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第3話 惨劇の痕、不穏な謎

 例の腐れ縁の預言者から伝えられた曖昧な予言の通り、あの3日後に屯所でザカリー隊長の更に上役の騎士が調査の指令書を持ってきた。街門に駆け込んできた男が目撃した獣の件についてだ。

 単なる害獣騒ぎならわざわざ調査隊を組織する必要なんか無い。一般の兵卒達だけで十分な案件のはずだ。にもかかわらず、こんな大げさになったのはその男の様子が尋常でなかったからなのか。

 証言によれば、大人一人を丸呑みにできるような巨大な狼が商隊を壊滅させたということらしいが。以前であればこんな荒唐無稽な話を信じるものなど居なかっただろう。しかし、王国内の一部の人間達にはその巨大な獣という存在に心当たりがあった。『魔獣』と呼ばれた新たな脅威に。


 魔獣。それは戦線の向こうより突如として現れた、魔力を持った獣達の総称である。一口に獣といってもその種類は多岐に渡り、地を這うもの、水や土に潜るもの、空を飛ぶもの。その多様性に最前線で戦う騎士や兵士達は幾度となく苦しめられてきた。王国の識者はこれを異界からの尖兵とし、周辺各国と情報を共有しながらこれの対策を今も練っている。

 そんな魔獣に新たな見識が追加されたのは、ここ最近のこと。このところ、どういうわけか戦線より遠く離れた地でも魔獣を確認するようになったのだという。その発生も国内各地に突如として現れるため対処が難しく、また長引く戦の中で人手も不足しているため、王国では傭兵を大量に雇い入れこれに対処している状態である。

 本来では国中に戒厳令が敷かれる所なのだが、王都を含む幾つかの都市部の多くは街を囲む城壁とそれを守る兵士を見て安心し、それ以外の町や村では魔獣といわれたところで唯の獣であると誤認され、見くびられているのが殆どだ。一般の国民は戦線の状況も、兵士が不足しているということも、そして何より魔獣がどういった存在なのかということさえ知っているものは少ない。

 

 しかし此処最近になってからは、戦線から遠く離れた王国の領土内での魔獣の目撃談は増える一方だ。

 俺自身も街道守備任務で何度も目撃してきたし、その巨大さと凶暴さは身を持って体感してきた。正直アレは並みの人間では手に余る。俺たち騎士団が徒党を組んで各種の武技を使ってようやく対等になれるだろうといったところだ。


 今回のこの緊急の遠征任務は間違いなく、魔獣が発生したのではという懸念によるものだろう。逃げ延びた男の証言が正しければ、目撃された場所は王都の目と鼻の先なのだから、コレを放って置くのが危険だということくらいは誰でもわかる。少なくと現場経験者なら。


 そして俺たちは一部の上級騎士達の騎馬隊と兵士隊と騎士隊で構成された歩兵部隊で徒党を組んで街道を進んでいる。俺? 当然歩兵だよ。一応馬術は心得ているが、今の王国騎士団には全ての騎士に馬を宛がえるほどの余裕が無いんだとさ。まぁ? 馬は高価だし、軍馬の育成と調教だってただじゃないんだし、それは仕方が無いだろうさ。


「おい、そこの雑種。もう少ししゃっきりと歩かんか。」


「おいおい、ひ弱な種族の血なんか引いている雑種にそれは酷だろう。」


 馬の上から時々こうやって罵倒する程度の低い上級騎士が居ることを除けば、それほど気にすることでも無いからな。が、定期的に投げつけられる罵詈雑言というのは地味に堪えるな……

 と、そうこうしている内に、先導をしていたと思われる騎士が何かを発見したのか、声を上げて知らせている様子が耳に届いた。


「隊長! 野営地らしき場所を発見しました!」


「判った! 慎重に行くぞ! 各自、隊列を整えよ!」


 どうやら、男が逃げてきた商隊が最後に夜明かしをした場所に到着したらしい。そして、件の商隊の終の地と言う事は、恐らく魔獣と思しき『何か』が居ると言うことになる。先ほどまで俺に罵声を浴びせていた騎士たちも即座に身構え、いつ戦闘が起こっても大丈夫な様に対応する。

 俺も腰に下げた騎士隊専用の両手剣に手を掛け、体に廻る魔力を全身に漲らせる。

 

 緊張の色を孕みながら、調査隊の面々は速度を少し落としつつも警戒しながら行軍していく。



――――――――



 森を抜けた先の草原で王都から現われた騎士隊の面々は、件の商隊がたどった運命を知ることになった。


「これはどういうことなのだ? 報告では何かの獣にやられたということだったか……だが、この凄惨さはなんだ?」


 商隊がいたであろう野営地の跡。その跡地には繰り広げられていたであろう惨劇の痕跡がありありと残されていた。破壊された馬車に天幕、武器や鎧の残骸と僅かに残る骨と肉片。正確な数はわからないが、商隊に参加していたであろう人間のほぼ全てがこの場を襲った()()に食い荒らされたと見て間違いはないだろう。


「念のため、生き残りがいないか周囲を捜索する。この草原に至る街道はもちろん、裏街道やこの先の村や町にも状況を確認してくれ。」


 万が一にも生き残った人間がいて欲しい、そんな願いを込めて部隊を率いる騎士隊長のザカリー・ウェブスターは部下に命じる。

 商人たちが野営をし、今兵士たちの集まっているこの草原は、元々森林を切り開いて平地にまで拓いた経緯があり、ここに至るまでの街道の殆どが森の中となっている。そして、今でも木材確保や狩猟の為に森に分け入って行く人間が多いため、ところどころに自然と道が出来る。特に、材木の運搬路となっている道は馬車で通れる程の規模にまでなっており、俗に言う裏街道としても機能している。そしてその裏街道は本来の街道よりも距離が短いため、しばしば近道として使われることがある。そんな経緯から、此処は本来の街道を使わなくとも次の集落へと移動することも出来る、そんな場所なのである。

 そして逆に言えばどこにでもいける道があり、魔獣と思しき例の獣が周辺の集落を襲う可能性が十二分に有るということになるのだ。万が一にも例の獣を逃がしてしまえば、その被害は計り知れないのである。


「もっとも、この有様ではな……」


 しかし、最初の目撃から大分時間が経っていること、そしてこの惨状から見るに、その獣は想像以上に獰猛であるだろうということを考えればその願いが絶望的であることは彼も判っているのだが。あとは、せめてその被害を少しでも減らせることを祈るばかりである。



――――――――



「まったく、何でこんなことに……」


「おいおい、何の冗談だよ、これ……こんなのに剣で挑めって言うのかよ……」


 そして、この元野営地の想像した以上の惨状に、調査隊の他の騎士たちもまた悲壮感を漂わせている。残された馬車の残骸や、引き裂かれた天幕に残された爪だの牙だのの跡はどれも巨大で鋭いものばかりだ。それを見て、その爪だの牙だのの持ち主を想像してしまったらしい。そしてどうやら連中は魔獣との交戦経験が無いらしく、唯々その惨状に慄くばかりだった。


「……これが魔獣だよ。」


 俺はそんな慄いている騎士の連中に向って呟く。連中は面白くなさそうに振り向くが、俺は二人を気にすることなく、それらの残骸から獣の正体を推測する。


「……コイツは熊か狼か……どちらにしても、よくいる害獣に似た獣と同じような魔獣なんだろうな。」


 誰とも無くそう呟く。すると、最初に立っていた騎士達がようやく口を開いた。

 

「……は、はは、熊だって? 狼だって? なんだよ、魔獣じゃないじゃないか。強がって物知り顔でカッコつけるんじゃねぇよ、雑種が。」


「そ、そうそう。どうせあの生き残りの男の見間違いだって。そんなでかい獣が居るわけ無いじゃないか。」


 俺の呟いた熊か狼という言葉に反応した騎士の一人が罵倒を織り交ぜつつ、魔獣の存在を否定してきた。というか、どう有っても俺を罵倒しないと気がすまないのか、コイツは。もう一人も、同調するように目撃されたのは魔獣じゃないと言い始める。出来ることなら魔獣なんかに遭遇したくは無いんだろうな。まぁ、それは俺も同意するが。

 しかし、いくら実を逃避したところで、事実は事実。少なくとも此処を襲った獣が尋常ならざる存在だという動かぬ証拠なら此処にちゃんとある。


「いいや、魔獣さ。お二方はこれほど巨大な獣を見たことがあるんで?」


 そういって俺は二人の足元を指差して証拠を示す。最初は二人とも怪訝な顔をして地面を眺めていたが、俺が何を言いたいのかがわかった瞬間、その表情には絶望の色が浮かんでいた。彼らの足元をよく見れば、そこには足跡もクッキリと残っている。その歩幅や付き方から、その魔獣は四足獣だろうか。もっとも、その大きさも足跡の深さも、どちらも常識から外れたものだったが。


「まず、魔獣というのはその巨体というのが一番の特徴とも言われている。そこの足跡を見れば、此処に現われた獣が魔獣であるなんてのは一目瞭然だろう。此処には魔獣がいたんだ。」


 二人の騎士に現実を付き付け、恐怖心をあおっておく。道中に人のことを罵倒してくれたお返しだ。


「そう恐怖心を煽るもんじゃないよ、クリストフ。いざという時に動けなくなったら困るだろう?」


 そんな仕返しをしていると、俺は隊長のザカリー・ウェブスターに諌められる。


「はぁ、すんません。」


 そんな上司に対して、気の無い返事で返す。……いい加減俺も少し大人気なかったか……


「だが、そこの二人もだ。現実は現実。しっかりと受け止めないといけない。此処に現れたのが魔獣であろうとただの獣であろうと、市井の人々のためなら最後は盾になることも厭わない心構えで挑まないと。それでは騎士とはいえないよ。」


 ウェブスター隊長のお小言は俺から二人の騎士達にも飛び火し、二人は罰の悪そうな顔で黙り込む。……雑種云々のことも追求して欲しい気もするけど、あんまりアレもコレもってなると、今度は贔屓だの太鼓持ちだの言われるからなぁ……ほんとに騎士団ってめんどくせぇ……

 

 野営地での現場検証は尚も続く。魔獣と思しき獣は未だ発見できず、一部の騎士は馬を走らせ近隣の集落へと向っている。そんな最中、ある兵士が何かを発見したのか声を上げた。


「隊長! 生き残りを発見しました! 少女です! 少女が一人、倒れていました!」


「なに!? 本当か!?」


 絶望的な状況での発見の報せに、ウェブスター隊長は思わず叫ぶ。


「はい! 裏街道の外れで倒れているところを発見しました! 衣服は見当たりませんでしたが、()()()()()、無事のようです!」


「そうか……わかった。よし、案内してくれ。あぁ、それと何か羽織るものも用意しろ。」


 隊長はひとまず胸をなでおろすと、声を掛けた兵士の下へと向う。もしも生き残った少女がこの惨劇を齎したモノの正体や、此処で何が起こったのかを覚えていれば、魔獣探しも少しは楽になるだろう。


「……しかし、本当に何も無かったな……この任務自体には……」


 預言者の言葉を思い出してそんなことをつぶやき自嘲しながら、俺もまた森のほうへと歩き出した。出来るものなら未曾有な危機とやらも起こらなければいいんだがな。



――――――――



「おい。大丈夫か? しっかりしろ。」


 深い森の木漏れ日の中、一人の少女が倒れていた。


「う……ん……」


 駆けつけた兵士達に声を掛けられ、僅かに呻く少女。少なくとも息はあるし、顔色も悪くない。しばらくすれば目を覚ますだろう。


「ふぅ、どうやら大丈夫そうだな。しかしどうやってこの少女は……」


 ウェブスターの見たところ、生き残りと思われるその少女の健康状態は悪くない。それどころか、一糸纏わぬ裸体で横たわる少女のその身体には傷はおろか僅かな汚れさえも無い。

 首にはこの少女が商品である証でもある契約の首輪が付けられているが、商隊の荷馬車で運ばれて旅をしていたということを考えると、この少女は()()()()()のだ。

 満足に水浴びをして、潤沢で豪勢な食事を用意するような貴族であってもここまで状態が良いままであるとは思えないのだが。


「なんにせよ、生存者は見つかった。念のため、部隊の一部を哨戒に当たらせて、この少女を保護しつつ、周囲の捜索を続ける。」


 ウェブスターは少女を部下に持ってこさせた予備の外套で包むと、そのまま抱えてその場を後にする。


 やがてしばらくした後、少女が倒れていたその場所からさらに離れた地点で灰銀の毛皮を持った狼の残骸が発見された。その残骸もまた何かに喰い荒らされたのか、原型を殆どとどめないような有様で、骨まで噛み砕かれた痕も見れた。しかしその残骸を発見した兵士たちは、狼らしき魔獣に刻まれたその歯形が極端に小さいことには気づかず、さらに巨大な魔獣が現われたのかと唯々戦慄するのだった。


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