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争乱記  作者: 太郎
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慎み深き王弟アースと偉大なるゴブリン『きぐら』の大族長エブー

各集落の長たちの視線を受けながらひとりのゴブリンが一歩、また一歩と台の上に登って行った。


台の上に立ち、そのゴブリン『エブー』は旗下のゴブリン達をみわたした。木の槍、石斧、棍棒で武装した二万五千名のゴブリン兵が彼の視界にうつる。ことしで34歳のゴブリンとなるこの大族長は聴衆のざわめきがおさまり視線が自分に集まったのを確認すると静かに最後の号令を発した。


「勇敢な兵士諸君、魔王様がご存命のころよりこのアーヴの森についてはわれら『きぐら』の一族に任されてきた。だが、こんにちにおいてもあの『つちぐら』の一族はこりもせずこの森を自分たちのものと主張している」


手に持った武器を突き上げて配下の兵たちが不満をあげるようにざわめき悪罵した。

エブーは鉄でできた剣を右手に持ってそれに答えるように突き上げた。陽光が剣の上をなぞり輝いた。


ちからもつ『きぐら』の戦士たちよ、この森は誰のものだ!?」


「きぐら!きぐら!きぐら!」


「そう!われわれのものだ!森の恵みを取り戻し、正統なる我らの手に栄光を取り輝かそうぞ!」


「オサ!オサ!オサ!」

「大きなせんし!」

「族長エブーに精霊の恵みあれ!」


歓声があがり、部下たちは思い思いに武器を打ち鳴らしている。集まった配下の顔ぶれをみながらエブーは満足していた。


士気は高まった。かつて数多くあったゴブリン部族もいくさのなかで消え去り、残るは『つちぐら』だけである。わが部族は今日こそこの森の支配者となる。エブーはその思いとともに高らかに宣言した。


「いくぞ!勇敢なるきぐらの戦士たちよ!来年にはアーヴの森は統一される!」


吠えたける兵士や小部族長をみながらエブーは弟を見咎めた。多くの戦士たちが目を血走らせて剣を上げるなかでやる気がなさそうに剣を持ち上げている。各集落の長や戦士長が気乗りでないにしろ身内としてここはあえて盛り上がって見せるべきだろう。


エブーは小さな声で咎めるようにつぶやいた。


「まったく、あいつは」


アーヴの森のゴブリン。『きぐら』の王エブー。


「自分の立場がわかっているのか?」


やる気が無さそうに剣を振り上げて周りに合わせているのはエブーが弟、王弟である『アース』。ゴブリン族における絶世の美男子である。



***************************************


かつて大陸西部には多くの人族、亜人族の国家があった。だが聖教でいうところの魔界。いわゆる地下世界からきた魔王軍によってその全ての国家が滅ぼされ、現在では大陸西部に人間国家は存在しない。ほとんどは大陸を東と西に分ける大山脈の東側に追いやられてしまった。


魔王軍の数に比較して得た領地はあまりにも多く、魔王は各種族ごとにその戦功にあわせて地上の領地を配分した。国を滅ぼされ、大山脈のむこうにおいやられた人間、亜人にとっては苦難と貧困が手をとりあって襲い掛かってきたような状態で、領地を得た魔族にとっては豊富と安楽が空気のようにあたりまえにある状態をそれは意味した。


もっとも多民族はおろか多種族からなる魔王軍においては話し合いどころか強調すら存在しないためこの政策しかとりえなかったともいえる。なにせ全種族をひとところに置くと種族によっては近くの種族を捕食してしまうのである。


戦乱の初期においては本能のため、弱い魔物ほど味方に食われないため最前線にしかも逐次的に投入され敵に各個撃破と実戦の機会を与えるだけになってしまった例が多く散見された。

そのためあえて各種族での連携という利点を捨てて部族ごとに軍団を配備しなおすのが魔王軍の伝統であったが後にこれはある制度の導入によって改善がなされることとなる。


いつかくるであろう人族、亜人族の逆襲に備えるために戦力の無駄な損耗を防ぐためにもこの政策、いわゆる一領地一種族のこの政策は必要だった。


大陸北西部に位置するアーヴの森を与えられたゴブリン達は『きぐら』『あなぐら』『つちぐら』『みずべ』『ほらあな』などの部族に分かれてかの森に定住した。アーヴの森の恵みと魔王によって多種族から襲われない保障を得たゴブリン族は大いなる繁栄の時を謳歌おうかしていた。


各種族ごとに領地を分け与え種族内のことはその自治に任せ、魔王とその一族や親衛隊はあくまでも種族間の調停にのみ辣腕らつわんをふるう。魔王の政策はここまでは完璧だった。


問題が発生したのはそれからしばらくだった。竜族や死霊族などなかなか数が増えない魔族は問題がなかった。だが、ゴブリン族やオーク族、スライム族に魔獣族などはあっという間に数が増えてしまい領地を圧迫してしまっていた。


食物連鎖をあえて防いだことにより皮肉にも与えられた領地ごとの容量を超えて魔族が増えてしまったのだ。また種族の自治権を認めていた魔王はその戦後政策の根幹においていたため増殖についての指導すら行えなかった。


現在のところは封じ込め政策と称しそれぞれの領地に魔王は各種族を留めているもののこれは領地内での戦乱を意味していた。人間を殺す戦争から、同種族で争う内紛の時代から統一へといまやゴブリン族は歩みだそうとしていた。




****************************************


目をちばしらせ、鼻から鼻水を垂れ流し、口からよだれとつばをまき散らしながら武器を振り回すゴブリンの戦士達。


「ウォオオォォオオオオオオオアア!!!!」


その中で冷静に口を開いて声を上げているゴブリンがいた。


「……ウオー」


名は王弟『アース』。大族長、きぐら王エブーの同腹の弟にして忠臣である。こめかみに血管を浮き上がらせながら興奮している戦士たちに一応合わせてその剣を掲げていた。


未だ幼い王太子をのぞけばきぐら族で誰もが認めるナンバー2でもある。

豚のように曲がった鼻、耳まで裂けようかという大きな口、老木のようにささくれだった肌といいまさに絵にかいたような絶世のゴブリン美男子であった。


だがその美貌もいまはかげりをみせている。


……きぐらの王エブーの後ろで族長たちがいまいち乗り気でないように剣を掲げる姿を目の端においていたからだ。無理もない、とアースはきぐらの民が置かれた状況を心中でおもんばかった。


森のけものからの防備や、最低限の農業を行うための戦士や人手は残しているがやはり二万五千にも及ぶ遠征軍の兵糧や武具のため各集落にはなみなみならぬ負担がかかっている。集落によっては戦士を出したままでは今年の冬を越せないと言い出すところまであるぐらいである。


だがこれは仕方ない事情があってのことである。


決戦までいたずらに時を置けば宮廷の介入をまねきかねない。

魔王やその臣下は表向きは各種族の自治をうたう王朝であったが、実際には宮廷の意向に従う勢力には裏で物資や技術の供与が行われている。


現在の宮廷は人間たちの存在する大山脈への東への侵攻を考えておりゴブリン族へもなるべく来たるべき人間との戦争にむけて戦力を減らさないようにとの意向がなんどか伝えられている。

人間への魔王軍への再びの侵攻が決定されればさすがに今までのように使者だけでなく、ゴブリン族の内紛に対しては実力を持って行われることが予想された。


講和ともなれば人間世界いわゆる大山脈の東への侵攻を考えている宮廷にとって、意向に従わないきぐらの王エブーへと有利な仲裁がなされないのはほぼ確定だろう。


それゆえアースも出陣を急いだ兄に逆らう気など毛頭なかったが、それでも今回のこの戦の規模はきぐらの民に負担をかけている。


集落の長の中には「確かに素晴らしい数の軍勢だ。それだけにまければ取り返しがつかないだろう。どうか王においては出征を思いとどまるようにお願いいたしたい」などといい出すものもいたのである。


現在は『きぐら』であっても、もとは違う部族出身の兵も多くいるのでこの混成軍がどこまで機能するかは本番になってみないとわからないことがこのゴブリン軍の弱点であった。


各集落の長たちの役割は平時における各集落の取りまとめ役であって勇猛な戦士たちを率いることを想定された役職ではないのだから仕方がないとはいえせめて出陣のときぐらい場に合わせてほしいとアースは自分のことを棚に上げて思うのだった。


演説を終えた兄が貴族たちへの演説を終えて歩み寄ってくる。並みのゴブリンを頭一つぬけ一回り大きくした体が悠然と歩く。

威風あふれる姿はまさに彼が今武将として最盛期にあることを衆目に一目でわからせた。


「村々の長、ならびに古老たちよ今回の参戦まことに感謝している。各々軍議で決まった通り出発されたい」


かくて地上歴34年夏、きぐらの王エブー、王弟アース。アーヴの森西部にて兵を起こす。統一の気運は一族に満ち『つちぐら』との戦いを待つばかりであった。


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