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小説

電車の風景

作者: ガンベン

浩司は、車窓から見える夕暮れ時の風景を、電車の長座席の端に座りながら半身の体勢で、暫くボンヤリと眺めていた。必死に自転車のペダルをこいでいる主婦らしき女性を追い越していく。しばらくすると、さっき途中で追い越していった車が赤信号に止められているのを見ながら、今度は悠々と抜き返していった。

次の停車駅のアナウンスが流れる。電車のスピードが落ち始めた。今まで対面で座ってスマホでゲームをしていたスーツを着た中年の男性は一瞬そのアナウンスの停車駅に反応したが、また吸い込まれるように画面に目を落とした。

 電車が完全に止まると、その男性はスマホを手に持ち、そそくさと立ち上がり開いたドアから出て行った

「歩きながらのスマホは危ないので、注意してください」

とアナウンスが聞こえてきた。スマホを見ながら歩いていたその男性は慌ててポケットに入れて、恥ずかしそうに自分の進む方向へ小走りになった。

車窓から車内に視線を移した。さっきまで空いていた車内は少し込みあっていた。座席も埋まっていて吊革にぶら下がって不機嫌そうに疲れた咳をしている男性もいた。席に座っている人は早速自分の座席を確保できた安心感で、ほっと息を吸っている人もいた。

 遠くから押し車を押しながら、こちらに向かってくる年配のおばあさんが見えた。今の停車駅から車内に入ってきたが、どこも席が空いていなかったのだろう。

おばあさんが通っている座席に、スマホを一生懸命にいじって自分の世界に浸っている人たちもいた。あからさまにそのおばあさんが通り過ぎるのを待っているように、眼をつぶっている人たちもいた。その人たちにわき目もふらずに、おばあさんはこちらに歩を進めてくる。

おばあさんは浩司の座っている座席のすぐ近くのドア付近で止まった。おばあさんは、一息ついて車いすと車内の手すりをたよりに立って停車駅を待っているようだった。


 割合涼しい社内だったが、浩司は微かに熱を感じて汗が出てきた。

おばあさんは、ドア向きに立っていた。浩司が隣を向くと横顔が見えた。頭は既に白く、顔にはしわが多く刻まれていた。少しこけた頬だった。

ここは席を譲るべきか譲らないほうがいいのか、少し俯き加減で反芻しながら、さっき遠い目線で眺めていた先の座席に座っている乗客の姿を思い出していた。

目線をちらっとあげると、視線を感じた。その目線の持ち主は、はっきり見えなかった。ただ、乗客の皆が浩司に注目しているような感覚に襲われた。

浩司は、その視線に耐えきれずに、立ち上り

「おばあさん。ここどうぞ。」

と声をかけた。その一声におばあさんは、驚きの顔をしながら答えた。

「まあ! ありがとう。」

思いのほかしっかりとした声に、浩司は少しほっとした。

「でもいいの、私次の駅で降りるの。ここがエレベーターがある一番近い下り口だから。」

「そうだったんですね。ははは」

浩司はようやく合点がいき、笑いが込み上げた。おばあさんも、ふふふ、っと笑みを浮かべて浩司を見ながら、

「お兄さん。本当にありがとう。でも私に気にせず、座っていていいのよ」

浩司は少し戸惑ったが、

「実は僕もここで降りるんです」

「あら、そうだったの。それは奇遇ね」

今度は浩司の手元を見ながらくすっと笑っておばあさんは、答えた。次の停車駅のアナウンスが流れて、電車がスピードを落とし始めた。浩司は吊革を持った。おばあさんもやや手すりに力をいれてよりかかっているに見えた。

「ありがとうね。おにいちゃん。でもおにいちゃんの停車駅は、ここじゃないみたいね。うふふ」

 浩司はどきっとした。

「え、なんでわかったんですか。」

「うふふ。それは秘密よ。」

電車が止まった。ドアがゆっくり開いた。おばあさんは下り際に、浩司に向かって挨拶をした。浩司は照れくさそうに、

「さようなら。」

と挨拶をした。

 後ろを振り返ると、自分の席はまだ空いていた。目の前には、まだ吊革を持って立っている人たちがいた。浩司はまた、自分の席に座った。手に少し汗を感じた。それと違和感を覚えて、手を広げた。切符が少し汗ばんでいた。



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