嘘を吐いて、後悔して
pixiv URL:http://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=6964672
お題【大好き】
今回は、女の子同士の友情です。
(死ネタのため、苦手な方は避けてください)
お題【大好き】
彼女は走っていた。13時をもう少しで過ぎるという時に彼女の走っていた。
彼女の走る姿を、通り過ぎの人々はちらっとだが見てしまう。それもそうだろう。土砂降りの中、傘もささずに走っているのだから。
(そんな、嘘だ)
夏がもうすぐそばまで迫っている空はどんよりと曇っている。篠突く雨と呼ばれる雨はまるで止む様子はない。むしろ、大学を出てきてからの方が強まっているようにも思えた。
彼女の名前は、笠月杏樹。医大に通う2年生。
そんな杏樹は今、授業を抜け出しとある所へ走っている。手にはマスコットの付いたスマホが握られている。
(嘘だ!!)
涙ではない。けれど、雨粒が涙のように杏樹の顔に流れる。
それは5年前の夏。杏樹はまだ中学生だった。
「由奈?」
「杏樹……。来てくれたの?」
「うん。体調はどう?」
「今日は、いいよ」
杏樹には、北浜由奈という幼なじみがいた。由奈は中学に上がった時から、体調が優れずに、入退院を繰り返していた。
そして今日もすでに一週間も入院している由奈の所へ来ていた。
「今日の体育の授業さ、プールのはずだったのに、まさかの持久走になったの!!」
「なんで?」
「クラスの男子がなんかやらかして、プール中止! 本当に有り得ない……」
「うわー。今日暑そうだから、プールに入ったら気持ちよさそうだね」
「それを楽しみにしてたのに! あの男子しばいてやる」
「怖い、怖い」
「早く元気になってよ。部活つまんない」
「うん。私も早く行きたい」
「今度、ブラスバンドの発表会あるから、来れたら来てよ」
「うん」
「次は一緒にやろう」
由奈が入院している部屋は個室のため、杏樹がいくら叫んでも、迷惑にはならないでいた。
杏樹は毎日のように、由奈の所へ通っていた。
「今日は〜珍しく〜クッキーを焼いた〜」
杏樹は上機嫌に独特な歌を歌いながら、廊下を歩いている。由奈の部屋の近くへ行くと扉が開いているのが見えた。
そして中から、声が聞こえてくる。
「由奈……。ごめんなさい」
「お母さんが謝ることないよ」
「でも、」
「お母さんのせいじゃない」
「……ありがとう。由奈」
「あと5年。あと5年もあるよ」
「……うん」
「あと5年、名一杯楽しむよ」
扉の近くに杏樹が立っていた。
中から聞こえた「あと5年」この言葉の意味を杏樹は理解した。けれど、理解などしたくなかった。
手に持っていたクッキー入りの紙袋を床に落とすと、杏樹は座り込んでしまった。
「……5年」
部屋の中から出てきた由奈の母親が、杏樹に声を掛ける。「大丈夫です」と答えるが、杏樹の表情は沈みきっている。
「杏樹……」
母親は席を外し、杏樹と由奈は2人になった。
「……ねぇ」
「……うん」
「5年」
「……うん。あと、5年だって。私の寿命」
「……嘘」
「5年もあるんだよ!! ビックリしちゃった」
わざと明るく振る舞う由奈。けれど、杏樹は俯いたまま、手を強く握っていた。
「生きること、諦めるの?」
「え、」
「一緒に、演奏するって言ったじゃん。諦めるの」
「……5年あるから」
「嫌い!!」
「え、」
「由奈は諦めない子だよ。なのに、生きること諦めるの!?」
「……杏樹」
「由奈なんて、大嫌い!!」
この会話が最後だった。
あれから、杏樹は由奈に会っていない。そしてクッキーも作っていない。
けれど、今、杏樹は雨の中走っている。由奈に会うために。
由奈の容態は、母親同士の会話から聞いていた。最近は寝込み続けていたという由奈。 そして、10分程前に母親から電話があったのだ。「由奈ちゃんが、もうダメみたい」と。
「由奈……」
杏樹は、由奈に嫌いと言ってしまってから、どんな顔をして会いに行けばいいのか分からなかった。だから、5年も会えずにいた。
けれど、一つの夢が出来た。由奈の病気を治すという夢を。そのために医大に入った。
なのに間に合わなかった。
「由奈!!」
由奈の病室に着くと、由奈の両親と杏樹の母親がいた。
涙を流している3人。杏樹はゆっくりと由奈に近づいていく。
肌は白く、太陽を浴びていないのがすぐに分かった。そして、中学生以来に見るその姿は大人びていたが、とてもやせ細っていた。
「由奈?」
杏樹の問いかけに、由奈はなにも答えてはくれない。
「ねぇ、由奈……。起きてよ」
ベッドに寝ている由奈の顔を覗き込む。寝息一つ立てていない由奈。けれど、その姿はまるで眠っているようで、今にも起きてくる様だった。
「由奈、起きてよ。ねぇ、由奈」
けれど、返事はない。
「……由奈。ごめん、ごめんね……。大嫌いなんて言って、本当にごめんね」
病室に由奈の兄と姉が現れた。けれど、杏樹はその事には気付かず、涙を流し謝り続けていた。
「由奈……。大好きだよ、大好き……。だから、起きてよ!!」
杏樹の声は、もう聞こえていない。杏樹の涙のように、外では雨が強くなる。
おわり




