182882
初めまして、貴方の訪問を歓迎致します。本来であるならば、ここで自己紹介の一つでも行うのでしょうが、それは後回しにしたいと思います。時間は幾らでもあるでしょうから。まずは手短に、近況でもお話しましょう。
私は不用意な行いによって、取り返しのつかない事になっています。この場所に来てからどれほどの時間が経過したのか、正確には分かりません。現時点までに判明したことは、壁のようなものの向う側に、似たような境遇の隣人が居ること、出口どころか自分以外には何も存在していない場所であること、睡眠や食事を必要としなくなったことでしょうか。それ以外については追々説明します。
この場所に囚われる以前は、私も貴方同様に、常識を超越するような体験など一度も経験することはありませんでした。ですから、いざ自分の身に起こった時は、随分と狼狽したものです。
隣人も当初は似たようなものだったそうで、複数回の脱出を試みたと申しておりました。最近はその無駄を悟ったらしく、世間話をしながら日々を過ごしております。
事態を飲み込むだけの知識を持たない者にとって、隣人の話は非常に有為なものでした。
話によると、我々よりも以前に囚われた者が大勢居り、私の声がする場所の対面にも別の誰かが存在するそうです。幾人もの列が出来上がっているらしく、リレーの要領で伝言を言付けてみましたが、13人目の何者かが、日本語を解していなかった為に、調査は頓挫しました。やがて8人目の誰かが発狂してしまい、状況は悪化の一途を辿っています。
ただ、隣人たちとの会話を通じて、囚われた原因と、囚われる兆候については部分的ながら明らかとなりました。きっかけは異なりますが、皆一様に心当たりの無いモノを開いているのです。それは押入れの奥にあった箱や、見ず知らずの相手から届けられた手紙などでした。私の場合はインターネット上のサイトです。
様々な鉱物がリスト形式で紹介されており、蛍石、黄鉄鉱、ラピス・ラズリといった多くの鉱物が並んでいましたが、一つ奇妙な鉱物が載っていました。名称は「182881」。咄嗟に記憶したので自信はありませんが、多分間違えていないと思います。その鉱物を紹介していたページに関しては、何故か憶えていません。
閲覧後の数年間は、何事も無く過ぎてゆきましたが、ある日を境に奇妙な違和感を自覚するようになりました。体感時間が微妙に遅くなったり、早くなったりするのです。この兆候を感じたら手遅れです。神様に与えられたせめてもの贈り物だと考えて、残り時間を有意義に過ごして下さい。永遠に終わらぬ牢獄で、私は貴方をお待ちしております。
言うまでもなく、この短編は全てフィクションです。ただ、日常生活の中に注意深さを取り入れることは大切なことかもしれません。もっとも、三日に一度は何かに衝突する私が言っても説得力が無いかもしれませんが…(苦笑)