第9話 燻る思い。そこかしこで蠢くもの。
あの魔獣発生の騒動から更に数日、あれから何度も嫌がらせのような尋問を受けてきたが、相変わらず特に話せることは何も無かった。連中の望んだ証言、という意味では。
実際に俺達が見た化け物共の発生、そして俺達の部隊が保護したあの少女アシュリーのこともまるで分かって居ないのだから。森で発見されたあの少女の身元に付いては何も知らない。なので余計に彼女が化け物を手引きしたのでは? という説をこじつけるのには都合がいいのだろう。
連日に渡って誘導尋問を受けては、一定の方向へ証言を持っていこうとしているのがわかる、そんなやり取りを繰り返してきた。しかも『彼ら』の意に沿わない言葉は無視されるか、勝手に解釈を変えられて。
彼女と直接やり取りをしていた部下は余りいなかったし、このままでは本当にあんな少女に全てを押し付けて殺されかねない。
あれから、上では例の少女の処分をどう決めるかで会議は紛糾しているのだろう。どういうお題目で罪の無い少女を処刑するかを決めるための不毛な議論が昼夜を通して行なわれている。
そんな中、ようやく時間が出来たのか、部隊長のザカリー・ウェブスターが取調べの合間に顔を出してくれた。その顔はなんとも申し訳なさそうな様子だ。その憔悴振りでは逆にこっちが申し訳なくなってしまう。
「すまないなぁ。どうやら君には余計な面倒をかけるきっかけを作ってしまったようだ。」
恐らくあの少女を王都へ送り届けるように命じたことを言っているのだろう。とはいえ、俺が率先して彼女の世話を焼いたのは他の連中がめんどくさがったからだが。
「私としては彼女に余計な責を負わせたくは無かったのだが……その、なぁ……」
「それは俺も同感ですよ。で、その件で何かあったので?」
なんとも歯切れの悪い隊長だが、あの少女を見捨てたくは無いというのはどうやら俺と同意見らしい。
「……他の部下達が証言したよ。あの少女は化け物の手先だ、と。」
「はぁ!? どういうコトっスか!」
「……王国の騎士や兵士は、私や君のように信念を持つ者ばかりじゃない。」
「……つまり、自己保身に走ったと。」
俺がそういうと、隊長は小さくうなずく。
「……その化け物に助けられてたのはどこのどいつだよ、恥知らず共め。」
あの市街地の戦闘の中で、俺を含め多くの騎士達が死を覚悟した。武器は傷み、魔力は底を付き、魔術の展開も覚束なくなった時、異形の姿を晒して近隣の化け物共を掃討していたのはあの生き残りだった少女、アシュリーだ。
「誰もが君のように気概と信念を持って騎士をやっているわけじゃないんだ。彼らを責めないでやって欲しい。」
この国の兵士団とその上位に君する騎士団は、建前上は差別無く門戸を開いており、兵士団にいたっては健康であれば誰でも入れる。その内訳は、家計の苦しい家庭から成人前の少年が志願してきたり、貴族家や商家の後を継げない次男三男以降の子弟が志願してきたり、職にあぶれた失業者が志願してきたりと様々だ。
さらにそこから魔術を習得し、肉体強化、魔力付与、武器強化等の騎士魔術を習得し、三人の推薦者がいれば騎士になることが出来る。ちなみに、それ以外の魔術を幾つか修得できれば魔術師としての道も拓けて来る。
だが、そんな経緯でなれるこの国の騎士は、その精神に関して言えばそこいらの傭兵と大差が無い。雇われで月々の手当を貰って日々の生活を送るスタイルだ。騎士ともなれば剣術の型や魔術の基礎とともに、礼儀なども簡単ではあるが講習を受けているが、日頃から心がけている代々騎士である家以外は、あくまで畏まった場での儀礼のため、という意識がどうしても抜けないようだ。
このウェブスター隊長は平民出ではあるが、騎士である事に誇りを持っている。そして混血の俺でも分け隔てなく接してくれる数少ない上司の一人だ。
一部の連中は騎士という選ばれた立場に胡坐を掻いてふんぞり返るが、この人は立場があるからこそ礼儀にこだわる。そんな人なのだ。
普段の市街の見回りでも、道行く人たちの人気は高い。薄くなった頭髪と中年太りした体格という騎士というイメージとはかけ離れた風貌だが、そんなことは関係ないとばかりにいろんな人が声を掛けてきていた。その反面、王城近辺のエリート様方や貴族出身の騎士達からの人気はいま一つだが。
そして今回の件、俺には相当当たりの強い連中が尋問に来ていたが、隊長の下にも似たようなのが来ていたんだろう。もちろん、そんな脅迫のような誘導尋問にあっさりと乗ったわけではないようだが。しかし部下、つまり現場の下級騎士達は違うようだ。職にあぶれたくは無い者は連中の提案にあっさりと乗っかり、あの少女を悪役に仕立て上げたのである。
「……まったく、騎士団てのは面倒だ。」
「私も同感だよ。今回のはかなり酷い。」
前線で取り乱し、バタバタと倒れる貴族出身の上級騎士に、市街の危機に早々と城門を閉ざして篭城の構えに入った王城警護騎士団。街門周辺では化け物呼ばわりしている少女に助けられる情け無い姿まで晒してしまった。
子供たちの憧れ、という姿とはかけ離れた現実に、昔夢見た俺の中の憧れの騎士団像がみるみると崩れていく。市井の人々は如何思っているんだろうな……
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あれから何日経ったんだろう。窓から差し込む光で辛うじて昼か夜かがわかるような牢屋で、わたしは特に取調べだの拷問だのをされることも無く、適当に寝たり起きたりするしかない日々を送っていた。
その間まともな食事どころか、綺麗な水すら与えられず、閉じ込められている。元々みすぼらしかった囚人の服は薄汚れて異臭を放っている。
「……ねぇ。わたし、どうなるの?」
牢屋の脇に立つ見張りの兵士に何度目かの問いかけをするが、その答えが帰ってきたことは無い。良くて罵声、悪ければ槍の石突でつつかれるような有様だ。
「わたしが何をしたって言うのさ……」
牢屋内の一段高くなった石造りの寝台の上、膝を抱えて蹲る。奥にいれば槍でつつかれることも無い。わたしは静かに嗚咽を漏らす。
思えば兄弟たちと家を追われ、散々こき使われ多と思ったら、売られて物のように扱われ、それでも生きようと足掻いてただけなのに……
騎士の人たちも町の人たちもたくさん助けた。王都は広いからその全部を回るのは無理だったけど……その結果がこんな牢屋だなんてあんまりだよ……
ドランさんやザカリーさん、生き残れたかなぁ……他の人たちは皆怖がっていたけど、ドランさんはわたしのことを怖がらないでいてくれたし、ザカリーさんも色々と気を使ってくれていたし。
また会えるかなぁ……会えたらちゃんとお礼を言いたいなぁ……
寝台に敷かれた襤褸布に横たわると、わたしは再び眠りに付く。次に目を覚ます時はこんな冷たい石造りの牢屋なんかじゃなく、どこでもいいから明るい場所で合ってほしい、そんなことを夢見ながら。
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「いや~、あの預言者があんなことを仕出かすなんてな。」
「予言で国王様に取り入っていたんだろう? おっそろしいな~」
「あの化け物娘もおっかないよなぁ……だが、野望もそれまでよ! 悪は滅びるって相場は決まってるんだ。」
待ち行く人々は口々に今回の騒乱の真相について語っている。突然起きた騒乱でありながらも、現場指揮の騎士達の活躍で市民の殆どに被害が無かったのだ。今では実際に騎士を見た者と、見損ねた者とで話が盛り上がり、最後は首謀者への悪態をついて話が終わる。そんな光景がいたるところで繰り広げられていた。
現実には、情け無い騎士たちの姿を見た者の騎士団下げの話題と、見損ねた者達が繰り広げる『こうであって欲しい』という騎士団のへの理想の論議だが。そして、それは市街地で戦っていた騎士のすぐ横でも行なわれている。
「聞いたよ~、あの預言者さん、あんな悪党だったなんてねぇ……」
行きつけのいつもの食堂、そこで慣れ親しんだ食事を頼んだところを女将に声を掛けられた。
「いや……あいつがそんなんじゃないって思ってるから、どうにも信じられなくてさ……」
此処しばらく、俺の周りでは少女の話しばかりであんまり話題になっていなかったのだが、街中ではそうでは無いらしく、俺は数日前にここで一緒に酒を飲んだ相手、メイガスのことを思い出しながら答えた。
「ま、あたしもあの子がそんな大それた事をしたなんてのは信じられないから、アンタが信じたくないのも分かるけどね。」
そういって、店の奥へと戻る女将。その姿を見届けると、俺は客席で空を仰いだ。
あの騒動の日、この食堂も相当の被害を被ったようで、建物が半分崩れていた。どうやら、魔獣が降って来た着地点になってしまったようだ。厨房は無事だが、食堂の広間は見事に露天となってしまっている。
それでも炊き出しを兼ねて店を開き、街の人たちに食事を提供するという姿勢には頭が下がる。
「あの子の金貨のお陰でボロ屋が直せるし、食材も確保できたんだから。これであの子を悪者にしたら罰が当たっちまうよ。」
奥から女将がいう。どうやらあの日に出した金貨はこの為だったようだ。ほんと、フォローがわかりにくい。
そういえば、高飛びするといっていたけど、今はどこにいるんだアイツは。
「それはそうと、騎士様が昼間っから呑んでて大丈夫なのかい?」
「しばらくは謹慎だそうだ。だから呑みに来てる。」
「……アンタ、謹慎の意味わかっているかい? また騎士団での立場が悪くなっちまうよ?」
立場が悪くなることなんて今更だ。俺自身、今まで何度も出自を理由に仕事を干されかけてきたから分かるのだから。
色々と周りから言われているが、これでも一応は由緒ある騎士の家系の出だ。だがその出生に問題があったが。俺の母親はエルフ族の娼婦だったのだ。当時、妻を亡くした父親が、その悲しみに沈み酒浸りな日々を送っていた頃、酔いつぶれた父を見つけて介抱したのがエルフ族の母だった。それをきっかけに二人は何かと顔を合わせるようになり、気づけば親密な仲になっていた。父は母を娼婦として買いに行ったことはなかったし、母もまた自身を商品として売り込んだりはしなかったのだが、そんな二人の関係は周囲からはあまりよく思われていなかった。やがて父は彼女を身請けし後に結婚。そうして生まれたのが俺だ。
そんな身の上である為、娼婦の息子、混血児ということをあげつらって見下すものは多かった。特に二人の異母姉が輪を掛けて辛辣だったのを覚えている。その姉達から母子共々嫌われている為、現在家族仲は冷え切っている。もっとも、そんな異母姉達はそれぞれの嫁ぎ先へと引越し、二度と会うことはなかったかな。父も騎士を引退した後に母を連れて田舎へと移り住んでいるし、いまじゃ王都には俺一人だ。
そんな俺とも分け隔てなく友人として関わっていたのがメイガスだった。昔学舎でも兵士団でも爪弾きにされてきた俺と友人で居てくれたのだ。様々な面倒ごとを持ってきたことも多かったが、メイガスのお陰で俺は孤独にならずに済んだ。なら、俺くらいはメイガスの味方でいたい。
「……このまま騎士も辞めちまうか……?」
やれ血筋だの家名だのばかり気にして、実力者を見くびるクズみたいな上級騎士やそれを推して来る文官共。面子ばかりが重視されて、実力が軽視される形だけの騎士団にどんな魅力があるというのだ。
助けられたくせに、その助けてくれた相手を見捨てるような連中が騎士団の姿勢。今回の件で元々高くは無い俺の中の騎士団の株は、駄々下がりを通り越してドン底だ。もうしがみつく気力も無い。
「……まぁ、今日は酒だ。」
騒動の爪あとの残る街、再び訪れた平穏そのものな空気の中、青空の下で飲む酒は悪く無い味だった。
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王都から遠く離れた森の中、一人の女が獣道を歩く。肌が青く見えるのは森の中が暗いのか、それとも彼女の血色が悪いのか。
「……うん、そう。アタシ。悪いんだけど、迎えに来て欲しくてさ。」
女は左手に透き通った球状の石を持って、誰かと会話をするように話し始める。
「……面倒掛けてるのは判ってるけどさ。そもそも、追加を指示したのはアンタでしょ? それに従わなければこんなシケたところで立ち往生なんかして無いっての。作戦も不発だっただろって? そもそも、もう少しまともな魔石を用意しとけってアタシ言ったよね? アタシは言われたとおりのことはやってんだよ!」
苛立つ様子を隠すそぶりも無く吼える女。
「はぁ!? 直ぐには来れない!? なにザケた事言ってんだよ! こんなトコにいたら死んじまうだろ! アタシが来いっつったら大人しく来りゃいいんだよ!」
与えられた作戦が思ったほどの成果を出せず、その挽回手段を取らされた挙句が敵地に孤立では捨て駒もいいところだ。
「良いかい? 魔石から魔獣を作れるのは今やアタシだけなんだ。判ったらさっさと拾いに来な。アタシの魔素が切れる前にな。」
それだけ言い捨てて、女は球を仕舞って会話を終わらせる。
「ちっ……! 全く、使えない。こんなトコ、いるだけで体に悪いってのに、なんでわざわざ時間かけるかね。」
災害時、王都上空で事の次第を見守っていた女は、現状で自分がおかれている立場が、思い描いていた結末とものとは違っていたことに憤慨し、毒づく。
「せめて浄化機位は持って来るべきだったかな。」
市街地に送り込んだ戦力は自身が召還した魔獣、それを二回に分けて差し向けた。もし同時であったなら、また違った結末だったかもしれない。しかし、使える魔石の量にも限りがある。
「せめて、目標の達成くらいはして欲しかったんだけどね~ぇ……まぁ、仕方ない。魔素切れはアイツだけの所為って分けでも無いし。しばらくは近くの村で大人しくしておこう。」
誰とも無く独り言を呟くと、帰るべき場所である『戦線』の方角を一瞥し、その女は森の奥へと消えていった。
話が進むにつれて、だいぶ元の話と違いが出てきました。基本の流れはあんまり変っていないんですけど、途中に出てきたキャラクターが減ったり増えたりしています。