第8話 騒動終結。 生贄の少女。
ある日、突如として王都を襲った脅威は、幾許かの被害を出しつつも、何とか収束していった。
市街地にいた騎士達の活躍により、一般人に及んだ被害は最小限に抑えられたが、それでも相当数の死傷者を出してしまうほどの災害となった。
国王をはじめとした政治に携わる者達に新たに始めた仕事は、そういった被害の原因が何であったのかということを議論することに移ってきた。
戦死した騎士の中には貴族出身の者も多く、そういった人物に対する補償や、市街地での被害にあった住民達への援助など、決めなければならない問題が多いのである。
とりわけ議論が集中した議題は、今回の騒乱の原因追求にあった。
国家の危機ともなると、攻め込んできた敵がすべて悪い、言うわけには行かない。敵性戦力が攻め入ってきたことによる被害ではあるのだが、それは防ぐことはできなかったのか、王国はなぜ王都にまで敵の侵入を許してしまったのか、とりわけ王城よりも市街地の方が被害が酷いのには現場の指揮に問題があったのではないか、王都の誰かが手引きをしたのではないか。
敵からの攻撃と一言に言っても、易々と敵の浸入を許したとなれば王国そのものに責任を追及さかねない。それを避ける為に、新たに別口の責任を追及する相手を探す。そのための議論が王国では行なわれている。
そして、王国評議会の議長を務める男、バルドウィックは自身の部下からの報告を受け、議会の場で頭を悩ませていた。
「それで、現場を指揮していたのは誰だったのだ?」
「各小隊をまとめていた部隊長のうち、生き延びたのは平民の出が殆どでした。部隊長不在となった隊の生存率も極端に低かったのです。」
既に複数の騎士や兵士達から聞き取りを行なった部下からの報告で、騎士達の動きがどうであったかの確認を取る。現場での混乱の原因を作った人間がいれば、その人物に責任の所在を追及しようという魂胆である。
議会が今決めるべきは、現われた敵性存在の正体や、その浸入経路、そして犯行の目的を推論することではない。
「では、騎士団の指揮には問題が無かったと?」
「独断で指揮を執った者達が居りますが、その者達に責任を押し付けるとその部下や周囲の者達にも不満を与えます。」
市井の人間からすれば理解の出来ないことかもしれないが、今回の事態で責任を取らされるべき人物の選定が、政治に携わる者達の中では最優先事項なのである。
そして、今回の件では現場で生き残った騎士や兵士の殆どが平民の出であり、その現場を臨時で指揮していた貴族からの縁故の騎士達は悉くが戦死している。なので、下手に生き残った騎士達に責任を被せると、傍から見たら平民騎士達への締め上げのように見られてしまう。よって、この案は却下である。
「では、見張りの兵達はどうか?」
「発見は迅速であったのと、その直後には各部隊長に伝令を出していたそうだ。問題なのは、一部の指揮官がその報告を信じなかったことだと、生き残った兵が証言している。」
「……信じなかった? 非常事態の報告をか?」
「証言によれば、平民出身の騎士達は即座に対応を始めたのだが、一部貴族達は報告に来た兵士が平民の出だったことと、報告の内容が荒唐無稽であったため見間違いだと判断していたらしい。」
そして現場の声を聞けば聞くほど、貴族出身者の未熟で独善的な態度ばかり目立ってしまう。これでは今後の貴族出身騎士達への心象もよろしくない。
「それは頭の痛い問題だな……」
城内の安全を守るはずの王城警護騎士達は、異変の再に城門を閉鎖し、城外の騎士や兵士、或いは助けを求める市井の民を締め出して篭城戦を展開したことにより無傷だったが、自分さえよければ良いのかという意見が城下では散見されている。更に現場に居た貴族騎士の一部が危機管理も出来ずに斃されていったというの外聞が悪すぎる。しかもその戦死者の殆どが貴族出身ともなれば、それぞれの家名にも傷をつけるし、貴族騎士は役立たずだという噂が広がるのもよろしくない。そしてそういった家から王家に対して責任の追及をされる可能性なども考えると、余計な火種は貴族と平民の間だけに留まらず、国内の諸侯からも余計な不信感を抱かれてしまう。
結局現状においては騎士団やそれを任命した人間、あるいは王家の人間に責任が追求されないように、それらとは別の存在が必要なのである。
「……そういえば例の預言者が言っていた勇者とやらはどうなったのだ? アレだけの騒動だったのだ。何も無いということはあるまい?」
そこで議長のバルドウィックは預言者が国王に伝えたとされる予言の件を議題に上げた。勇者が現われるとされていた時期に突如として現れた怪物たち。関係が無いはずが無い。そして預言者の方もタイミング的にも何かを知っていた可能性があるのだ。
「預言者なのですが、騒動が治まったころに話を聞こうと居宅へ兵を向かわせたのですが、そのときは既に不在でした。現在、王都とその周辺を捜索させてはいますが、何分人手が足りず……」
話を聞くに、預言者のメイガスは魔獣騒ぎが起こる前に城に届出をした上で暇をもらい、王都を離れていた。まさに、自分自身にも何らかの責を負わされることを知っていたかのような行動である。
「……そうか。その件はこちらで調べてみよう。他には何かあるか?」
そんな預言者の行動は議会の思惑として都合がいいようで、バルドウィックは顔には出さないが、心中でほくそ笑む。これだけ怪しい行動を取るようであれば、真実は如何であれあとから幾らでも『真実』を付け加えることが出来るのだから。
更にもう一押し、預言者を貶める話題は無いかとバルドウィックは他の議員に追求する。
「あの少女の件はお聞きになりましたでしょうかな? こちらでもある程度の証言は抑えましたが。」
そこで、別の議員から新たな話題が投下された。
「うむ、話は聞いておる。ただし、誰も彼もおびえていて、口にするのは誇張された感想ばかりでな。いまひとつ要領を得ん。」
議題に上がったのは市街を救ったとされる少女の話だった。バルドウィック自身も城内でいくらか話を聞いてはいるのだが、その上で判断材料になりうる事柄を集めておきたい。なのでその先を促す。
「こちらも似たようなものではありますが、そのときの姿を見た者の証言を合わせますと、どうやらあの娘もまた魔獣、或いは魔人である可能性が出てきまして……」
「ほう、魔人か……」
魔人、という単語が聞こえたとき、バルドウィックは口元に僅かに笑みを浮かべた。
「そのように言っていたものはどれだけいた? 一人や二人ではあるまい?」
「それが、かの娘を見た者の半分はそのように答えていたようだ。逆に、現場で命からがら助けられた兵士達は彼女を擁護していたが。逆に貴族騎士たちには印象が余りよろしくないようだな。化け物に助けられたなど、プライドが許さんのだろう。」
「そうか。それはそれは……なんとも都合のいい人材じゃないか。」
話に聞いた限りでは、外見がかなり異形と化していた。ならば、その姿に嫌悪感を持つものの感情を動かせば何とかなる。バルドウィックはそう判断し、事の次第の結末の、その落とし所を見つけたのだった。
そうして、今回の件の大まかな概要の流れが決まる。今回の、主に為政者を納得させるための嘘がいくつも塗り重ねられ、報告書が議員達によって書き上げられ、都合の良い事柄だけを集めて口当たりの良い『真実』が作られていった。
「ふむ。では、この形で報告をさせていただこうと思うのだが、異議のあるものは居りますかな?」
かくして今回の問題を収束させる為の台本は完成した。出来上がった報告所の内容をバルドウィックは他の議員達に問いかける。
「いささか強引過ぎる気もするが、まぁいいでしょう。」
「特に問題はないかと思いますよ。」
バルドウィックの決めた筋書きは、特に反論されることも無く賛成意見が集まった。
「うむ、ではこれをもって事態の収束とし、詳細を纏めた後に発布することとす。」
議会の作り上げた台本は、後に国王からも承認されることになっている。後は仔細を決めて、騎士達、兵士達への賞罰を決めるだけだ。
「では最後に。今回の危機において予言を伝えるどころか、何も言わずに立ち去った預言者に謀反の疑いがあるとして直ちに捕縛すべし。そして、戦の場となった市街で暴れまわった少女を、騒動を引き起こした原因の一人であるとし、これも直ちに捕縛の後、調べの内容によって刑に処すこととする。」
こうして今回の事態の責任の所在、責を負わされる罪人は決められたのだった。
――――――――
目を覚ますと、そこは石造りの一室。ここはどこだろう? そう思って辺りを見回すと、石造りの壁には鉄格子の嵌った窓。反対側を見れば、そこにも鉄格子。窓のものよりも少し物々しい様にも見える。
どうやらあの騒動の後、わたしはこの部屋で寝かされていたらしい。自身の体を見やれば、裸ではないものの、みすぼらしい簡素な服。これは囚人服なんだろうか? 手と足にも枷と鎖が掛けられ、あの首輪にも一際太い鎖が付けられている。これが地味に重たいので、牢屋の中で少し動くだけでも難儀しそう。
……あの時みたいになったら、ぜんぜん苦にならないんだろうなと、益体も無いことを考える。
「……はぁ。また檻か。」
せっかく自由になれたかと思えば、再び牢屋暮らし。ある意味では心のバランスが取れてちょうどいいかも? とか考えないとやっていけないよ。
「黙ってろ! この化け物め!」
そんなわたしの呟きが気に障ったのか、見張りをしている兵士が吐き捨てる。
「……これでも一応人間のつもりなんだけど……」
そんな言葉に答えるものは誰もなく。誰にも構ってもらえないことに一抹の寂しさを覚えた。今までは誰かしら傍にいたけど、ここのところは誰も声を掛けてくれなかったし。
わたしは自身の変化を鑑みて、あんな獣の姿に化けれるんなら化け物と変わらないかと思い直し自嘲する。
わたしはあの騒動の時、何があったのかを思い返してみた。今度は全てを覚えていた。巨体の化け物の太い腕を振りほどき、その喉笛を噛み千切ったこと、城内で次から次へと化け物たちを喰い荒らし、屠っていったその感触を、血の味を、そして喰らうほどに昂揚する自身の鼓動を、体に走る快感を。
一体自分の身体はどうなってしまったのか、何が起こってこんな身体になったのか。元の形に戻った右手を見つめる。その手も足も、元の華奢な物ではあるが、握力や腕力も明らかに強くなっている。そんな自身の変化に戸惑い、自問自答を繰り返す。
あの異形な姿を見られてからか、格子の向こう側には見張りが付けられ、どうやら今の扱いは完全に囚人だ。一人はわたしの独り言に対して罵声を浴びせてきたけど、もう一人は一瞬此方を見やるが、直ぐに視線を外して牢屋の前に立ち続ける。その目に恐怖の色を浮かべているということがわたしの心を締め付けた。
「……無我夢中だったんだけどな……」
最初は本能的なものだった。
――食べる――タベタイ――
そんな言葉が脳裏に響き、それに呼応するかのように身体が変異し、気が付けば目の前にいた化け物は肉塊へと変わり果てていた。しかしそれ以降は純粋に死にたく無い、死なせたく無い、そう願って暴れまわっていた。気づいたら騎士達を苦しめたあの化け物たちを喰い千切っていた。結局、そのとき周囲に留まっていたであろう化け物たちの殆どを喰らって行った。
助けられた者は数十人に上った。しかし、その殆どがわたしのその姿に怯え、恐怖した。
「わたしは化け物なの? 人間じゃないの?」
助けた人たちの中には感謝を口にするものも居た。期待もされていた。しかし、わたしの姿を見て恐怖し遠巻きにする人たちも居た。記憶の中にある恐れの色を浮かべた目線が辛い。
「わたしはどうしたら良よかったんだろう……」
助けたことは間違いではなかった。そう信じたい。しかし、それを肯定する人間は傍には居ない。
その呟きには誰も答えることは無く、わたしはこの牢から出ることは許されないらしい。
わたしのことなのに、わたしの意思で動かせない。わたしは自身の扱いがどうなるのか、その知らせをただ待ち続けるしかなかった。
――――――――
先日の魔獣騒動から数日が過ぎ、その後片付けも粗方済んだことにより、少しずつ日常が戻ってきたアルトレリア王国の王都。その市街地にある騎士団の屯所のある一室で、俺は城から来たお偉方から尋問を受ける日々を送っていた。
「さぁ言え! 貴様はなぜあの娘を王都へと入れた!」
「貴様があの預言者と親しくしていたことはわかっている! 奴が今どこにいるか、知らないはずが無いだろう!」
何を言おうとも、この質問ばかりを繰り返され、さすがに心が折れそうだ。
それは件の魔獣騒動の報告が城内や王都に発布されたことによるものだった。
王都魔獣騒動に於ける最終報告。先日の魔獣は『戦線』より遥か遠くの魔王の地より引き入れられたものである。幸いにして、勇猛果敢な我が王国の騎士団たちが、一致団結し、自らを犠牲にしながらも王城、ならびに王都の住民の命や財産を守った為、王国はこの危機を乗り越えることが出来た。
ついては、今回の騒乱が引き起こされた原因に関わるとされる人物二名を捕縛し、これを処罰することを決めた。
一人は王城つきの預言者メイガス・タウンゼント。この者、予言で回避できる案件を予言せず、国に危機を呼び込み、自らは逃亡。恐らく、今回を一件知っていたか、感知しているものと見られている。あるいは自らが引き起こした可能性もあるため、見かけたものは最寄の兵屯所まで一方を請う。
もう一人は魔獣を従えた魔人で、魔獣騒ぎで荒れる王都を更に混乱に陥れたものとして現在捕縛中。取調べの後に刑に処す予定である。
こんな報告が兵士達や市井の人々になされたのであった。
これを見て俺は自身の目を疑った。こんなふざけた報告を出すことを決めたのはどこの馬鹿だ! そしてそれと同時に自分達を助けてくれた少女に対して申し訳ない気持ちになった。
「だから知らんと。あの娘は近隣で発生した魔獣騒動の生き残りで……」
「では、なぜあの娘が魔物を率いて市街で暴れまわっていたのか!」
「だから、違うって言っているだろう。あの少女は俺達や町の人を守ろうと……」
「そんな報告は受けていない! 貴様は事実を話せばいい。あんまりあの小娘をかばい立てすると、貴様も捕縛することになるぞ!」
この監査の文官、どれだけ話をしようとしても、この一点張りで此方の話など聞く気も無いらしい。
王城内の人間達には様々しがらみがある事くらいは俺にも分かる。自分もそういったしがらみに縛られ、自由に動けず悔しい思いをしてきたのだ。恐らく今回の決定は、貴族や王族、城内で政治に関わる誰もが、騒乱による被害の責任を追わずに丸く治める為の方便なんだろう。少なくとも、彼女と預言者を悪者に仕立て上げておけば、八方丸く収まるであろうと。発言力を持ち始めていたメイガスとそれを担ぎ上げていた一派も一掃出来て、国王達も一安心というところか。全く、ホント騎士団は面倒だ。
集団を纏める際には、時に分かりやすい悪役が必要なのだろう。本当に魔獣を呼び込んだのか、国家転覆を図ったのか、そんなことよりも異形な化け物で判りやすい悪者風味という部分だけが取沙汰され、アシュリー自身の内面に触れるものは誰一人としていなくなってしまったようだ。それを利用するかのように国民煽り治世を安定させようという意図がそこにはあるのだろう。
その結果、所在が分からない預言者はまんまと逃げ仰せて、その感情の矛先はアシュリー一人に集められることになってしまったのだが。……あのクソ預言者め。
「……とにかく、あの少女を王都に連れるように言ったのはウェブスター隊長だ。俺だけの意思じゃない。もう戻ってきているのだから、そっちに聞いてくれ。」
そもそもアシュリーが国家転覆を図っていたとして、身よりも無い少女に一下級騎士でしかない俺が肩入れしたところで何の得が有る。連中は俺という証人から『あの娘は害悪である』という言質が取りたいだけなんだろう。
「……まったく。貴様といい、ザカリーといい、どうして平民出の騎士達は一々頑固なんだ。言われたとおりに証言すれば楽になれるのに。」
やっぱり、そういうことらしかった。ウェブスター隊長もアシュリーのことはかばっているのだろうか。怒鳴り散らしている文官とは違う、監査に来ているもう一人の上級騎士が呆れたように声を掛ける。
「一人の女の子を生贄にしてまで守りたい面子ってなんスかねぇ。」
「……その発言は聞かなかった事にしておいてやる。だが、お前一人が意固地になったところで結末は変らない。証言によっては、騒動の際の勝手な行動を咎められないようにも出来るんだぞ?」
「……とんだ茶番っスね。」
その騎士の男の言葉に、呆れてため息しか出ない。俺の発言に意味は無いと言いつつ、証言によっては俺の評価を下げないように配慮すると、暗に脅してきたのだから。
「だが、そういった予定調和の中で成り立っている部分も多いのだ。判ってくれ。クリストフ。」
言いたいことはわからんでもない。この騎士もまた中間管理職でしかないのだろう。彼の立場で言えば、上の思惑通りに動かない部下に手を焼いているというところだろうか。だが、俺の返す言葉と胸のうちはもう決まっている。
……まだまだ、この問答は続くことになりそうだ。そう思いながら俺は深く息をついた。