二ず心
自分の死体をステージの上に置いて見てもらう事が最終的な表現方法だと理解した。
何かを愛する事は苦しく、愛するために表現し続けることも苦しい、文章を書くことも、食事をまともに採ることも、この答えにたどり着くまで出来なかった。
愛する事から少し離れて、やっと健康的に眠ることが出来た時にこんな夢を見た。
一人の弾き語りのシンガーソングライターがブルージーな声で歌ってるのだ、瓦礫を積み上げていく奴隷達の苦しみを歌っていた、文明開花直前のローマのような映像が夢の中にブワッと広がり、腰巻きのみで汗だくになりながら、倒れ行く仲間さえ無視して重たい巨大な石を運ぶ死の行列。
何故、、、夢に出てきたのか、シンガーソングライターは僕に何を語りたかったのか、答えは一言で終わる。
無意味な事など無い。
何故、そう言い切れるのか?無意味な事など無いなどと、奴隷達は救われていないじゃ無いか、当時の権力者のボケ共の、おもちゃになってただけなんじゃ無いのか?
でも、奴隷達の苦しみだけは後世に無限に残っているし、今の馬鹿な僕達はあの時代の奴隷達から、人に対する優しさの大切さを学び続けている。苦しみは、苦しみだけは残るんだよ。感情だから、宇宙だけは見てくれてる、僕達より遥かに先の未来の時代の馬鹿共も、学び続ける事が決まっている。
ピラミッド?あんな物ただの、物、モノ、に過ぎないよ、腐った女王のミイラだって、レプリカとあまり大差ない、本物だとしてもね。感情以外は遺す価値など何も無いんだ。
彼ら奴隷達の苦しみは、宇宙レベルで残るだろう。
ピラミッドは爆破すれば終わりだ。何の価値もない。
表現にも同じ事が言える。
最後に僕達表現者は、死体をステージに掲げるだろう、誰が何のためにどういう意図で、一瞬でも僕達を望んだのか、または一瞬でも愛したのか、それを第三者の誰かが理解し、次に繋げてくれたら、全て救われるのだ。
生も死も、善も悪も、冷静も狂気も、全ては宇宙を流れる無限の世代の風に残り、語られる。
あの人が作品に対して、表現に対して、一瞬でも抱いた感情は、消えることはない、たとえあの人の中で感情が冷めてしまい、つまらなく見えた時が来たとしても、一度でも作品に感動した事実は消えない。
僕は死ぬ瞬間に、今までに受けた全ての怒声と喝采を見るだろう、その全てが真実で、嘘をついた事実さえも理解する。
全ては宇宙レベルで教えてもらえるのだ。
死、それが僕を全ての答えへと導いてくれる。
そして、全ての人が僕に対して抱いた全ての感情に対して、僕は言うだろう。
全てに意味があった。
悩んでやっと精神的に安定して、書けたって感じですね。
落ちつくまでが大変でしたよ、何ものどを通りませんしね、吐いちゃうんです、何を食べても吐いちゃう、水も吐いちゃう、飲み込めない。
病気かなとか考えましたよ、やっと分かったんです、恋患いですね。
こんな事初めてなんで、恥ずかしいですよ。
でも何とか、その経験を作品に昇華?消化?いや、昇華出来ました。




