蜻蛉の声
#創作版深夜の真剣文字書き60分一本勝負
お題【蜻蛉/手を振って/割れた試験管】より【蜻蛉/割れた試験管】です。
今回は残酷な表現を複数含みます。
他人が死にます。
苦手な方は回避してください。
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お題【蜻蛉/手を振って/割れた試験管】より【蜻蛉/割れた試験管】
全てを壊す。ストレスが爆発しそうだ。早く仕事に行こう。ーーカゲはソファに座っているが、貧乏揺すりがだんだんと激しくなっていく。
薄暗い室内には、生演奏のジャズが流れる。会員制のバーのVIPルームには白スーツの男が、肌を露出させている女たちをはべらせる様に、酒を嗜んでいた。
「それで、お宅さんはうちの組に何をお求めで?」
「ある人をころして欲しいんだ……」
額から流れる汗を必要以上にハンカチで拭う小太りの男。
カゲは遠くからそれを見ていたが、とてもイラついていた。それを宥めるように、兄貴分が肩を叩く。
「もう少しの辛抱だ。ここでアイツらにバレたらせっかく潜入したのが、水の泡になる」
「分かってる。でも、早くやりたい」
「分かってるよ。もうすぐで来るから」
「……うん。僕の相棒」
「ここで待ってろ。見てくるから」
兄貴分はそう言うと、カゲかれ離れる。一方のカゲは白スーツの男をロックオンするかのように、瞬きを一切せず見続ける。
白スーツの男は、自分が見られているとも知らずに商談を続けていた。
十数分後。店の入り口が騒がしくなってきた。そして、一気に男達がなだれ込んできたのだ。
カゲはその男達の中に飛び込み、兄貴分から大型の連射式機関銃を手にすると、走り出す。
店内で銃撃戦が始まった。
カゲの目標は、白スーツの男。彼はすぐに裏口から逃げようとしたが、事前に塞いでおいたため、逃げられなかったらしい。
「奴らは何者だ! 全員殺せ!」
「はい」
ボディーガード達は一斉に銃を放ち始める。しかし、カゲが銃口を向け、引き金を引いた瞬間、その場に倒れていく。
「な、なんだ……。お前! 何が目的だ!!」
「お前を殺す事だ」
と、瞬き一つしないで、機関銃を放つ。無関係の人間すら殺していくカゲを、組織の人間たちは誰も止めようとしない。
残弾数が無くなるまで撃ち続けたカゲは、一つ息を吐くと「帰ろ」と店を出ていった。
普段のカゲはどこにいるような青年の姿をしている。けれど、昔の記憶などは一切なく、組織に来てからの事しか知らない。知っているのは、『人を殺す楽しさ』それだけだった。
「しばらく仕事ないとか、ボス言ってたな……。あーあ、つまんない」
人を殺す事だけしか知らない。それ以外の時間を与えられると、カゲは何故か川を見に来る。本当なら海まで行きたい所だが、車の運転が出来ないため、近くの川しか無理だった。
ーー「助けて」
「ん?」
突然聞こえた女の声。辺りを見渡すが、カゲ以外に人はいない。
「なんだ、今の……」
ーー「助けて」
「……声」
ーー「お願い、誰か……。応えて」
「……お前は誰だ」
ーー「聞こえるの!?」
「うっ」と、頭を押さえながら、その場に蹲る。頭の中に響く声に、頭が割るかと思うくらい、大声を出されてしまったからだ。
「お前は、誰だ」
そう呟くが、もう声は聞こえてこない。頭を押さえたまま、組織のビルへと帰っていく。
その日の夜。カゲは昼間のような声にうなされていた。女も男も、無数に聞こえてくる声。全てが助けを求めている。
「うるせー!!!」
全身に汗をかきながら、カゲは身を起こした。それでも尚、声は頭の中に響く。
ーー「助けて」
ーー「誰か、来て」
ーー「もう、嫌。ここから出して」
ーー「誰か」
ーー「誰か」
ーー「誰か」
ーー「誰か」
ーー「助けて」
カゲはベッドから降りると、武器倉庫へと向かう。自分の愛用している機関銃を手をすると、ビルから出ていく。
声がどんどん大きくなる。人気のない所を選んで走っていくカゲ。何故、その道を選んでいるのかさえ、ほとんど本能に近い感覚だった。
そして、ある一つの廃ビルへとたどり着いた。ネオン街などが道を一本抜けた先のすぐそばにある。なのに、この廃ビルの周りは静寂に包まれている。
廃ビルの扉を思い切り蹴り飛ばし、中に入っていく。その瞬間、声が止んだ。今までけたたましく頭の中を支配していた声が一瞬にして、止んだのだ。
「地下……」
カゲはまるで何かに取り憑かれているかのように、隠し扉を見つけ出し、階段を下っていく。
地下には地上からは想像もできないほどの、最新の設備が整っていた。辺りからは規則正しい機械音が響く。
そんなものには目もくれず、カゲは突き進んでいく。そして見つけた部屋。
真っ暗な中に、何かの気配を感じ取れた。壁に手をやるとスイッチに触れた。そしてそのままONにする。その瞬間、部屋の中が明るくなる。
「なんだ、これ……」
目の前には、無数に広がる大きな円柱の水槽。中に入っているのが、魚ならなんら珍しくもないが、その中には人が膝を抱えるように浮いていた。
五人や六人と言った数てではない。数十以上も水槽の中に閉じ込められているのだ。
「……人?」
ーー「来てくれた」
「誰だ!」
振り返るが、水槽しかない。
ーー「私達よ」
「……まさか、水槽の中から」
ーー「そう、私達の声が聞こえる人を探してた」
ーー「どうか、助けて」
ーー「ここから出して」
「分かった……」
カゲは水槽の上部を見ようと、飛んでみるが、入り口のようなものは無い。
「どうすれば」
ーー「助けて」
ーー「殺して」
「え、」
ーー「そう、殺して」
ーー「俺達を殺せ」
ーー「お願い、殺して」
ーー「殺して、そして助けて」
再び、カゲの頭の中を声が支配する。割れそうになるほど、大きな叫び声。水槽の中にいる者達は微動だにしていない。なのに、この中から声が溢れるほど、頭に響いている。
「うるせ……」
ーー「殺して!」
ーー「殺せ……」
ーー「お願い、殺して!」
ーー「お願い」
ーー「殺して」
機関銃を構え、何の躊躇もなく、カゲは水槽を撃ち抜いていく。水槽からどんどん水が流れていき、中にいる者達が地面へと流れ倒れる。
全ての弾を使い切り、水が流れた地面に座り込む。周りにはもう息をしていない者達の死体で溢れていた。
ーー「ありがとう」
まだ息のある者がいる。直感でその者が分かった。体は動かせないが、目だけが動いていた。
「お前、最初に聞こえたきた声の」
ーー「ありがとう、来てくれて」
「……なんで、こんなこと頼んだ」
ーー「……私達は試験管の中で産まれる試験管ベイビー」
「それで」
ーー「私達は産まれた時から、体の構造は普通の人の何倍も強固に作られていた。そして知能も。けれど感情はない。なのに誰かが私達に感情を植え付けた。産まれながらに、人を殺す事を楽しむだけの感情ではなく、人を殺す悲しさを。それを植え付けられた時、私達は死を選んだ。けれど私達は自分では死ねない。だから、声を届けた」
女の言葉にカゲは、狼狽え始めた。『人を殺す楽しさ』正しくそれはカゲのなんだ、中にある唯一最初から持っていたもの。
ーー「私達はまだヤゴ。これから蜻蛉となり、そして人を殺す……」
そう言うと、カゲの目を見つめてくる。何の感情も無いようにも見える。けれど、涙が一つ零れる。
ーー「あなたと同じように。カゲロウ……。私達を殺してくれて、ありがとう」
そう言い残すと、女の目から光が消えた。
足元に転がってきた割れた試験管の中には、小さな人の形をした物が、眠っていた。




