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解放と隷属

「ぐぇっ……ゲエェエエっっ!!!!ぐぅ……」


嘔吐。


日課のようになってしまった。

あの地下から出て5年……この5年間ずっと過ごしてきたこの街。


太陽は見る事が出来た。初めて地下から地上へと出た時には思わず涙が零れた。

月も見る事が出来た。初めて夜を、暗さを心地良く優しいと思った。

風を感じ、大地を踏み、草花の青い匂いも、人々の喧騒も。

私には全てが心地よかった。




私が連れていかれたのは娼館だった。




理解出来た時には思わず笑ってしまった。

地下に閉じ込め、殺し合いをさせ、勇者でないなら、娼婦として生きろというのか。

笑うしかないじゃない。


地下から出て娼館につれてこられる前に私は舌に烙印を押された。


≪奴隷紋≫


契約の設定は全てはわからないが≪豚≫が言うにはこの勇者候補者のシステムや殺し合いをしている事を他人に言えなくする為の物らしい。

職員の一人魔方陣が描かれた紙を私の舌に押し当てると燃えるような激痛が走った。

涙目になりながらその痛みから逃れようとするが体に力が入らない。

数十秒その痛みに耐えて職員が私の顔から手を離す。

痛みで嫌な汗を全身にかいていた。


心が折れそうになる。

痛みには慣れていない。痛いのは嫌だから、死にたくないから。

だから剣だけをずっと磨いてきた。

痛みを与えられる前に殺す。

それをずっとしてきた。


「これで自由だ。借金の1億ポルを返せたらな。お前達の育成と引き取りにかかった全額だ。利息分はおまけしておいてやったよ」


そう厭らしい顔で私を見下ろしながら笑う≪豚≫

こいつは殺す。いつか殺す。

そう心に決めた。


やっと先ほどの痛みから心を立ち直らせて奴隷紋の効果を試す。ためしに勇者候補者について言ってみようとしたら呼吸が止まった。おおよそ3分。私じゃなかったら窒息で意識が飛んでいたかもしれない。他を試す気も失せた。


そうして私は5年前、この娼館の花となった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 





「レイラ……また吐いてるのね……慣れなさいよ」




そう言うのは同室のリリー。私は地下を出てから「レイラ」と名乗っていた。

リリーは私と同い年だ。8歳の時からこの娼館で働いているらしい。


「リ、リリー?ごめん。そこのタオル取って……」


この世界において娼館で花を売るのは12歳から国の法律で認められている。

それまでは下働きとして娼婦の世話をする娼子(しょうこ)と呼ばれる立場にある。

リリーと私は娼子(しょうこ)として働き始め、3年前から客を持つようになった。


「もう3年よ?客を取ってから3年経ってまだ吐けるなんて逆に私は羨ましいけどね」


そう言いながらも私を心配する視線を投げかけてくれるリリーに私は随分と救われていた。

勇者候補生としての話を出来ない私はリリーには奴隷をしていて売れないからここに売られたという話にしてあった。



「……ふぅ……ごめんなさいね、もう大丈夫」



勇者候補生は奴隷のような物だからあながち間違ってはいないけど、こうしてリリーと話を出来る環境というのは昔よりはいいのかもしれない。男に玩具にされる仕事への嫌悪感だけはどうしても取れないけど。


「生きてるだけマシよ。こんな仕事でもね。私大旦那様のおかげでもう半年ぐらいで借金返せそうなのよ!そしたら……ここから出るわ」

「それは嬉しいわね、そして……ちょっと寂しいわね」


リリーは器量が特段良い訳ではないが、私にも優しく声をかけてくれるぐらいに何よりも性格が良かった。

ふんわりとした茶色の巻き髪は彼女の可愛さをしっかりと演出していたし、少し小ぶりな胸に悩んでいたけど快活な彼女の印象をより強くしていた。しっかりとした力のある目元も私は好きだよと言っていたのに、彼女はもっとお淑やかな顔立ちに生まれたかったとよく言っていた。


ちなみにリリーが言う大旦那様というのはとある商店を取り仕切っている男性でリリーに入れ込んでおり、かなりチップを弾んでくれるという事でこの店に売られた借金の返済額まであと少しとなっているらしい。

その大旦那に会った事はないがリリーを気に入るあたりいい人なのだろうと勝手に思っている。

こうして話を出来る子がいなくなるのは寂しいけど、もうこんな仕事をしなくていいリリーは羨ましかった。


私もいつか……


とは思いたいけど、1億ポルなんて返済し終える頃にはお婆さんだろう。

ちなみにだが娼婦は奴隷市場からか親元からかでまた額は違うが、奴隷市場からは1000万ポル程度で娼館に売られている。


私は自分の外見についてはよくわからない。


リリーが言うには「レイラは白のお姫様!って感じよ!」と器量が良いと言って譲らないけど、私には醜いとしか思えなかった。

白い髪は老婆のようで、白い顔には生気が見られないし、あれだけつけた筋肉は娼館での生活でかなり落ちてしまっている。細い腕を見てもう以前のような戦い方は出来ないなとがっかりすると同時にもう殺し合う事がない事に安堵する。


あの地下に居た頃は数日に一度アリーナへ呼ばれて殺し合いをするだけの生活だったから。


あれに比べたら男性の玩具になるぐらい命の危険がないだけいいのかもしれない。

リリーの言うとおり「生きているだけマシ」というやつだ。


娼婦とはいっても衣食住は保障されているし、娼子(しょうこ)が2人に1人ぐらいは付くので生活するだけでいえば大きな不満という不満はない環境だ。娼館街から外へ出る事は基本的には許可されていないが。

1人客を取って2万ポル、その内1割が娼婦の取り分となり、残りは全て娼館の物となる。一般家庭の年収が300万ポルという事を考えると高価か安価なのかはわからない。


身受け金の1000万ポルとなると1日3人客を取っても5年近くかかる計算だ。勿論月の物や体調もあるから1日3人を毎日取り続ける事は出来ないし、そもそも客が1日3人もつかない事のほうが多い。

ちなみに娼子(しょうこ)に給与は支払われていない。

あくまでも衣食住が保障されているだけで金を稼ぐわけではないからだ。なのでこの3年程ですでに1000万ポルが見えているリリーというのはかなり凄い事だった。


「リリーは……この仕事を辞められたら何がしたいの?」

「そうね……大旦那様の商店で働かないかっていうお話は貰ってるけど、特にこれ!っていうものはないかなぁ?レイラは?」

「私は……そうね、旅がしたいわ」

「旅?」

「そう、旅。いろんな所を見てまわりたいの」


ふーん。と余り興味も無さそうに言うリリーを見て少し笑う。

旅だなんて言う人は余り居なかった。外に出れば魔獣も出るし女が旅に出るとなると冒険者や護衛を連れた商人かといった物だったからこの反応も当然だろう。

でもこうして他愛の無い話でも、地下から出てきてよかったのかもしれないとは思う。

精神的な苦痛は客を取っている時のほうが強いが……それでも生きて出てこられた今に感謝をしよう。


「レイラ」

「……ん?どうしたの?」

「夢、叶うといいね」


そう言って微笑むリリー。


「……有難う」


そう言って笑顔を返す。

少しぎこちなかったかもしれないけれど。

こういった素直に過ぎる好意というのをそのまま受け入れる事はまだ私には難しかった。


そうやってささやかな日常を受け入れて、いつかは自由な身になる事を夢見て私は何とか生きていた。


生き汚い私が幸せになれるとしたら。


今まで積み重ねてきた死体の上で祈りを捧げ終わった後だろうから。




ふいにドアがノックされる。




「リリーさん。大旦那様がお見えです」


少し驚いた顔をするリリー。

この所毎日のように来ているように思う。

もう時間も夜半過ぎだというのにお盛んな事…とは思うがリリーがいそいそと少し嬉しそうに支度をしているのを見ると満更でもないのだろうか。


「楽しんでいらっしゃいね」


そうちょっと皮肉っぽく茶化してみると


「楽しいものではないわよ!でももう少し頑張れば自由だ!って思うと嬉しくなっちゃって」


まあそうでしょうね。

大旦那様がどんな方かは知らないけど、それだけのお金持ちとなるとさすがにそれなりに年配の方なのだろうから、恋する乙女といった訳ではないみたいだ。


「ごめんなさい。そうよね……じゃあ、頑張ってらっしゃいねリリー」

「勿論よ!」


そう言ってガッツポーズを取るリリー。

可愛くて元気なリリーはそんな子供っぽい仕草もとても似合ってみえる。

私にとって太陽みたいな子だった。

リリーが居なかったらもっと早く私は潰れていたかもしれない。


「じゃあ行ってくるわね!」


そう言って娼子に連れられて仕事に向かうリリーに手を振って見送る。

急に静かになった室内で少し寂しさを感じるが、私は私でまたいつ仕事に呼ばれるともわからない。

この仕事についてから、仕事が終わると部屋に戻って吐くというのは日課のようになってしまった。

リリーも最初こそ嫌悪感から吐いているのを見かけた事があるが最近はもうそんな事もなく受け入れられるようになったらしい。それが良い事なのか、悪い事なのか、わからないけれど。

いまだに受け入れきれずに吐いている私を見かけるといつもリリーが声をかけてくれる。本当に優しい子。

ずっと一人で生きてきた私にとっては、リリーは確かに心の支えになっていた。


こんな幸せの形もあるのかな?


なんて。そんな訳、あるはずもないのに。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 






私は混乱していた。

私は泣いていた。


どうしてこうなったの。

どうして?


ベッドの上には青白い顔をして涙を流し、目を見開き、口からは涎を垂れ流しているリリーの姿がある。

瞳孔は開き、もう息はしていないだろう。


******が私の首を締めながら腰を振る。


肉と肉とがぶつかる音。

******の生臭い息が私の顔にかかる。

呼吸が上手く出来ない。

涙が溢れてくる。

どうして。

どうして。

生きていたいだけなのに。

どうして上手くいかないの。

どうして。

リリー。

あと少しだったのに。

私が……


「ははははははははは!傑作だな!!リリーは今日から俺の奴隷だ!生殺与奪は俺が決める!どちらにせよここ数年で楽しませてもらったよ!お前の生殺与奪はどこにあると思う!?まだ国だ!つまり俺だ!ははははは!楽しかったか娼婦は!?この出来そこないが!!!!」


首を締められながら

耳元で******が声を上げる。

私が泣いているのを見て

嬉しそうだ。

気持ち悪い。

気持ち悪い。

この******を睨む。

殴られる。

口の端に熱を感じる。

切れたのか。

裂けたのか。

わからない。

でもこれはわかる。

リリーは巻き込まれた。

私に。

私が絶望をする。

この日のため。


「お前のせいでな!お前が勇者にならないせいでな!私は5年前のあの日に更迭されたよ!権力はあるがお飾りだ!部下を全部持ってかれた!この糞*****!****!殺しても殺したりない!娼婦ぐらいでは足りない!俺の屈辱を晴らす為に今死ねこの**********!」


そう。

もう、意識が。

何言ってるのか。

大旦那様って。

リリーだまされてたんだね。

ごめんね。

この醜い******に。

だまされてたんだね。

ごめんね。

私のせいで。


「大旦那が俺だって知った時のさっきのお前の顔は傑作だったな!ははは!奴隷紋のあるお前らは俺に手を出せないだろ!客に手を出せないのは知ってるんだよ!!!くっ……このままお前の***に吐き出してやるよ!そのまま死ね!!!」


ごめんね。

ごめんね。

リリー

ごめんね。

あんなに嬉しそうだったのに

ごめんね。

私の太陽だったのに

ごめんね。

私がいるから

ごめんね。

汚しちゃった。



でも……まだ……




私は死ねないの。



ごめんなさい。

生き汚い私で。

ごめんなさい。



息が詰まる。

もう。

長くないのかもしれない。

頭に霞がかかったかのように。

首をしめられて。

気絶してしまうのか。

それとも窒息して。

死んでしまうのか。


もう。


わからない…


けど…


生きないと…………





────舌にチリッとした痛みが走る





そして


チンッ


と。


いつもの心地よい音がした。





手には今まで無かった≪赤い剣≫と≪赤い鞘≫。何万回、何十万回と繰り返した抜剣と納剣の動作。



驚いた顔の≪豚≫



あんたもそんな顔が出来たのね。嬉しいわ。


首元を押さえているけどもう、切れてるよ。


首から赤い赤い血が滲み、(せき)を切ったように溢れでる。

あの地下を出てからずっと伸ばしてきた白い髪が赤く染まる。

リリーが雪のように綺麗って言ってくれた髪。

赤くなってしまった。

肌にも≪豚≫の血がかかる。生ぬるい血で赤く染まる。

リリーが絹のように滑らかって言ってくれた肌。

汚れてしまった。


ああ、今わかった。






私が……≪勇者≫だ。





覚醒は突然だった。ぽっかりと空いた心に枷を付けられていた情報が流れ込んでくる。

痛みを感じた舌、そしてこの記憶、情報、確認の為にベッドの横にある鏡で舌を見る。

≪奴隷紋≫は消えていた。

赤い剣、赤い鞘、魔法で作られているようだ。

そして胸元にある赤い紋章。


「文献にあった勇者の紋章……ね」


この赤は血の紋章。

勇者の心を受け継ぎ、転生に近い形で勇者の死と共に生まれる前の宿主(胎児)を見つける。

枷は血と共にあり、重ねた血の量か、死の危機において外れる。

皮肉にも≪豚≫が外してくれた訳ね。

≪勇者≫とは名ばかりね……。発露した後はすぐに取り押さえられて奴隷紋よりも強力な契約で縛って国の兵器になるだけ。過去の勇者達はみんなそうだったらしい。

勇者達の怨嗟が聞こえる。記憶も、感情も、一緒に流れてくる。


「皆も……ただ外が見たかっただけなのね、私もそう……」


首の無い≪豚≫

首はベッドの下にでも落ちたのだろう。

息をしていないリリー。

顔は今にも何かを叫びだしそうだ。

辛そうな、苦しそうな、そんな顔をしている。

あの太陽のような笑顔はそこには無い。


「リリー……ごめんね。私は、行くね」


そうリリーに告げてベッドから床に足をおろし立ち上がる。

普段身に付けている薄手の服に袖を通し、床に転がっている≪豚≫のカバンから金子を抜き取る。

クローゼットへ行き≪豚≫のお忍び用だろうか?目立たないようにかはわからないが黒いフード付きの外套を羽織る。少し丈が長いが仕方ないだろう。

このまま血がついた髪で外に出たら大騒ぎになるだろうからとフードに髪を入れて頭から被る。


「さようならリリー」


最後にリリーを見て、火焔の魔法を唱える。

全て燃えて、≪豚≫と≪女≫の死体が残るだろう。

これが……必要なの。


生き汚い自分に対する吐き気を堪えてごめんなさいと何度も何度もリリーに心の中で謝る。


火は一気に燃え上がりベッドを、カーテンをその渦の中に取り込んでいく。


完全に部屋に火が燃え広がる前に窓から飛び出して地面に降り立つ。

幸い路地裏に面している窓だったので人目はない。




「行こう……私……生きているのだから」




自由は手に入った。

奴隷紋も、何も、私を縛る物は無い。



ただ、どうしてか私は涙が止まらなかった。


まだ続きますが私は病んでません。

展開が少し急かと思いますが私は病んでません。

もう少しリリーとレイラのきゃっきゃうふふを入れようかとも思いましたが私は病んでません。

後悔はしてませんし私は病んでません。

評価を頂けると尻尾を振りますが私は病んでません。私は病んでません。私は病んでません。私は病んでません。

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