第2話 策謀 預言者と騎士
王国騎士ドラン。彼が『何か』の討伐隊に参加する三日ほど前。彼は友人からとある予言を受けていた。内容は要領を得ない、あいまいなものだったが、それを断るほどの理由も特に無く、その日彼は呼び出された店へと顔を出した。
王都の中ほどに広がる商業地区、その中でも一際大きく発展した東部街門へと通じる道沿いの地区を一人歩く。
「……全く、なんだってこんなところに呼び出したんだ、アイツは。」
その中でも比較的治安のよろしく無い地域へと向う路地の一つ。そこを切手も切れない腐れ縁に毒づきながら目的地を目指して。
「何も変わらないようには見えるが……とんだ見せ掛けだな。」
騎士団の街道守備任務に当たり、時に王都を離れ、時に市街の警護に当たる。そんなありふれた一騎士としての生活。王都を離れたその間、相手にしてたのは食い詰めた盗賊や傭兵崩れのゴロツキ、道中で見たのは少しでも『戦線』から少しでも離れようと、馬車を走らせる商人達。街中でも自棄を起こして小さい犯罪を起こす個悪党が増えてきている。
そこらの商店を見てみれば、数日前には開いていた筈の店が幾つか閉まっているし、他の店先に目を向ければ身売りしてきたであろう者たちが首に値札を掛けられ売られている。食い詰めた人間が増えてきているのだろうか。
ここのところ王都から離れる者が後を絶たず、国内からは人口の流出が起こっている。戦地での人員の損耗も労働力の減少に拍車をかけているし、売られている人間達を見やれば、中にはエルフ族や獣化人族など、この国では人扱いされていない人種も見られる。恐らく辺境から攫われてきたのだろう。この王国はそれだけ疲弊が進んでいるということだ。緘口令を敷かれ、有事ではないことを喧伝してきた王国だが、その足元は少しずつ崩れ始めている、そんな兆しがそこにはあった。
辺境から連れて来られたであろう異人種の人々を眺め、明日はわが身かと身震いさせつつ、通りを進む。
見世物のように並べられた人々を尻目に、俺は指定された行きつけの食堂へと向った。ごく当たり前の平民の人間もいれば俺みたいな騎士の端くれも居る、身分の分け隔てなく入れる、そこはそんな気安さのある店で、俺自身もその居心地のよさを求めて入り浸ることも多くなった。そんな店だ。
「うぃーっす。邪魔するよ~。」
簡素な扉を開き、店内へと声を掛けながら入る。
「おやドラン、今日はもう上がりかい?」
その声を聞いてか扉の音を聞いてか、即座に食堂を切り盛りしている女将の声が掛かる。
「あぁ、ちょっと野暮用でな。とりあえず麦酒と、なんかつまめるものを頼むわ。」
「あいよっ。」
顔馴染みということもあるが、気を使わずに寛げるので、俺はこの店を気に入っているのだ。
とりあえずしばらく飲めなかった酒を求めて麦酒を注文しつつ、いつも座っている席に掛けて寛ぐ。兜を脱ぎ、窮屈に押し込められていた尖った長耳を撫でながら一息つく。こんな混血でもなにも言わず受入れてくれる店ってのが宿舎近辺に無いってのも、この店に足を運ぶ理由の一つなんだよな。この王都で俺を人扱いしてくれる数少ない店だ。
当分は街道守備任務、通称『遠征』もないし、明日になればいつもの様に宿舎で寝起きし、内勤に励む日々だ。そんな最中のこんな息抜きこそがまさに憩いのひと時なのだ。
そんな俺の耳に、あんまり聞きたくない声が響いたのは、まさにそんなひと時を満喫しようと言うその時だった。
「あ、おばちゃーん、麦酒一つ追加お願いね~」
「はいよ~。」
席に着き一息ついた直後に、入り口の扉が再び開かれたかとお思えば、即座に麦酒を注文する声が響く。それは聞き覚えのある声で、そして聞きたくなかった声だ。俺は思わず顔をしかめる。普段なら会うことも無い立場の人物、会えば会ったで面倒ごとを持ち込む人物。その声の主は一直線に俺の掛けているテーブルに向かうと、ためらいも無く同じテーブルに着く。
「……ようメイガス。今度はどんな面倒ごとだ?」
それは王城に於ける相談役とも言える立場の預言者、メイガスだった。
「やあドラン。ひさしぶり~。まずは二人の友情に乾杯と行こうじゃないの。そんなにつんけんしなくても、無理難題なんて押し付けたことなんか無いでしょ?」
あっけらかんと言ってのけるが、コイツは俺と出会うときは必ず何かを企んでいる。メイガスの言うように無理難題は言わないが、それなりに面倒なのもまた確か。
が、とりあえずこの鬱陶しい預言者と晩酌を一緒にする気は無いので、適当にあしらっておくことにする。
「で? でなんでこんな店を指定したんだ? 他にも店はいくらでもあるだろうに。」
「おばちゃーん、このお客さんがこんな店呼ばわりしてお怒りだよ~」
「おい!」
俺の嫌味をのらりくらりと躱し、その矛先を食堂の女将向けてからかうメイガス。そんな俺の元に「こんな店で悪かったね」といいながら女将が笑いながら麦酒を持ってきた。
とりあえず「そういう意味で言ったんじゃない」と弁明しつつ、酒とつまみを女将から受け取った。女将はすぐに表情を戻し、「分かってるさ」と言ってウインクする。もはや定番となった俺とコイツのやり取りを楽しんでいる様子でもある。
「すまないねぇ、ここのところ食材が値上がりしちまって、こんなもんしか用意できなくて……」
女将に言われて受け取った皿を見れば、そこには蒸かした芋と僅かばかりの燻製肉が乗っている。
「ここのところ物価も上がってきてねぇ……お陰で、料理も値上がりしなきゃやっていけなくなってきちまってねぇ……」
そういって、申し訳なさそうに弁明してきた。言われて壁に掛かっている注文のメニューを見てみると、以前来たときよりも軒並み値上がりしていた。酒は何とか値段を据え置いているようだが、大分苦しそうでもある。
「いや、構わないさ。それと食事も頼むよ予算はこれで。」
そんな状況を鑑みて、改めて料理も頼むことにした。メニュー表の平均よりも大目の銅貨を数枚渡して注文する。もちろん一人分だ、と女将に告げるのは忘れない。
注文も済んだところで、メイガスに問いかける
「で、今度は何の用だ? あんまり面倒なのは勘弁して欲しいんだが。」
コイツに呼び出される時には大体何かに巻き込まれるか、何かを頼まれるのだ。暇な時ならまだ多少は良いが、『遠征』任務明けの時とか早朝とか夜番明けとか、コイツの持ち込む問題は一々こちらの都合に容赦が無い。困ったことにどうやらコイツにはそんな優しさは無いらしいのだ。
「久しぶりの再会を祝して。」
「ふざけんな。お前が俺を他の兵士を通さずに声を掛ける時ってのは大体面倒ごとか厄介ごとかのどっちかじゃないか。」
「両方のときもあるのに……」
「尚悪いわ。」
悪態をつきつつも、何の用なのかを問い詰めると、メイガスも付け合せの芋を勝手につまみつつ、麦酒を流し込みながら答える。何故、ここまでコイツを嫌うのか、それは事あるごとに頼まれる『頼みごと』のせいだ。俺は何かにつけてコイツから面倒で厄介な依頼を言い渡されてきた。奴はは「予言を的中させる為」というが、俺は自分のやったことがどんな予言のためにどのように作用したのかを知らされないし、終わった後も何も聞かされない。聞かれればコイツも答えるのだろうが、聞いたところでやはり俺のやったことの影響はわからないでいる。
あるときは決められた日の決められた時間に門番に挨拶をする、あるときは一週間溝さらいをする、案内表示に記号図を書き込む、蔵書室に誰かが自作した詩集を紛れ込ませる、小一時間交差路に立つ、道端の石をずらす、etc.etc……
どれだけ考えてもその意図が分からず、その意図を聞いても何故その作業が必要なのかは結局わからないままなのだ。
「いや、ちょっとね~。やってほしいことがあってさ。」
「んなことはわかってる。まったく、今度はどんな面倒ごとだよ、クソが。」
「なんだか酷い言われようだね……」
判りきった予想はしていたが、やはり何かを俺にさせたかったらしい。
「そう嫌そうに言わないでよ。付き合い長い友達なんだし、良いじゃない。」
そして、何故この男は俺にばかり頼むのか。
「うるせぇ! 切れるもんならこんな腐れ縁切たいわ!」
友人、というには少々一方的な関係とも言える。俺がまだ騎士どころか兵士になる前だったころから、コイツとはこんな関係を続けてきた為、今では俺でもよく分からん。ただ、俺が学舎に放り込まれた頃には既に何かしら頼まれていた。気づけばガキのころからの腐れ縁ってワケだ。
とはいえ、俺の出自を聞いても特に差別をするでもなく見下すでもなく。普通の人間と接する距離感を保ってきてくれているので、その辺だけは感謝している。
「まぁまぁ。今回は任務の合間を縫ってとかそういうんじゃないから大丈夫だよ。」
今までもそういう面倒を任務や内勤の合間にさせようとしてきたことが何度もあった。もちろん最初は断ってきたが、どういうわけだかそういった頼まれごとを自然とやらなければならないような現場に出くわすようになってきたため、最近では断ることも諦めている。
「そういう時は厄介で面倒なことが一気に起こるんだ。」
そして、今メイガスが言ったような、何かの合間でないときというのは、付きっ切りで何かをしろということに他ならない。長期休暇を纏めてつぶされたり勤務中も何かをし続けたり、要するに輪を掛けて面倒ってことになるのだ。冗談じゃないぞまったく。
「そういわずに聞いてよ。」
「……聞くだけは聞いてやる。受けるかどうかは内容を聞いてから判断だ。」
残ったエールを一気に煽り覚悟を決める。これ以上粘っても無駄だろうし、多分断った所で後にそれをやらざるを得ない場面にどうせ出くわすからな。何かと肝を冷す場面も多いが、終わった後には何かしら得るものもあるので、情けないが面倒と分かっていても今までもついつい受けてきた。
「んとね。もうしばらくすると新たに討伐隊が新たに組織されるんだけどさ。それに参加して欲しいんだよね。」
メイガスの話はこうだ。今から数日もしないうちに王都に未曾有の危機が訪れる。ただし、その危機自体は問題なく乗り切れるので、それほど重要ではない。重要なのはその先、危機を乗り越えたあとに新たな部隊が組織される。その組織に参加し、後は成り行きに任せれば大丈夫。とのことらしい。
「珍しく詳細だな。所々抜けているのは気になるが……」
穴だらけのお告げを賜ってもうれしくも何とも無い。しかし。
「それを知っちゃうと君は絶対に参加しなくなっちゃうからね。だから、知らないでいてくれるほうが都合がいいんだよ。」
それが、これがコイツの言い分だ。いつもこの要領でいつも詳細を語らない。
「都合って……ってか、未曾有の危機は良いのかよ? これ黙ってると立場的に不味いんじゃないか?」
「大丈夫。言っても言わなくても僕の立場はこれから最悪になるし、そもそもどちらにしても結末が変わらないから。だったら、余計な面倒はしたくないし。」
未曾有の危機。それを知りつつ何もしないというのはどうなんだ? 国の命運を預かる預言者だろう? コイツは。日頃の扱いは悪いが、それでも人々の役に立とうと騎士になった俺にしてみれば、余り気分のいい話じゃない。コイツの話では危機的状況とはいえ、それは難なく乗り越えられるというが。
「とりあえず、君はいつもどおりに屯所に顔を出していたら良いよ。手当てもでるし、討伐任務自体はそんなに難易度が高いわけでも無いからお得だよ?」
「……未曾有の危機とやらと矛盾して無いか?」
コイツが言う事をまとめると、数日の内に何かを討伐にでるための組織が出来る。そこに俺が参加することで、未曾有の危機とやらから絶望的な展開を避けることは出来る。しかし、討伐任務と危機の繋がりがいま一つ判らんな……メイガスは俺の疑問を気にしたそぶりも無く話を続けた。
「3日後位かな。その日、君は内勤だと思うけど、上役から話を持ちかけられるだろうから素直に従っておいてね。」
「……ホントに何が起こるんだよ……」
何が起こるのか。少なくとも、俺は騎士として剣を振るうことは確かで、コイツも立場が危うくなる、と。……それって国がひっくり返りかねない大惨事なんじゃないか?
思わずメイガスを睨むが、コイツはそんな俺の表情をを気にするでもなく、いつの間にか自身の頼んだ麦酒と芋を片付けていそいそと帰り支度をし始めた。
「……もう帰るのか?」
「うん。というか、もうすぐ僕は立場が悪くなるからね。その前に高飛びしなきゃなんだよね。」
「高飛びって……何をやったんだお前は。」
また物騒なことを言いながら席を立つメイガス。さっきも思ったが、一体何が起こったら国のお抱え預言者が逃げ回ら無きゃならないほどの状況になるんだよ。
「何もしてないし、何もしないよ。しいて言うなら自己保身に走ったお偉いさんの八つ当たり?」
そういって肩をすくめるメイガス。やっぱり詳しくは語らないが、タイミング的にはこの先起こるであろう未曾有の危機とやらのせいだろうか。
「それじゃ、達者でね。」
そして、立ち上がったメイガスはテーブルに硬貨を置きつつ、女将にも声を掛ける。
「おばちゃーん、またくるよ~。お金はココに置いとくからね~。」
女将の返事も聞かず、いそいそと店を出るメイガス。慌しくテーブルの傍にきた女将は残された硬貨に驚く。
「え!? 金貨って……これじゃ多すぎるよ!」
女将が金額を確認したときにはメイガスはもう店を出てしまっている。
「また来るって言ってるし、次回まで釣りは取って置いたらどうだ?」
とりあえずフォローしておく。あいつなりの気の使い方なんだろうが、毎回毎回分かり難いんだよ。
「はぁ、仕方ないねぇ。でも、うちみたいな店だったら、満員で貸しきっても余る金額だよ?」
(……未曾有の危機とやらの為……か?)
一人残され俺はテーブルの金貨と、自身に課せられた役割を思い出し逡巡する。
(まったく、面倒なことを押し付けやがる。)
付き合いの長い友人、預言者メイガスへ心中でぼやきつつ、俺は新たにエールを注文し、届けられた料理を口にする。すぐそこにある危機に備えるように、英気を養いながらその日の夜は更けていった。
2016/06/18 改訂しました