ギルドと宿屋
門をくぐり街中に入るとそこは異文化情緒溢れる素敵な世界だった。
どの建物も煉瓦造りの家が立ち並び、新しい家は赤い煉瓦、古い家は赤が煤けたのか茶色や苔むしたものなど様々だ。見ているだけで目を楽しませる家々は地図にあった挿絵のままだった。
門から真っ直ぐに伸びる道は石でしっかりと舗装されており、さすがは商業都市といったところだろうか、そこら中で馬車で荷運びをする人々は喧しくも楽しそうに映った。
街というと娼館街しか知らない私の胸が大いに高鳴ったとしても誰が責めるだろうか。
「すごい……」
私の口から出てきた言葉はそんなどうしようもない感想。でもそれ以外に言いようがなかったの。
だって今まで挿絵でしか見た事がなかった私の知らない世界。前に住んでいたレールの街では娼館を燃やした後は闇に紛れるように町並みを見ながら優雅に脱出。なんて事は出来るはずもなく、こうして人々の生活を間近に感じられる事だけでもあの場所から抜け出してきた事で得られた自由への感動が胸一杯に広がっていく。
やっと…手に入れた自由。リリーの事を考えると少し胸が痛んだけど、15年間ずっと待ち焦がれてきた自由の音がそこあちこちに溢れていた。
「さて……どうしよう……」
いまだ高鳴る胸を少しおさえるようにして今後の事を考える。
街中に入れたのはよかったとしてこれからの事が問題だ。
手元にあるのは赤い剣と鞘、夜伽の為の薄手の服に黒の外套、そして≪豚≫から失敬した金子。おおよそだが30万ポルはありそうだが宿を取れば1ヶ月で使い切ってしまうだろう。
贅沢をする気はないがさすがにこの夜伽用の服で街を練り歩く訳にもいかないだろう。
「とりあえずギルドに行って身分証の発行、あとは宿の確保と服と下着ね」
そう独りごちる。言い訳ではないけどこうして独り言を言いながら考えるのは長年独りで過ごしてくる間に癖になってしまっていた。
私はそう決めるとすぐに行動に移した。
「しまったわね……ギルドの場所を聞くの忘れてたわ」
思っていた以上に広いこの街でギルドを虱潰しに探すのは大変そうだと唸っていた所に急に声がかかった。
「そこのお嬢さん」
振り向いてみると凡そ40歳ぐらいだろうか。
少し白髪の混じった頭は丁寧に櫛を通してあり、油で固めてある。品の良さそうなシャツに黒のパンツ。いかにも紳士然とした男性だった。
「は、はい。なんでしょうか?」
必殺外面モード発動。私は村から出てきた小娘と心の中で3回復唱した。
「いえいえ、私クロードと申します。見たところ困っておいでのようでしたのでね。外套を羽織っていらっしゃるしこの街に来たばかりなのでしょうか」
「あ、はい。クロードさんですね、私はレイラです!実はそうなんです。村からちょっと事情があって出てきたのですけど、憲兵の方に身分証を発行するように勧められたギルドの場所がわからなくて途方にくれていた所なんです」
「それは大変だ。憲兵とはロイズ君かな。彼は真面目で良い男なんだがたまにどこか抜けていてね。ささっ案内しよう」
「あ、はい、ロイズさんとコニーさんという方とお話させて頂きました。ご案内って……いいんですか?」
「勿論だとも。こんな可憐な女性を困らせたまま置いておくなんてキクロスの名折れだからね」
「可憐だなんて……有難う御座います。それではご好意に甘えさせて頂きます」
それでは、といった具合でエスコートをしてくれるクロードと名乗る彼。
身なりをみる限り商人にしては小奇麗に過ぎるあたりもしかすると貴族なのだろうか。
とりあえず私に危害を加える気は無さそうだし、案内をしてくれるならば願ったり叶ったりだ。出来る事ならこの街で平和な生活を…。そう願わずにはいられなかった。
クロードにエスコートされて一緒に歩くこと20分程。ギルドは街の中心街にあるという事で結構な距離があった。そうして歩いている間私の村はどんな村だったのかとか(これには困ったが以前娼館での客の話をそのまま流用した)キクロスはどうやって発展してきたかとか、街の自慢やお勧めのお店を一杯紹介された。幸いなのかクロードの話し方はとても上手く、街の歴史やお店の話なんて普通は退屈に思えるような話もとても面白おかしく語ってくれた。それのどれもが新鮮で私の心をあちらこちらへと連れていってくれるのだった。
「へえ……あそこにあるお店の旦那さんってそんなに酷いんですか?」
「ああ本当に。腕はいいんだがどうにも女癖が悪くてね。ほらそこの花壇を見てごらん」
「あら、ぐちゃぐちゃですね……どうしたんです?」
「奥さんが怒って窓から花壇に旦那を投げ捨てたらしいんだよ」
「あははっ!それは豪快な奥さんですね!」
「おかげで怪我で今は家から一歩も出てこない。植木屋が花壇で怪我をしたなんて言えたもんじゃないからね。あ、ここがギルドだよ」
「え?ここですか?」
そう言って見上げた建物は3階建ての建物だった。
ギルドといえば仕事斡旋所でどちらかというとお役所仕事といったイメージが強い。
勿論魔物討伐等もあるけれどそういった危険な仕事は高ランクの≪冒険者≫と呼ばれる人達の仕事だと聞いている。普通の人はギルド員としてそれぞれが得意な仕事をするというのが普通のようだ。娼館で聞いた知識でしかないけれど。
「じゃあここでお別れしようか」
「有難う御座います。わざわざ送って頂いて済みません……私一人だと探すのに半日はかかっちゃってたと思います。こんなに広い街来た事なかったので!ちゃんと働き出したら御礼をさせていただきますので」
「いえいえ、お礼をされるような事じゃないよ。ただそうだね、美人なレイラさんとお茶を一杯というのも素敵かもしれない。今度お時間があるときにでも付きあってくれたまえ。それがお礼でどうだろう」
「お茶ですか?」
「勿論私が支払うよ。一度行ってみたいお店があったんだ。ただカップルが多くてどうも男一人では入りづらくてね」
「そのぐらいなら払いますよ!わかりました。じゃあお約束ですよクロードさん」
「ああ、ではお言葉に甘えさせてもらおう。広いようで狭い街だ。またすぐに会うだろう。それではレイラさん、キクロスを楽しんでくれたまえ」
そう言って笑顔を浮かべて手を振りながら去っていくクロード。
「あっさりだ……ナンパの一種かと思ったら本等にただのいい人だったんだ……」
娼館で働く内に少しスレてしまっていたのかと反省をする。
この反省は次にクロードに会った時にちゃんと返そうと意を決してギルドのドアを開けた。
ドアを開けると少し汗の匂いと話し声が至る所から聞こえる。
女性の姿はちらほらといった所で男性の姿が圧倒的に多い。女性はほとんどがギルド職員のようだ。
≪身分証発行所≫
と書かれたコーナーで暇そうに爪の手入れをしている女性職員を見つけてそこに向かう。
身分証発行なんてそうそうあるものではないから暇なのね。と苦笑しつつ彼女に声をかける。
「あの……今日からキクロスに滞在する事になりましたレイラといいます。身分証の発行をこちらでお願いできると憲兵さんに聞きまして」
「……え?お客さん?あ!済みません!ぼーっとしてました!はい!こちら身分証発行所です!」
「あ、はい。身分証の発行をお願いできますか?」
「勿論です!こちらの紙に必要事項を記入して頂けますか!?」
と差し出された紙に氏名年齢出身地等を記入していく。
全てを埋めた後に間違いが無いかを確認してから彼女に用紙を差し出す。
「えー……はい、リーベ村からなんですね。遠い所からキクロスへようこそいらっしゃいました!すぐに発行致しますので少々あちらのソファーでお待ちください!あ、そうだ!発行手数料とカード代金で3000ポルになります!」
金子の中から銀色をした1000ポル硬貨(大銀貨)を3枚取り出して彼女に渡すと「有難う御座います」と言うなりバタバタと慌しく奥へ引っ込んでしまった。
なんだかそそっかしい感じもあるがああいう明るい感じは嫌いじゃない。
リリーみたい。とちょっとだけ思って胸の奥が少し痛んだ。
ソファに座り足元を眺める。
レールの街から逃げてきて靴はボロボロになっていた。
リリーの事を思い出す。あの街を出てからの2週間リリーの事を思い出さない日はなかった。
もう光を失ったあのリリーの目、忘れる事は出来ない。
それなのにリリーを失った事で涙は流れたのに、心の底から悲しめていない自分に嫌悪感を覚える。
リリーは心の支えだった。そして私のせいでリリーは巻き込まれた。
そうだというのにそのままに受け止めるには余りに重たくて
心に蓋をするように綺麗なままでいてと彼女と≪豚≫を一緒に燃やした。
私は間違っているのだろう。
本当に大切な人なら燃やさないでちゃんと埋葬すべきだったのかもしれない。
≪豚≫なんかと一緒に燃やすべきではなかったのかもしれない。
彼女の死を……冒涜する行為だったのかもしれない。
だとしても……あの時の私にはああする以外に自分を守る事が出来なかった。
「相変わらず私は醜いわね」
「え?」
はっとして上を見上げると先ほどの女性職員が何かカードのような物を手に私を見ていた。
「あ、いいえ何でもないです」
困惑した顔でこちらを見る彼女にあわてて手を違う違うというジェスチャーで否定をする。
「済みません独り言です。ちょっと癖になっちゃってまして。あの……それでそれが身分証ですか?」
「そ、それならいいですけど……(醜い……私……?)」
小声でちょっと聞こえてきたが中途半端に独り言を拾われていたらしい……
ええ、気にせず話題をかえましょう。
「もうそちら貰っていいんですか?」
「あ、は、はい!そうです!こちらの身分証がギルド員である事と、キクロスの住人であることの証明になりますので大切にしてください!再発行は出来ますけどちょっとお高いですよ?」
そう言って私にカードを差し出す彼女。
ちょっと表情がぎこちないのも気のせいだと信じよう。
とはいえ少し長旅の疲れが出たのか、またリリーの事を思い出したのかこのままリリーの面影を宿す彼女と話をするのは少し辛い。そう思い話を早々に切り上げる事にした。
「有難う御座います。ちなみになんですが今日はちょっともう疲れてしまいまして、宿を取って明日にでもまた仕事についてお聞きしようと思うのですが不慣れな街ですのでお勧めの宿などありましたら教えていただきたいのですが」
「あ、はい!それなら≪太陽の宿≫がお勧めですよ!ギルドが経営していますのでギルド員なら誰でも格安で泊まれますし治安も良い所にありますので。1泊2食付で3000ポルです!ギルドを出て左手に行ってもらって2~3分歩いて頂きますと大きな看板がありますのですぐわかると思います!」
確かにかなりの格安だった。都会という事もあり最悪1泊1万ポルまでであれば1ヶ月は何とか過ごせると思っていたのだが思った贅沢さえしなければ2ヶ月ぐらいは手持ちの30万ポルで過ごせそうだ。
「有難う御座います。是非そちらに行ってみますね」
そう言って一つ礼をしてギルドを後にする。
もう太陽はすでに傾いてきており、あと2~3時間もすれば夜の帳がおりるだろう。
ギルド職員の言っていた通り≪太陽の宿≫はすぐに見つかった。3階建てのこれもまた見事な建物で本当に3000ポルで泊まれるのか?と疑問に思ったがいざ受付でギルドカードを出すとすぐに部屋をあてがってくれた上に女性一人だと危ないかもしれないからと受付からそう遠くない部屋にしてくれた。至れり尽くせりとはこの事か。
受付で10日分と30000ポル(金貨3枚)を支払い部屋へ案内をしてもらう。
部屋に入り一息をつく。
外套を脱ぎ捨てて薄手の夜伽の服1枚になるとベッドに倒れこみ仰向けになる。
こうしてベッドで寝るのも2週間ぶりだ。
「リリー……」
そう、思わず口に出てしまう。
友達と呼べた、唯一の子の名前。
彼女と私は確かに友達だったのだと思う。リリーが私の事を友達として見ていてくれたかは彼女にしかわからないけど、少なくとも私はリリーを友達だと思っていた。
勿論仕事仲間ではあるが、8歳から寝食を共にしてきた仲間であり、そしてどんな事でも話し合えた唯一の心を許せる友達だった。
勇者候補生だったことだけは奴隷紋のせいで伝える事は出来なかったが、それ以外の事はどんな事でもリリーに話をしていた。
ふいに熱いものが瞼から零れ落ちる。
「リリー……会いたいよ、リリー……」
一度零れ落ちた涙は、堰をきったように次から次へと止め処なく溢れでる。
嗚咽を漏らし、心にまだ残ったシコリを押し出すように、涙は止まらない。
考えている時間もなかった。
娼館に火をつけて≪豚≫とリリーを一緒に燃やしたのは合理的だった。
勇者候補生の最後の一人として職員達は私が娼館にいる事は知っていただろうし、あのまま娼館に居たら≪勇者≫として覚醒した事がどのようにバレていたかもわからない。
奴隷紋が消えた事についてもそうだ。話によればだが奴隷紋は死ねば解除される。そしてそれは奴隷書(魔法陣の書かれた魔法紙。私の舌に押し付けられた紙だ)に陣が戻る事によりわかる仕組みになっている。勇者の発露か死亡か、私は死亡を偽装する必要があった。
合理的な判断でいえばリリーの死体というのは≪豚≫の死体の横にある≪私の死体≫として最も合理的な物だった。
だとしても……酷すぎる。
私がしたことはリリーに対してあんまりなんじゃないか。
リリーは悪くなかった。何も悪くなかったのに私に対する復讐の道具として利用され辱められ命さえ奪われ、その上私は燃やしたのかと。
私は。
何かを成さなければいけない。
リリーの命を無駄にしないためにも。
≪勇者≫として。
何かを成さなければ。
世界を救う大英雄でもいい。
そうにでもならないと、リリーの命につりあわないじゃない。
そうすれば……リリーも喜んでくれるかな?
自己満足かもしれないけど。
そうしようと心の中で決めた。
慣れない旅で疲れが溜まっていたのか、泣いて体力を使ったのか、それとも精神的な物か。
寄せ来る睡魔に耐え切れずに私は夕闇に意識を手放した。
◇貨幣について◇
説明を後書きに余り書きたくありませんが、気になる方へ。
30000ポル(金貨3枚)といった形で文中ではわかりやすくはしていますがマトメです▼
1ポル:銅貨
10ポル:大銅貨
100ポル:銀貨
1000ポル:大銀貨
1万ポル:金貨
10万ポル:大金貨
100万ポル:白金貨
1ポル=1円
ぐらいで簡単にしています。
前話にもありましたが
宿屋:3000ポル(10泊30000ポル)
客単価:2万ポル(取り分:2000ポル)
身受け:1000万ポル
レイラの借金:1億ポル
一般家庭の年収:300万ポル
です。
しかしこの後書きの文字数制限が2万文字なんですが誰がそんなに使うのか……
後書きがアホほど長い小説見かけたら教えてください。ええ、興味本位です。