【デスペナルティⅠ】
古代の塔 第147階層 『宵闇の吸血城』
俺と彼女は荘厳な装飾が施された扉の前に立っていた。
「……ないわー」
俺は目の前に突如として現れた扉を睨みつつ不平不満を全くの隠すつもりのない声音でそう呟く。
「……ここは?」
自分でも今更何を分かりきったことを尋ねているのかとは思う。この質問には確認の意図と、理解したくない現実からの逃避の意味が含まれていた。
「第147階層『宵闇の吸血城』のボス部屋の前。斥候募集中の階層だし、多分一番乗りだね」
ですよねー。見るからにボス部屋ですよねー。
「で、何用が有りてここに我らは参りましたのです?」
僅かな可能性にかけ、カナタの目的を尋ねる。カナタの性格を考えると、まずあり得ないとは思うが、もしかしたらただのボス部屋の発見報告の可能性が微粒子レベルで……。
「ボス部屋前に来てるんだよ? ボス戦に決まってるじゃん!」
存在しませんよね。はい、分かってました。
俺は彼女の言葉に頭を抱える。どうしてこうなってしまったのか……。
「いや、メンバー2人で上層のボス戦は無謀だって」
「そう?私は大丈夫だと思うよ。だってアヤトと一緒だからね」
AOのボス戦は確かにソロクリア、もしくは少数パーティでのクリアができないレベルなわけでは無い。事実、自分はある階層のボスを素材目的で何度もソロ狩りを行っている。しかしそれは情報が出揃い、1人で敵の行動パターン全てに対応できる場合の話だ。
「それは俺を買いかぶり過ぎだ。それにやっぱり、情報がまるで無い状態で挑むのは危険すぎる。むざむざデスペナで経験値投げに行くような物だ」
個人的に遠慮したい最大の理由はこのデスペナルティだった。AOでのデスペナルティはパーティ全滅での街への帰還の際、一定の経験値がマイナスされるというものだ。ここで問題となるのは、このデスペナルティには経験値減少だけでなく、余剰経験値よりも減少経験値の方が大きい場合、レベル減少が行われ、その分のレベルアップボーナスが失われるという事だ。しかも、レベルアップボーナスはそのレベルに到達した初回時にのみ与えられるものであり、次回レベルアップでそのレベルに到達しても失われた分のレベルアップボーナスが戻ってくる事は無い。自分は今さっきレベルアップしたばかりで余剰経験値が殆ど無い。この状態で挑めばレベルダウン、そしてボーナス無効間違いなしだ。
俺は自身がそのような状態である事をカナタに伝える。その言葉を聞いたカナタは目に見えて落ち込み、顔を伏せる。
「あはは。ごめんね?久しぶりにアヤトとゲームができるって嬉しくてはしゃぎすぎちゃった」
カナタは謝罪の言葉を口にし、自分に背を向ける。そして俺の前から去っていくかのように離れていく。
「今日は帰ろうか。ちょっと行ったところに帰還専用ゲートがあるから」
その背中が一歩一歩離れていくたびに、自分の胃が締め付けられるような感覚に襲われる。
どうして『たかがゲーム』でこのような感覚に襲われなくてはならないのか。
ただ、この時、少しだけ……もしかしたら彼女と肩を並べて戦えるのは今日が最期なのかもしれないとありえるはずもない想像をしてしまったのだ。
どうしてそんな変な想像をしてしまったのだろう。明日ログインすれば彼女はギルドホームで笑って出迎えてくれるはずなのに。そうして、情報が出揃ってから、ギルドメンバーを誘ってもう一度ここに来ればいいだけの話なのに。
ただ、いつもかも元気だった彼女の背中がいつもより小さく見えたからそんな事を考えてしまったのかもしれない。
そのせいか、俺は彼女の背を追いかけ、その肩を掴んでいた。
「アヤト……?」
彼女は不思議そうにこちらに顔を向ける。
「……そうだな。うん、『たかがゲーム』だしな、多少の無理ぐらい良いか」
「え?」
「だから、やるって言ってるんだよ、ボス戦。ゲームなんだし、多少スリルがあったほうが面白いというか」
口下手な自分の、途切れ途切れな言葉に彼女は驚いた表情を浮かべ……。
「……まあ、何だ。俺もカナタと一緒ならやれる気がしてきたんだ」
そして口元に笑顔を浮かべる。
「ふふ、それは私を買いかぶり過ぎだと思うよ。けど、うん、期待には応えるよ」
自信に満ちたその満面の笑みはいつもの『我らがギルドリーダー』兼『AO内最強のプレイヤー』、【カナタ】の物だった。
デスペナルティ
本文中に説明されている通り、レベルダウンとレベルアップボーナス無効の危険性があるため、プレイヤーはパーティが全滅しない様に細心の注意を払う。
主人公はオートレベルアップ機能を利用しているが、手動レベルアップに切り替える事もでき、レベルアップ後の余剰経験値量がセーフティラインを超えるまでレベルを上昇させないプレイヤーもいる。
ただし、基本的には階層にあった最低限度の装備、メンバーを揃えていれば全滅必須の鬼畜難易度ダンジョン、そこまで気にする事はない。