第1話 覚醒の夜、動き出す運命
ばきり、ばきり。何かに砕かれるような音が頭に響く。
ずるり、ずるり。何かに引きずられるような音が頭に響く。
――嫌だよ……こんな……
何かは離してくれない。その強靭な腕で押さえ込まれているから。
――痛い……やめて……
何かは食べ続ける。鋭い牙で自身の肉体を、臓腑をむさぼり続ける。
わたしは願った。解放を。
――……やっと……出られ……た……の……わたしは……自由……に……!
わたしは求めた。力を。
――……力を……自……由の……為の……力を……!!
すっかり喰い荒らされた手足のない体、腸を食い荒らされうつろになったその体で、薄れ行く意識の中、わたしは訪れることの無い未来を夢見て祈った。
――……自由……に……!
しかし、そこで視界は暗転し、限界を迎えたわたしの意識は奈落の底へと落ちていった。
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真っ暗な中。何かが目の前にいる……
それは、人の形をしているが、まるで靄が掛かったように、細かい部分が良く見えない。分かるのは、とても体が大きいこと、とても筋肉質な巨人に見える……誰なんだろう……
その人影はわたしに手を差し伸べ、何かを問いかけるような仕草をした。しかし、その動作が何を意味しているのか、わたしにはわからない。
……? 手を取れば良いの?
わたしは手を伸ばし、その人影の手を取る。その瞬間、脳裏に焼きつくような、奇妙な感覚と衝動が現われる。
そしてわたしはその影が何を求めているのかが本能的にわかった。
……力を。わたしに力をくれるの? だったらお願い、カミサマ……わたしを助けて!
『その願い、確かに聞き入れた。お前に我の加護を授けよう。だが、助かるかどうかはお前次第だ。』
わたしは叫んだ。今、したいことを。私の求めることを。すると、人影からそんな風にいわれた気がした。その直後、真っ暗だった世界が光に満ち溢れ、そしてわたしは目を覚ました。
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「がはっ!?」
突然体を襲った激痛に、ぼやけていた意識が一気に覚醒する。思わず見開いた目の前には、さっきわたしを襲った巨大な狼。その狼は一瞬こちらを見やるが、すぐに目をそらしわたしの体を貪り続ける。
状況は何一つ変わっていない。目の前では巨大な獣が相も変わらず食事を続けているだけだ。ただし、再び薄れ行く意識の中に、先ほどとは違った別の感情が蠢いているのもまた判る。
……さっきのアレは夢じゃなかったんだ。でもこんな大きな狼、どうしたら……
悩むまでも無い。どうしたらいいかは本能に任せ、ただ湧き上がる欲求に身を任せればいい。
そんな言葉が頭によぎる。どうするか……今のわたしの欲求……そういえば……なんでだろう……ごはんはしっかり食べたし、この狼がそんな風に見えるわけは無いんだけど……なのに、無性に……
「……おいしそう……食べたい……」
目の前にいるのは狼。調理された食材や料理などではない、生きた狼だ。にもかかわらず、いまのわたしは、それがご馳走に見えてしょうがない。……ダメ。もう我慢できない。
「……いただきます。」
空になりつつある胴体を起こし、腕も足も無くなった身体のまま、わたしは狼の首筋に喰らいつき、その肉を喰い千切る。
「もっと……もっと食べたい……食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたいタベタイタベタイタベタイタベタイタベタイタベタイタベタイタベタイ……」
この瞬間、捕食者と被職者が入れ替わり、喰う者と喰われるものが反転した。わたしは目の前の狼の肉を喰らう。先ほどまでのわたしと同じ、巨大な狼は生きたまま唯の餌へと成り下がった。
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アルトレリア王都。アルトレリア王国の中心であり、王家の住まう王城を中心に発展した王国一の大都市である。人口はおよそ2万5千人程。街は王城を中心に貴族街が広がり、そこから商業地区、平民街と外側に向かって少しずつ広がって言う構成となっている。その都市を丸ごと覆い込むように、一番外側にはひときわ大きな外壁が聳え立ち、王都を守ってる。
「で? 俺たちは今度は一体何と戦わされるんで?」
そんな王国の街門前に集められた騎士達の内の一人、赤い髪をした一人の若い騎士が、粗野な口調で近くにいた上役の騎士に尋ねる。
普段通りであれば、数人単位の小隊で行なう街道警備が主な任務となるはずだが、この日は何故か、彼の所属していた街道守備隊全体に緊急招集が掛かったのである。
こういうときは大規模な盗賊か害獣の駆除と相場は決まっているのだが、この日はどういうわけか各部隊の兵士達がいつもよりも多く集められていることに赤毛の騎士は気づいた。そこで、今回集められた理由がただ事ではないということをうっすらと感じたのだった。
「クリストフ。もう少し口調は何とかならんのかね? 私だからいいようなものの、他の上級騎士では問題になるぞ。」
そんな赤毛の騎士、ドラン・クリストフに応えたのは、彼の上官に当たる騎士隊長、ザカリー・ウェブスター隊長だった。騎士とは思えない中年太りの体格に、うっすらと寂しくなった頭髪という、騎士というものに憧れを抱いているであろう人間が見たら間違いなく幻滅するだろう容姿の中年騎士だ。もっとも、彼は妻子持ちなので女の子からモテなくても別に問題はないのだが。
「はぁ、すんません。」
そんな上役の小言をやる気なに聞き流すドラン。そんなドランの様子にため息をつきながらも、ザカリーは他の騎士たちも集めて整列をさせると、これから行なう任務についての説明を始めたのだった。
その日、王都の街門へ一人の男が駆け込んできた。その尋常ならざる身なりと表情に街門を警護していた衛兵は狼狽しながらも、何とかその男から話を聞くことが出来た。
男は2日ほど前に野営していた商隊から逃げてきたらしい。なんでも、辺境の開拓地と王都を行き来している商隊で警護をしていた傭兵らしかったのだが、王都への帰路で展開していた商隊の野営地に突如として巨大な獣が現われ、傭兵も行商人たちもあっという間に喰い荒らされたのだという。
男は馬車に気を取られている間に隙を見て逃げ出し、あとはひたすら走り続けて、何とか命からがら王都までたどり着いたらしい。
衛兵たちは男から聞かされた巨大な狼の話に半信半疑であったが、それでも王都の近くでそんな獣が出たのだとしたら大問題と判断され、その報告は速やかに王国の騎士団へとなされることになった。
そして獣の情報を聞いた騎士団からは周辺状況の確認の為、調査団が派遣されることになったのである。
「……というのが今回の任務の概要だ。これは騎士団長の決定でもある。緊急ではあるものの、発見された獣が証言どおりであった場合、王都にも甚大な被害が及ぶ可能性がある。よって、今回の任務は我々街道守備騎士団全体で行なうこととする。」
今回の任務は、騎士隊長を頭としてその下に騎士となるものが7名、そして他一般の兵士達を合わせた総勢40名ほどの部隊となる。各々の騎士と兵士たちは自身の装備を改めてっ確認すると、整列し隊列を組む。
「では、いざ! 出陣!」
鎧を身につけ馬にまたがった騎士隊長ザカリーの声に、部下となる騎士達が応え声を上げる。開かれた街門から騎士の一団が出発した。
2016/06/18 改訂しました。