幸せなナイフ
その部族では、子供が生まれた時にナイフを授けるのだという。
男の子でも女の子でもそれは同じ。
そのナイフは、刃渡り二十センチほどのモノで、子供が出来たと判った時から製造が始まる。
部族には専門の鍛冶職人と砥ぎ職人が存在しているのだ。
子供が生まれるまで十月十日かかるように、そのナイフが出来上がるまでには同じ様な月日をかけるものだ、と、私が取材した鍛冶職人と砥ぎ職人は口を揃えてそう言った。
そのナイフであるが、刃の部分はみな共通であるが、もち手には、それぞれの親が生まれてくる我子を思って様々な注文を凝らすのが一般的であるらしい。
概ねであるが、男の子を望む親は、力強い動物のモチーフを。女の子を望む親は、美しい花や貝、小動物をモチーフに注文するのが一般的だ。
それでも生まれる前から用意をするのであるから、生まれてから女の子に力強い動物のモチーフの絵柄入りや、逆に男の子に美しい花のモチーフの絵柄入りもち手が与えられるのも、一興であると考えられているのだ。
そのナイフの仕事は、その子の臍の緒を切ることから始まる。
その後は暫くの間、両親がそのナイフを預かることになるのであるが、子供がちょうど五つになったその日に、両親はそのナイフを子供に持たせることになるのだ。
少々驚きではあるが、まず教える事は、ナイフでわが子の腕を傷つける事なのだ。当然軽くではあるが、出血するし、痛いので子供は泣き叫ぶ。
どうしてそんな事をするのか? という問いかけに、ナイフは危険な面もあるのだ、という事を教える為だと笑って答えた彼らに、私は感動したのを覚えている。
男の子も女の子も、その日からナイフを常時携帯する様になるのだ。
男の子はそう遠くない日に、初めて小動物をそのナイフで仕留める事になる。
女の子は、そのナイフでお母さんの料理を手伝うことになるのだ。
そのナイフは定期的に砥がれるようだ。多くは切れ味が衰えてくる時なのだが、中には年末にとか、誕生日に、とかの場合もあるようだ。
ナイフは一生に渡ってその人間に使われ、年月と共に刃の部分が磨耗してくる。そのナイフを見ればその人の年齢が分る、とも言われている。
そのナイフの最後の仕事は、その持ち主が亡くなった時である。多くはその子供が、亡くなった親の髪を切る。いわゆる遺髪を残す為なのだ。
そのナイフは、亡くなった者と同じ様に、墓に埋葬される。
ナイフはその人間と全く同じ時を生き、そうして亡くなるのだ。
ナイフ愛好家の私としては、実に羨ましい一族である。
ちなみに、この部族ではナイフによる殺傷事件は皆無だそうだ。
世界に存在するナイフも、そうあって欲しい。私は切に願うのである。
~十九世紀に実在したナイフ愛好家の日記より~
このお話はフィクションです。