道標の光
お題【鬼灯/夕方/幽霊】より【鬼灯/夕方】
現代ファンタジー?ですかね?
妖ものです。
ほんわかしてくれたら、嬉しいです。
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お題【鬼灯/夕方/幽霊】より【鬼灯/夕方】
夏の暑い日。太陽は既に沈み始めている。
牧原珠江は、自転車に乗り風を切っていた。アルバイトが終わり、家に着いた所で自転車を降りる。
玄関から母親が出てきた。
「あら、おかえり」
「ただいまー」
「ちょっと、お庭の植物にお水あげてちょーだい」
「はーい」
自転車を置くと、庭へと向かう。母親はすぐ近くにあるスーパーへと、買い忘れたものを買いに出ていってしまった。
夕方なのに暑いな。ーーと、額にじみ出てきた汗を拭いながら、ホースを手にする。
「鬼灯……。立派に育ったな」
庭の一番目立つ所には、赤々と膨らんだ鬼灯が咲いていた。
珠江の祖母、八千代が大切に育てていた鬼灯。去年の十二月に亡くなってしまってからは、珠江が鬼灯が咲くように大切に育てていた。
「そういえば、おばあちゃん……。この時期にたまにどっか行くんだよな……。アレなんだったんだろ?」
八千代は、ボケることなく元気に過ごしていた。しかし、そんな八千代は夏のある日だけ、必ず徘徊に出てしまう。家族総出で探しに行くが、しばらくするといつの間にか家に帰ってきていたのだ。
珠江の父や母は、「とうとうボケが来てしまった」と、嘆いていたがそんなことはなく、毎年疑問に思っていた。
「まぁ、おばあちゃんもたまには、誰にも知られずに出かけたくなるよね」
と、言いながら蛇口を捻り、ホースから水を撒く。鬼灯は乾燥した土が嫌いだとか、言っていたのを思い出し少し多めに水を撒いてやる。
すると、複数の鬼灯が赤く光だした。
「ん?」
珠江は、水を止めるとホースを置いて、鬼灯のもとへと歩み寄る。ちょんと、指で鬼灯をつつくが、特に何も起こらない。しかし、鬼灯は光っている。中にある実が豆電球のように光り、周りが提灯のように光を柔らかく広がらせていく。
「綺麗……」
と、うっとり鬼灯に見入っていると、チリンと鈴の音が聞こえたきた。
チリン、チリンと音が近づいてきた。珠江は、背後に気配を感じ振り返ってみる。
そこには着物姿の女性がいる。手に持っているのは、小さな複数の鬼灯。庭の鬼灯と同じように柔らかく光を放っている。
いつの間に入ってきたのだろう?ーーそんな事を思いながら、女性に声を掛ける。
「あの、うちに何か用ですか?」
「おお? お嬢ちゃん、私が見えるのかい?」
「見えるも、なにも……」
「アンタも八千代と同じなのかもね」
「八千代? おばあちゃんのこと?」
「そうさ。おばあちゃんってことは、アンタが珠江かい。八千代が言う通り可愛いお嬢ちゃんだこと」
と、女性は舐めるように珠江のことを、下から上へと、上から下へと見つめてきた。
「あの……」
「八千代にようがあるんだ。八千代はどこにいるんだい?」
女性は、縁側へと近づき家の中を覗き込む。
「……おばあちゃんは、去年の十二月に亡くなりました」
「……亡くなった?」
「はい」
女性の顔にはショックの色が伺えた。
「そうかい……。とうとう、逝っちまったか」
「……あの、」
「じゃあ、珠江。アンタがおいで」
「え?」
珠江は訳の分からない状態で、女性に手を引かれ、庭と道路を挟むように備えられていた壁へと、突っ込んでいく。
目をつむり歩き続けると、いつの間にか森の中を歩いていた。
「ここは……」
「森の中の神社に繋がるのさ。山神様の社があるんだよ」
「山神様?」
少し石畳の上を歩いていくと、開けた所へ着いた。そこには古ぼけた社が、今にも壊れそうに建っていた。
その社の前には、人ならざるものたちが酒を呑み、宴を催していた。
「……妖怪?」
「まぁ、当たりさね。驚かないんだね」
「おばあちゃんが、この世にはそういうのもいるよって、いつも言ってたから」
「そうかい。あ、山神様!!」
「ん?」
宴の中心には、誰よりも派手な着物姿の者がいた。見た目だけでは、男か女かは分からないが、何だか神々しい。
「おや、渡り鳥。遅かったね……。その子は?」
「八千代の孫さ」
「おや、まぁ。可愛い子だね」
「こ、こんにちは……」
「はい、こんにちは。所で八千代は?」
「……昨年の師走に、逝っちまったそうです」
「そうかい……」
渡り鳥と呼ばれた女が、八千代ことを話すと、宴が一気に静まり返ってしまった。
「人間の生涯は、短いな」
「あの」
「ん? なんだい、八千代の孫」
「珠江です。あの、これはなんですか?」
「毎年、この日に八千代に感謝を伝える宴さ」
「おばあちゃんに、感謝?」
宴に来ている妖怪たちが、各々で頷いている。
「餓死しそうな時に饅頭をくれた」や「寂しい時に側にいてくれた」など、様々な所から八千代にしてもらったことを口々に話し始める。
「おばあちゃん……。そんなこと」
「そうさ。そして私も八千代に助けられた一人だ」
「山神、様も?」
「そうさ。だから、私が主催して毎年、八千代に感謝する日を設けたんだ」
だから、毎年夏になると、居なくなっていたのか。この人たちに会うために。ーー珠江は辺りを見渡す。人と同じような姿の者もいれば、全く人とはかけ離れている者もいる。
八千代は見た目に囚われるとこなく、困っている者に声を掛けていたのかと、分かった。
そういえば、おばあちゃんの葬式や告別式には驚くくらい人が集まったっけ。ーーそんな事を考えながら、笑みを見せた。
「私は八千代に会いたくて、八千代の家とここを繋げる目印をあげたのさ」
「もしかして、鬼灯?」
「そうさ」
だから、大切に育てていたのか。ーー珠江は、もう一度笑う。
「あの、おばあちゃんのこといっぱい聞きたいです! 私がこれからここに来てもいいですか?」
「もちろんさ! 八千代の孫なら大歓迎だよ!」
私の知らないおばあちゃんのこと。いっぱい知りたい。いっぱい聞きたい。ーーもう亡くなってしまった八千代が、まだ珠江の側にいてくれているように感じていた。
夏のある日の夕方。毎年、一日だけ珠江は宴へと招待されるようになった。
妖怪の世界と人間の世界の境が緩む夕方を、珠江は待ち続けた。




