次への恋のその前に。
お題【初恋】
pixiv URL:http://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=6822224
「帰ってくる!」
少女は走っていた。
中学2年生の未結は、走り続けていた。中学に入ってから、帰宅部になっている未結はこんなにも長く走ったことがなかった。
体育でも、まだ1kmのタイム測定しかしたことが無かったため、こんなにも走ったことがなかった。
(帰ってくる、帰ってくる!)
けれど、そんなことは気にしていられなかった。ただ、会いたい人の元へ行くために走り続けていた。
未結の会いたい人。それは15歳も歳上の男の人。
未結が5歳の時、川で遊んでいる時に誤って流されてしまい、その時助けてくれた人がこれから帰ってくる瑛二であった。
(テレビとか本とか見てると、初恋は実らないって、聞いたことがある。でも、そんなのはやっぱりテレビとかだけ。そう信じてる)
太陽は真上から少し傾いてしまっている。ワンピース姿の未結は、そんなことも気にせず走り続けている。
汗もかいて、こんなにも走ったことのない未結は、息も途切れ始めていた。そして、立ち止まってしまった。
「ハァハァ……あと、少しなのに……」
8年ほど前、瑛二は大学を卒業してから、未結たちが住んでいた所よりも遠い島へ行ってしまっていた。
そしてその瑛二が8年のも月日を経て、今日帰ってくるのである。
未結は、それを今日届いた手紙で知った。島へ行ってしまってから、手紙のやり取りをしていた。
今どき、メールや電話ではないのは珍しいが、瑛二が電子機器が苦手ということもあり、手紙でのやり取りをしていた。
「あと、10分!? 間に合わないよ!」
腕時計を見ると、到着まで10分を切っていた。
空港がない島へ行ってしまった瑛二は、船で帰ってくる。そこから電車で帰ってくる瑛二を迎えに行くために、駅へ向かっていた。
家から駅までは、数キロ離れていたが、自転車はパンクしており、バスも乗り遅れてしまい、走るしかなかった。
そして息を整えた未結は再び走り出す。
「間に合え!」
体力のない未結にはとてもキツイ距離だ。けれど、そんなことは関係ない。ただ瑛二に会いたい。それだけだ。
「おい、中島」
「え、」
突然、声をかけられた未結。横を見ると自転車で併走している同級生の赤澤。
未結が立ち止まると、赤澤も立ち止まった。
「お前、なにしてんの?」
「……ハァハァ。駅」
「なんで?」
「今日、帰ってくる人がいるの」
「ふぅーん」
「……疲れた」
「がんば」
「ちょっと!!」
冷たい一言を言い残し、赤澤は去ろうとした。未結は自転車の荷台を掴み、赤澤が去るのを阻止する。
「なんだよ」
「乗せてって!」
「はぁ?」
「お願い! もう時間が無いの!」
「頑張って走れよ」
「もう疲れた! アンタ、急ぎの用事でもあるの?」
「特には……」
「じゃあ、よろしく!」
未結は、自転車の荷台に乗る。
赤澤は溜息を吐きながら、「しっかり掴まってろよ」と、声を掛け走り出す。
二人乗りは禁止だが、そんなことは今は気にしてられない。
赤澤は大通りから外れた小道を走っていく。パトカーも通れない自転車やバイク、歩行者くらいしか通れない道をひたすら走っていく。
「大丈夫か?」
「平気! 急いで!」
「分かったよ」
赤澤の頑張りもあり、瑛二が到着する予定よりも電車が到着する時間ぴったりに駅に着いた。
未結は自転車から降りると赤澤を放って駅へと走り出す。
「もう、着いてるよね……」
改札前から中を覗く。電車が到着したらしく、改札から人が続々と流れてきた。
背の小さい未結は精一杯、背伸びをして瑛二を探す。
「……いた」
人混みの中、未結は瑛二を見つけた。8年前よりも当然、老けている。けれど未結には瑛二だとすぐに分かった。
「……瑛二さん!!」
未結の声は、瑛二に聞こえた。けれど、どこから聞こえたのか分からず、辺りを見渡している。
未結はもう一度、大きな声で瑛二の名前を呼ぶ。すると、瑛二は未結を見つけ、大きく手を振ってくれた。
その瑛二の笑顔に、未結も笑顔を見せる。
(やっと、会えた……)
けれど、未結の笑顔はすぐに消えてしまった。
人混みから出てきた瑛二の横には、赤ん坊を連れている女性がいたのだ。
「もしかして……」
瑛二と女性は、改札を出ると未結の元へ一直線に歩いてくる。
「未結! 久しぶりだな」
「瑛二さん……」
「こんにちは、初めまして」
「あ、紹介するな。俺の奥さんの玲奈」
「よろしく。未結ちゃんのことは、いつも瑛二から聞いてました」
未結は、驚いた顔をしていたが、玲奈の笑った顔を見て、無理に笑顔を作る。
「奥さんって、結婚したんだ! 知らなかった!」
「ごめん、ごめん。手紙じゃなくて、直接報告しようと思ってさ」
「もう! ビックリした。赤ちゃんまでいるし。名前は?」
「優奈って、言うの」
「可愛い。帰ったら、抱かせてください」
「えぇ、もちろん」
「じゃあ、家に行くか。未結はどうやって来たんだ?」
「自転車で」
「じゃあ、一緒にタクシーで帰るか?」
「ううん、ちょっと買うものあるから。先に帰ってて」
「分かった」
瑛二は、「またな」と未結の頭を撫でると、玲奈と共にタクシー乗り場へと向かった。
その後ろ姿を手を振りながら見送る未結の横に、赤澤が現れた。
「……ドンマイ」
「なにが?」
「好きだったんだろ、あの瑛二って人のこと」
「……別に」
「じゃあ、そんな顔してんなよ」
未結は今にも泣きそうな顔をしていた。
赤澤は未結の腕を引っ張り、駐輪場へと向かう。自転車を出すと、未結と歩き出す。
川沿いの道には、人が少ない。
「まあさ、あんなに歳離れてたら、仕方ないって」
「うるさい」
「まぁまぁ」
未結の歩くペースに合わせてくれる赤澤。そして、優しく頭を撫でてくれる。
「好きだったぁ」
「うんうん」
「ずっと、帰ってくるの待ってたのにー」
「うんうん」
「なんだよ、奥さんってー。なんだよ、赤ちゃんってー」
「うんうん」
「好きだったー」
未結が泣くのを、優しく聞いてくれる赤澤。
未結は、声に出して泣き続けた。
次の恋へ歩き出すために。
おわり
読んでくださり、ありがとうございます。
甘酸っぱい青春を送りたかったと、思いながら書いておりました。
恋も友情も……。青春っていいな……。




