クロさんと妖
#創作版深夜の真剣文字書き60分一本勝負
お題【浴衣/星/黒猫】より【浴衣/黒猫】です。
妖もののお話となっておりますが、妖が全然出てきません。
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お題【浴衣/星/黒猫】より【浴衣/黒猫】
夏祭りの季節がやって来た。
笹本風花は町の夏祭りの会場近くにやって来ていた。会場は神社とその付近。多くの出店が出ているだけの小規模な祭りだ。
神社に続く階段に座っている風花は、周りで楽しそうにしている人々を見て、溜息を吐いた。
「あーあ。つまんない」
ブスっとした表情で、カップルを見つめている。学校の先輩で気になる人がいた。その人と祭りに来る約束をしたのだが、直前になって断られてしまったのだ。
「最初から行く気なかったのかな……」
鞄からスマホを出し、メールの受信を確かめてみる。しかし、メールはない。
「こら! だめですよ!」
と、突然女の声が聞こえてきた。声のする方へ顔を向けると、出店の裏からだった。
「人のものを取るのはいけません!ーーこれはこの子の親御さんがこの子のために買ったものなんです。ーー欲しくなるのは分かります。ーーそれでも取るのはいけないことです」
人の賑わう表通りとは違い、出店の裏手は人が少ない。そこで、浴衣を着た女の子が、まるで誰かと会話するかのように、独り言を言っていた。
一人、だよね?ーー風花はゆっくり近づいていくと、女の子の後ろ姿を見つめる。
「全く……。今度なにか作ってあげましょうかね?ーーえ、後ろですか?」
女の子は再び独り言を言ったと思ったら、風花の方へ振り返り、風花を見つける。
「あら? こんにちは」
「こ、こんにちは……」
「見られてしまいましたね。ーーん? 足ですか?」と、風花の左足に目を向ける。風花の足首には、小さな鈴が付いたアンクレットが着いていた。
「あの……」
「あ、すいません。とても強い結界を持ってらっしゃるんですね」
「結界?」
「おや? ーーあぁなるほど。ご本人には伝えてない可能性ですか」
「あの……、誰と話してるんですか?」
「あ、ご紹介遅れました。私はユイです。そしてこちらが黒猫のクロさんです」
「こちら?」
手を添える先は、浴衣の帯。そこには黒猫が刺繍されている。
「黒猫?」
と、呟いた瞬間、お昼の黒猫が動いた。
「え!? 嘘、本当?」
「こちらのクロさんは付喪神なので。クロさん、出てきたらどうですか?」
そう言うと、黒猫が帯からぬるりと抜け出してきた。そして、二人の足元に降りる。
「こちらがクロさんです」
「え、」
「初めまして、鈴の娘さん。混乱させてしまっているだろうけど、頑張って理解しておくれ」
「は、はい」
「クロさん、少しここで待っててくれませんか? さっきあの子達が取った巾着を本部の方に渡してきますね」
「あぁ、坊ちゃんか嬢ちゃんが、泣いてるかもしれないからね。行ってきな」
「はい」
ユイは、草むらをかき分け、階段を降りていく。落し物を扱っている本部へ向かう。
「鈴の娘さん」
「わ、私?」
「そうさ。お名前聞いてもいいかい?」
「笹本風花です」
「風花さん、いい名だね」
それから、ユイが帰ってくるまでの間、クロは風花かれ質問されたことをいろいろな事を答えていた。
付喪神のこと。妖のこと。そして、ユイが行っている仕事のこと。
ユイが帰ってくると、両手いっぱいに出店のものを買ってきたらしい。綿あめに焼きそば、たこ焼きにかき氷。
「買いすぎだよ。ユイ?」
「見てたら、あれもこれも食べたくなっちゃったんです!」
「お前さんはそういう所があるよね」
「どうぞ」
「え、いいの?」
「はい!」
「ありがとう」
風花はユイから綿あめを受け取る。ピンク色のフワフワとした綺麗な綿あめ。
しばらく、二人と一匹は食べ物を堪能していると、突然クロが立ち上がり神社の奥の方を睨みつけてた。
「ユイ、行くよ」
「え、出たんですか?」
「そうさ、早くしな」
「はい!」
「え、ユイちゃん? クロさん?」
「風花ちゃんも一緒に行きましょう!」
ユイは風花の手を取ると、クロの後を追い走り出す。浴衣で下駄姿なのだが、ユイは上手く走っている。
「ユイちゃん、何があったの?」
「妖怪がイタズラしちゃってるの」
「イタズラ?」
神社の賑わっている方とは全く反対の静かな所へ着いた。そこは人々の熱気に当てられた人たちが、休息をするための憩いの場だった。
その憩いの場に、一人の男性がぐったりと項垂れているのが見えた。
「クロさんこの人ですか?」
「その様だね。妖の匂いがプンプンするよ」
「大変ですね」
「それじゃあ、チョイと借りるよ」
「はい。どうぞ」
すると、クロが右前足を倒れている男性の額にピタッと置く。
「クロさんは、何をしてるの?」
「妖怪が吸った生気を、戻してるんです」
「生気?」
「はい。こういうお祭りの時には、妖怪も沢山集まってしまうんです。その中でも一部の妖怪は人の生気を吸ってしまうんです。生気っていうのは、妖怪にとってはおやつみたいなものですかね?」
「それを吸われると、こうなっちゃうの?」
「はい。死ぬことは無いでしょうが、意識くらいは飛びますね。あ、生気にも美味しそうとかあるんです」
「へぇ」
「たぶん、風花ちゃんはとびきり美味しそうなんだと思います」
「なんで!?」
「その鈴です」
「これ?」
「はい。たぶん、妖怪に襲われないようにするためのものですね」
「へぇ……」
「お喋りは終わったかい?」
「はい! クロさんお疲れ様です」
「もうこの男の人は大丈夫だろうから、ここから離れようかね」
「はい!」
「この人、いいの?」
「そのうち起きるから大丈夫ですよ」
「そう……」
二人と一匹は、神社から離れて出店が賑わう方へと出ていく。
一人と一匹の出会いにより、風花の日常に少し変化をもたらした。これから、二人と一匹は、妖怪と深く関わっていく。




