは、はっと思い出しLvが書いてあったはずのステータスを開く。
「ステータス」
そして、目の前に透明のウィンドウが映し出された。