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短編集〜ワンライ〜  作者: 山芋娘
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蜻蛉の声

#創作版深夜の真剣文字書き60分一本勝負

お題【蜻蛉/手を振って/割れた試験管】より【蜻蛉/割れた試験管】です。



今回は残酷な表現を複数含みます。

他人が死にます。

苦手な方は回避してください。


pixiv:http://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=7203616



お題【蜻蛉/手を振って/割れた試験管】より【蜻蛉/割れた試験管】




 全てを壊す。ストレスが爆発しそうだ。早く仕事に行こう。ーーカゲはソファに座っているが、貧乏揺すりがだんだんと激しくなっていく。

 薄暗い室内には、生演奏のジャズが流れる。会員制のバーのVIPルームには白スーツの男が、肌を露出させている女たちをはべらせる様に、酒を嗜んでいた。

「それで、お宅さんはうちの組に何をお求めで?」

「ある人をころして欲しいんだ……」

 額から流れる汗を必要以上にハンカチで拭う小太りの男。

 カゲは遠くからそれを見ていたが、とてもイラついていた。それを宥めるように、兄貴分が肩を叩く。

「もう少しの辛抱だ。ここでアイツらにバレたらせっかく潜入したのが、水の泡になる」

「分かってる。でも、早くやりたい」

「分かってるよ。もうすぐで来るから」

「……うん。僕の相棒」

「ここで待ってろ。見てくるから」

 兄貴分はそう言うと、カゲかれ離れる。一方のカゲは白スーツの男をロックオンするかのように、瞬きを一切せず見続ける。

 白スーツの男は、自分が見られているとも知らずに商談を続けていた。





 十数分後。店の入り口が騒がしくなってきた。そして、一気に男達がなだれ込んできたのだ。

 カゲはその男達の中に飛び込み、兄貴分から大型の連射式機関銃を手にすると、走り出す。

 店内で銃撃戦が始まった。

 カゲの目標は、白スーツの男。彼はすぐに裏口から逃げようとしたが、事前に塞いでおいたため、逃げられなかったらしい。

「奴らは何者だ! 全員殺せ!」

「はい」

 ボディーガード達は一斉に銃を放ち始める。しかし、カゲが銃口を向け、引き金を引いた瞬間、その場に倒れていく。

「な、なんだ……。お前! 何が目的だ!!」

「お前を殺す事だ」

 と、瞬き一つしないで、機関銃を放つ。無関係の人間すら殺していくカゲを、組織の人間たちは誰も止めようとしない。

 残弾数が無くなるまで撃ち続けたカゲは、一つ息を吐くと「帰ろ」と店を出ていった。






 普段のカゲはどこにいるような青年の姿をしている。けれど、昔の記憶などは一切なく、組織に来てからの事しか知らない。知っているのは、『人を殺す楽しさ』それだけだった。

「しばらく仕事ないとか、ボス言ってたな……。あーあ、つまんない」

 人を殺す事だけしか知らない。それ以外の時間を与えられると、カゲは何故か川を見に来る。本当なら海まで行きたい所だが、車の運転が出来ないため、近くの川しか無理だった。

ーー「助けて」

「ん?」

 突然聞こえた女の声。辺りを見渡すが、カゲ以外に人はいない。

「なんだ、今の……」

ーー「助けて」

「……声」

ーー「お願い、誰か……。応えて」

「……お前は誰だ」

ーー「聞こえるの!?」

「うっ」と、頭を押さえながら、その場に蹲る。頭の中に響く声に、頭が割るかと思うくらい、大声を出されてしまったからだ。

「お前は、誰だ」

 そう呟くが、もう声は聞こえてこない。頭を押さえたまま、組織のビルへと帰っていく。






 その日の夜。カゲは昼間のような声にうなされていた。女も男も、無数に聞こえてくる声。全てが助けを求めている。

「うるせー!!!」

 全身に汗をかきながら、カゲは身を起こした。それでも尚、声は頭の中に響く。

ーー「助けて」

ーー「誰か、来て」

ーー「もう、嫌。ここから出して」

ーー「誰か」

ーー「誰か」

ーー「誰か」

ーー「誰か」

ーー「助けて」

 カゲはベッドから降りると、武器倉庫へと向かう。自分の愛用している機関銃を手をすると、ビルから出ていく。

 声がどんどん大きくなる。人気のない所を選んで走っていくカゲ。何故、その道を選んでいるのかさえ、ほとんど本能に近い感覚だった。

 そして、ある一つの廃ビルへとたどり着いた。ネオン街などが道を一本抜けた先のすぐそばにある。なのに、この廃ビルの周りは静寂に包まれている。

 廃ビルの扉を思い切り蹴り飛ばし、中に入っていく。その瞬間、声が止んだ。今までけたたましく頭の中を支配していた声が一瞬にして、止んだのだ。

「地下……」

 カゲはまるで何かに取り憑かれているかのように、隠し扉を見つけ出し、階段を下っていく。

 地下には地上からは想像もできないほどの、最新の設備が整っていた。辺りからは規則正しい機械音が響く。

 そんなものには目もくれず、カゲは突き進んでいく。そして見つけた部屋。

 真っ暗な中に、何かの気配を感じ取れた。壁に手をやるとスイッチに触れた。そしてそのままONにする。その瞬間、部屋の中が明るくなる。

「なんだ、これ……」

 目の前には、無数に広がる大きな円柱の水槽。中に入っているのが、魚ならなんら珍しくもないが、その中には人が膝を抱えるように浮いていた。

 五人や六人と言った数てではない。数十以上も水槽の中に閉じ込められているのだ。

「……人?」

ーー「来てくれた」

「誰だ!」

 振り返るが、水槽しかない。

ーー「私達よ」

「……まさか、水槽の中から」

ーー「そう、私達の声が聞こえる人を探してた」

ーー「どうか、助けて」

ーー「ここから出して」

「分かった……」

 カゲは水槽の上部を見ようと、飛んでみるが、入り口のようなものは無い。

「どうすれば」

ーー「助けて」

ーー「殺して」

「え、」

ーー「そう、殺して」

ーー「俺達を殺せ」

ーー「お願い、殺して」

ーー「殺して、そして助けて」

 再び、カゲの頭の中を声が支配する。割れそうになるほど、大きな叫び声。水槽の中にいる者達は微動だにしていない。なのに、この中から声が溢れるほど、頭に響いている。

「うるせ……」

ーー「殺して!」

ーー「殺せ……」

ーー「お願い、殺して!」

ーー「お願い」

ーー「殺して」

 機関銃を構え、何の躊躇もなく、カゲは水槽を撃ち抜いていく。水槽からどんどん水が流れていき、中にいる者達が地面へと流れ倒れる。

 全ての弾を使い切り、水が流れた地面に座り込む。周りにはもう息をしていない者達の死体で溢れていた。

ーー「ありがとう」

 まだ息のある者がいる。直感でその者が分かった。体は動かせないが、目だけが動いていた。

「お前、最初に聞こえたきた声の」

ーー「ありがとう、来てくれて」

「……なんで、こんなこと頼んだ」

ーー「……私達は試験管の中で産まれる試験管ベイビー」

「それで」

ーー「私達は産まれた時から、体の構造は普通の人の何倍も強固に作られていた。そして知能も。けれど感情はない。なのに誰かが私達に感情を植え付けた。産まれながらに、人を殺す事を楽しむだけの感情ではなく、人を殺す悲しさを。それを植え付けられた時、私達は死を選んだ。けれど私達は自分では死ねない。だから、声を届けた」

 女の言葉にカゲは、狼狽え始めた。『人を殺す楽しさ』正しくそれはカゲのなんだ、中にある唯一最初から持っていたもの。

ーー「私達はまだヤゴ。これから蜻蛉となり、そして人を殺す……」

 そう言うと、カゲの目を見つめてくる。何の感情も無いようにも見える。けれど、涙が一つ零れる。

ーー「あなたと同じように。カゲロウ……。私達を殺してくれて、ありがとう」

 そう言い残すと、女の目から光が消えた。

 足元に転がってきた割れた試験管の中には、小さな人の形をした物が、眠っていた。



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