第5話 王都襲撃、予言と魔獣遣い 前編
例の惨劇の場から移動を始めて一晩、俺達は何事も無く王都へとたどり着いた。心配していた道中での襲撃も、魔獣はもちろん、食い詰めた傭兵崩れの盗賊や野生の猪等が現れることもなく、精々が辺りをうろつく狼の遠吠えを聞いたくらいで、夜を徹した移動でありながらも道中は平和そのものだった。
「あれが王都なんですね。」
そんな兵士達に囲まれながら一人、俺と一緒の馬に乗る少女がつぶやいた。その目線の先には街を覆う巨大な城壁と、それよりも高い王城の荘厳な姿がある。
「そうだな。大城壁が目視できる距離だ、あと半刻もすれば入場門へと着くだろうな。此処までくればもう安心だ。」
そんな少女のつぶやきに応える。惨劇の場から唯一生き延びた少女、アシュリー。まだ少女ともいえる彼女の体格では訓練された歩兵や馬の速度にあせての行軍は酷だろうという判断で、俺と同じ馬に乗せることになった。
聞けば彼女は王都が始めてらしく、今もその大きさに唯々圧倒されている様子が見てとれる。
アルトレリア王都。アルトレリア王国の中心であり、王家の住まう王城を中心に発展した王国一の大都市である。人口はおよそ2万5千人程。街は王城を中心に貴族街が広がり、そこから商業地区、平民街と外側に向かって少しずつ広がって言う構成となっている。その都市を丸ごと覆い込むように、一番外側にはひときわ大きな外壁が聳え立ち、王都を守ってる。
王都へと入るための街門は東西南北の4方向に開かれており、日の出から日没までの間は開放されている。その街門を通るのは国内外からの商人や傭兵、他にも職を求めて来た地方からの出稼ぎ労働者や兵士志願者など様々な人間が集まってくる。さらにそこを通るためには幾つかの手順と手続きが必要となるため、今のような早朝には各方面の街門で行列ができる。
任務のある騎士と兵士の一団なので、俺達の隊列は王都北側の街門に続く行列の脇を、並ぶことなく進んでいく。街門の通行人を確認している衛兵の下へ着くと、任務の内容と各種報告をし、上役へも到着の報せをするように伝える。
例の逃げ込んできた男の見たであろう魔獣の件、そこで見つけた生存者の少女、さらに新手の魔獣がいる可能性など、緊急性のある報告をいくつかしたところで、俺達の部隊から伝令の兵士が走っていった。一応、ここにいるのは俺達騎士や兵士だけじゃなく、この生存者の少女もいるため、まずはアシュリーも交えて市街の屯所で今後の話をすることになるだろう。
俺の仕事もそこまでだ。もうすぐこの少女のエスコートも終わる。そう思ってふと少女の方を見ると、順番に街門を通っていく通行人のほうを見ている。……物珍しいものでもあるのだろうか?
「街門では身分と荷物の確認をしている……。でも、それほど時間の掛かる作業では無いみたいで、だから列が進むのが早いんですね。」
どうやら通行時の確認作業が気になっていたようだ。だが、普通に馬車で通るものや、大げさな鎧を着た人間の持ち物などを一々調べていたらキリが無い。それなのになぜ確認作業が素早く終わるのか、その理由は実際に街門をくぐる通行人たちと、それを調べている兵士達を見てわかったようだ。
「あれは魔法を使っているからな。質問しているほうの衛兵は通行人の言動に嘘がないか、杖を持っているほうは馬車の積荷や手荷物に隠しているものが無いかを調べている。」
街門では衛兵が通行人一人一人に質問をしながら、もう一人のローブを着た衛兵が馬車に杖をかざしている。今もちょうど一台の馬車が通行確認をされていた。衛兵の一人が石版のようなものを見ながら御者に幾つか質問をしている。そして、その間にもう一方が杖を使って馬車を調べるというわけである。
「あの石版と杖はそれ専用の魔法が使えなければ機能しない。街門の衛兵は魔術師しかなることが出来ないんだ。」
ちなみにあのローブは魔術師の証で、それを周囲にわかるようにするために敢えて身に着けている。石版を持っているほうも唯の衛兵で在るように見せかけているだけで、実際には王国に使える魔術師達だ。
地味な仕事だけど、あの衛兵達は実は結構なエリートなんだよな。そうこうしている内に次の馬車が通る。御者が通行証を出し、石版の魔術師がなにやら幾つか質問をして、もう一人が杖を翳して馬車を調べ、そうしてまた一台馬車が通り抜ける。
「通行証があっても調べられちゃうんですか?」
そんな衛兵とのやり取りに疑問を感じたのか、アシュリーは俺を見ながら呟く。
「時々、街に入る理由を偽る人間がいるからな。中にはああいった通行証を偽造したり盗んだりする輩もいなくは無い。あの石版の衛兵はそういった嘘を見抜けるから、あの街門を通る者は例え貴族や正規の兵や役人であっても、調べは受けなければならない決まりだ。」
嘘がわかる。なので、人数や積荷を偽って通行税をごまかしたり禁制品を持ち込んだり、そういったことを防止するため一人一人に口頭で確認しているのだ。また、御者に知らされていない場合を想定して、馬車のほうも同時に調べている。これにより、王都においては密輸や不法侵入、脱税は殆どできないである。
ついでに言うとあの石版は徴税官の業務や国境、それと裁判でも採用されている、汎用性の高い魔道具なのである。ちなみに、あの石版は王国内で使われているものは全て国の備品だ。
また、魔術師でしか出来ない仕事だが、家柄も重視されているため、顔パスしようとする田舎貴族への発言権もそれなりなので、この制度に文句があってもその文句を言う先は王城になってしまうので、素直に従っておいた方が懸命である。
「まぁ、通行証が発行されていれば通行税は免除される。通行賞の意味は通る許可でなく、通行税が免除されている証というになるな。」
そこを勘違いして衛兵相手にごねる商人は稀にいるからな。もっとも、そんなことをすれば直ぐに他の兵士達が集まってくるので、この場合もやはり素直に従った方が懸命なのだが。
その後も何台かの馬車と通行人を眺めながら、今回の任務を出した上役の騎士が訪れるのを待っていると、一人の上級騎士が何人かの下級騎士達を伴って街門へと現われた。
「これはこれは、治安維持隊の諸君。任務ご苦労であったな。」
現われた上級騎士は貴族出身の若い男だった。長めのウェーブのかかった髪に甘いマスクと、女性受けのしそうな顔つきだったが、その目の奥にある侮蔑の色は明らかに此方を見下していることの表れだろう。実際、この男の評判は余りよろしくは無い。
バートラム・ブラッドフォート。貴族であることを笠に、城下では度々傲慢に振舞う評判の悪い男だ。貴族といっても、領地も領民も無い宮廷貴族の男爵家なのに態度だけはでかいと有名だな。一応、この男の親と兄達は役人として辣腕を振るっているのだが。
そんなどうでもいい話題が末端の平民騎士の耳にまで届いてしまう、まぁ、そんな騎士の男だった。とはいえ、俺達の上役であるザカリー・ウェブスター隊長が不在だし、任務報告はこの男にするしかないのか……というか、他の中級騎士はどうしたよ……
「全く、治安維持の雑兵共め。本来であればそちらから出向くのが礼儀ででは無いのか? おっと、平民のお前達にはわからんか。だが騎士たるもの、礼儀は大事にしなければ行かんぞ。」
だから、アンタは呼んで無いって。なんか、どの口が言うかってくらいに色々と突っ込みたい。一応言っておくと騎士同士の位は上級、中級、下級と分かれていて、さらにその上に騎士団長がいるという形になっており、部隊の構成は縦割りである。ざっくりと説明するなら、下級騎士の俺の上にいる部隊長がザカリー・ウェブスター中級騎士で、その上に治安維持隊の一分隊を纏める上級騎士、この場合はバートラム上級騎士がいて、それら多数の分隊を纏め上げる騎士団長がいるという構図になる。
で、騎士団長も都市警護騎士団、王城守護騎士、近衛騎士団、そして別枠になるが王国異界調査騎士団にそれぞれいて、その所属も綺麗に縦割りで区分されている。とはいえ、他の中級騎士でも良かったんだが……
「しかし、これは規定で……」
「黙れ! 口答えをするんじゃない!」
この男、とにかく現場の声を聞かない。決まりだろうとなんだろうと、自分が気に入らなければそれを部下に当り散らす。
「大体魔獣だと? この王都と戦線とがいったいどれほど離れていると思っているのか。」
「しかし、自然発生しているのではないかという見解も……」
「それがそもそも勘違いだというのだよ。魔獣が突然沸く? 霧や霞じゃあるまいし。大体、平民風情の目撃談など信用なるものか。そんな見間違いのために我ら騎士団が振り回されるなど……全く嘆かわしい。」
そして、どうやらこの男は根本から魔獣の目撃を信じていないようだった。さらに、駆け込んだ男や俺達下級騎士の言葉も信じる気は無いらしい。
「大体なんだ、そのこ汚い娘は。首輪なんぞ付けてからに……なんだ? そこの雑種は奴隷を侍らせるほど偉くなったのかね?」
そして、その矛先はついに俺にも来た。が、この男に逆らったところで、その嫌味が終わることも無い。仕方なく、気が済むまで勘違いお貴族様のお小言を聞き流すことになってしまった。
……だからアンタは王城警護騎士団から放逐されんだよ……
――――――――
そこは王都の上空。そんな空の上、一人の女が空中にたたずんでいた。
「ふぅ~、やっとついたねぇ。まったく、拠点から最寄の国の中枢……だっけ? 最寄のクセに遠すぎだって。」
その女は翼を広げ、眼下に広がる都市を見下ろしていた。
「まぁったく、いかにも平和で長閑です? 豊かに栄えてます? ってカンジ? ……胸糞悪ぃねホント。」
誰とも無く悪態を吐きながら、女は肩にかけた鞄から細かな小石のようなものを掌いっぱい取り出すと、その小石を王都に向けてばら蒔く。
「……だから、その分苦しんでくれたら嬉しぃなぁっと。」
そういって彼女は何か呪文のようなものの詠唱を始める。
「我が力に従いし眷属たちよ、力に従い彼の地より出でよ。《召還》!」
女の呪文に反応するかのようにバラ撒かれた小石がさらに砕け、その欠片を中心にして無数の影が空中に現れる。
「……まったく、こっちじゃ魔法一つ使うのにもコストが掛かりすぎるのよねぇ。」
ため息をつきつつ、砕けて舞い散る石の欠片を見つめながら独りごちる。その視線を周囲に現れた影達――魔物に移すと、女は再び表情を活き活きとさせ、魔獣たちに命令を下した。
「それじゃ、適当に暴れちゃって頂戴な。ただし、徹底的にね!」
空に浮かんだ女の声に応えるように、突如現れた魔獣たちは一斉に雄たけびを上げ、眼下に広がる王都を目指し降下して行った。
――――――――
王城壁で見張りをしていた兵士は空に何かを見つける。最初は鳥かと思ったが、それにしては全く動かないのも妙なものだ。その影が何なのか見極めようと、更に目を凝らす見張りの兵士。影はやがて数を増し、空を覆っていく。
「おい……何だあれ……?」
たまらず、一緒に見張っていた同僚に声をかける。
「おい、すぐに騎士団長に知らせろ! 周辺の騎士と兵士達にもだ! なんか分からんが、やばいぞ!」
空に拡がった無数の影は、やがてその大きさを増す。徐々に下へと降りてきたのだ。すなわち、この王都を目指して。
「急げ、早く知らせるんだ!」
叫びながら見張りの兵士は弓を番え構える。そして、影が更に近づいたそのとき。兵士の引いた弓が放たれた。
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嫌味な上級騎士のお小言が続く中、街門の周囲は俄かに騒がしくなってきた。
「何事であるか、騒々しい。」
そんな周囲の騒動にバートラムが忌々しげに声を上げる。ようやくお小言も終わるかと安堵するのも束の間、そんなバートラムの下にけたたましく声を上げながら一人の兵士から報せが届いた。
「そ、空よりの敵襲あり、弓の使える者、魔術の使える者は直ちに防空に当たれとの事です!」
報せに来た兵士は、それだけ言うと再び走り回っていく。他にも回るところがあるのだろう。
「空からだと? 何を馬鹿な。鳥か何かの見間違いであろう。」
しかしバートラムは何を考えているのか、その報告をすぐには信じず、空を見ることも無く兵士の報せを一蹴した。もっとも、空を飛ぶ術などというものが存在しない以上、これは当然といえば当然なのだが。
だが、上を見れば何かの影がちらほらと見える。この男の言うことに素直に従うのも癪だし、俺は声を張り上げ、他の隊員達に指示を飛ばす。
「なんにせよ、ただ事じゃなさそうだな。使える者は弓を持って城壁へ向かえ! 弓に不慣れな奴は敵性戦力が表れたら即座に対処できるよう支度を整えておけよ!」
「お前が仕切るな! 治安維持隊! 何が来ても迎え撃てるよう、支度を整えろ!」
俺の声にヤジが入るが、治安維持隊の騎士と兵士達は即座に異常事態に対処しようと身構え始める。俺ははみ出し者だが、このバートラムの意見に同調するのが嫌だったのか、バートラムとその後ろに控える連中以外の騎士と兵士達は素早く対応した。
「貴様、何を勝手に! 指揮官は我輩だぞ!」
とりあえず事態を静観するつもりのバートラムは俺達の勝手な行動に憤慨する。というか、一番最初に声をあげた俺が非難の標的だな。もう、この人なんで上級騎士になれたんだよ……敵襲って言ってただろうに……そんな上官の声に従うものは当たり前だけどこの場にはいない。みんな上級騎士のバートラムではなく、下級騎士達の声にしたがって装備を整え始めた。
動かないのは当のバートラムとその取り巻き連中だけだ。
「さて、お嬢ちゃんは出来る限り安全な場所で待機していてくれ。衛兵! この娘を頼む!」
俺は衛兵の一人に声を掛けると、アシュリーの避難を任せてその場を離れる。衛兵に街門側の屯所に連れて行かれるのを確認してから空を見上げ、上から来るであろう影の襲来に備える。
「おいおいおい、何だこりゃ……!」
徐々に大きくなる影、それはやはり鳥どではなく、どちらかといえば人の形をしたものだった。それは人と比べて四肢も胴体も太く強大に見えて――
「って、ありゃ魔獣じゃねぇか! 何でこんなもんがいきなり空から降って来るんだよ!」
その姿が確認できた直後、その影はついに地上に降り立ったのだった。
魔獣の発生する原理は未だ良くわかっていない。だが、たった今現われた化け物のように、何も無いところから発生するなど聞いたことが無いのだ。
「……あの野郎。未曾有の危機ってこういうことかよ、クソが!」
先日、友人でもある預言者メイガスが言っていたことを思い出す。そして叫ぶや否や、地上に降り立った獣を抜き放った騎士団専用の両手剣で思い切り斬り飛ばす。
「コイツ等は魔獣だ、唯の獣じゃないぞ! 生身では無理だ! 魔術を使って対抗しろ!」
すぐ傍でも降り立った魔獣達と交戦を始めた治安維持隊の騎士や兵士達、街門で通行人たちを守るように構える衛兵達に声を掛け、俺も走り出す。そんな俺の声を聞いてか、他の騎士達も魔力付与を使い、魔獣たちに対抗していく。また、魔術を専門とした兵士や衛兵達は前衛で戦う騎士達を遠距離魔術で援護し、魔術の使えない兵士達は市民の避難に当たりながら、それぞれ対処を始める。
「畜生! 何だアレは……げはっ!? 」
一方、バートラムに従いって特に何の構えもしていなかった連中は、不安そうに空を見上げはしていたが、結局何もしないまま一人、また一人と未知の獣達の目にも留まらぬ速さで繰り出される一撃に沈んでいった。
「たかが獣ごときに王国騎士団が……!?」
「早くあいつを止めろ! これは命令であるぞ!」
「こんなの聞いてない……嫌だ、死にたくない……!」
「ブラッドフォート卿! どうか御命令を! 早く!」
どうやらバートラムの命令待ちだったらしく、剣も抜かずに倒れていったようだ。
「貴様! 勝手に命令を出すな! 許可なく魔術を使うとは何を考えているか! まだ抜刀許可も魔術の使用許可も出していないんだぞ!」
だが、一方のバートラムは部下を対処させるよりも俺の命令違反を指摘するのに忙しいらしい。部下の懇願を余所に食って掛かる。
「お互い生き残ったのなら、どんな罰でも受けましょう。それでは後ほど、上級騎士殿もどうか御武運を。」
そんなバートラムの遠吠えを無視して俺は周囲の魔獣たちに対峙する。
「俺もあんまり出し惜しみしてる場合じゃなさそうだな……《魔力付与・身体強化!」
そして自身の肉体に身体強化の魔術を掛けると、周囲の人に襲い掛かろうとしていた魔獣たちに一気に詰め寄り、まとめて切って捨てる。何とかけが人が出なかったことを確認する。
魔術。それは人が体内に持つ力、魔力をコントロールし、自然現象を操る術である。体内より放出された魔力は、放出した術者の意思により形を変える。どのような形に変えるか、変わるかは本人の想像力に左右される為、自由に扱うにはそれ相応の修練が必要となってくる。それに対し、一般の騎士やドランが使った魔力付与は比較的簡単に誰でも習得が出来る魔術の一つである。これは体内に流れる魔力をその場に蓄えるイメージで、腕力や肉体の強度を高めるもので、外部に放出した上で操る魔術よりも習得が比較的楽とされている。魔力付与と身体強化の魔術は騎士になるための必須技能なので、アルトレリアの騎士であれば誰でも使える基礎魔術でもあるのだ。
俺は自らの肉体に隅々まで魔力を行き渡らせるようにイメージし、全身を強化すると一気に地を蹴り魔獣へと詰め寄った。強化された脚力は、走る速度を上げ、その勢いと魔力の乗った腕で振りぬかれた両手剣は、魔獣をいとも容易く斬り裂く。しかし、目の前の魔獣を斬り伏せても、次から次へと魔獣が立ちふさがる。
「……ホントに、乗り切れんのかよ、クソ!」
毒づきながらも、道に、建物に、路地に、目に付く辺りの至る場所で蠢く魔獣を端から切り伏せていった。