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英雄と呼ばれた彼が死んだ理由

作者: クリ

彼は英雄だった。

彼は強かった。

彼は愛していた。

彼は優秀だった。

彼は優しかった。

彼は彼女を愛していた。

だから、彼は彼女と戦い、殺しあい、最後に笑った彼女を殺して彼は英雄として、死んだ。


血に塗れた剣はぬらぬらと赤黒く鈍い光を放ち、初めは頭痛と共に感じていた血臭と金錆た臭いは、剣戟の甲高くも鈍く響く音は、魔法による爆音と悲鳴は、気がつけば消えていた。

泥と血と汗に塗れた体を動かして周りを見回せば、何処かしこに散らばる死体。

それを踏み越えて進み、戦う人と亜人と敵の姿。

もう何体の敵を倒したのかわからない。

数えるのはとうに止めた。

ただ淡々と、目の前の敵を倒し、たまにくる苦境の兵の助けを求める声に仲間と駆けるだけ。

どれだけ戦い続けたのか、時間を計るために視線を見上げればどこまでも続く翠の蒼天、見えるのは空を飛ぶ一羽の鳥。

遠くに見えるのは命を育む緑豊かな山腹。

ああ、昔、あの山を越えた。

ふと彼は思い出した。

まだこの戦争が始まる前の話だ。

彼と彼女と彼らとで、請けた依頼。

荷の配達でか、護衛でか、それとも目的地に向かうために通っただけだったのか、もう覚えていない。

ただあの頃はこんな事になるだなんて思ってはいなかった。

ずっと一緒だなんて事を思っていたわけじゃない。

ただ、こんな終わりを迎えるとは思わなかった。

その時の彼女は何時ものように笑っていたからだ。

彼は視線を戦場へと戻す。

この戦いが始まってから大分時間がたっている。

拮抗していた戦況も彼らの勝利に傾いているのが分かる。

敵の数が大分少なくなっているからだ。

終わりの時は近い。

人と魔の者との戦争は人の勝利で終わるだろう。

戦場で気を抜く気はないが、彼はそう思う。

そしてこうも思う。

この戦いがずっと終わらなければ良い、と。

この戦いが終わる時は彼女が死ぬ時だ。

彼女は余りに多く、人の血を流しすぎた。

最早彼女を生かしたままこの戦争を終わらす事は不可能だ。

彼はそれが分かる。

分かってしまうから思う。

どうか、敵よ、少しでも長く生きて戦い続けてくれと。


この戦争が何故始まったのか人は知らない。

ただいきなり魔の者と呼ばれる者たちが人の国に戦争を仕掛けて来たのだ。

人を駆逐し、世界を支配下に置くのだと宣言したのだ。

そしてそれを証明するかの様に多くの国や街に戦いを挑んだ。

魔の者と呼ばれていても、その見た目は人と余り変わらず、人に敵対していた訳ではない。

人と違う所はその身体能力と人より長命な所、そして長く尖った耳だろう。

また、魔の者と呼ばれていても温厚な者、平和を愛する者も多くいた。

人の隣人として共に生きていた者も沢山いたし、彼女もその一人だった。

魔の者、という呼称は人とは違う種族を表す名であっただけだった。

この戦争が始まるまでは。

その宣言があった時、最初に魔の者と親しかった人達はそれを信じなかった。

だれだってそうだろう。

それまで親しかった友人が、仲間が、恋人が、伴侶が、師弟が、いきなり敵になるなどと。

しかしその宣言がなされた後、余りに多くの魔の者が人の敵に回った。

まるで今までのことがなかったかのように、あっさりと。

彼女でさえも、敵になる事を示す為に街に火の手をあげようとし、そのまま消えた。

魔の者と親しかった者ほど理由を探したが、敵に回らなかった魔の者も口を噤み、いつしか人の前から消えた。

そのまま戦争は時間と共に悪化し、いつしか人の中で魔の者は完全な人の敵と認識されるようになった。

人は魔の者と対抗する為、国々で手を取り合った。

情報を集め、精鋭を集め、戦いに備えた。

最初は余りに多くの流言飛語が飛び交い、情報としての精度がひどい物ばかりだったが、そのうち一つの情報があがった。

魔の者達の王だ。

それが人に戦争を仕掛けた張本人であり、全ての魔の者を従える者。

その名で多くの国を街を人を襲ったと。

それは彼女の事だった。

しかし彼は、仲間は、友はそれでも彼女の事を信じていた。

彼女の人となりを知っていた。

長い時間が築いた信頼があった。

そして宣言があった時、彼女は彼らと共にあったからだ。

しかしそれを覆すように魔の者は彼女を王と呼ぶ。

彼女の命令と、嬉々として彼らに戦いを挑む。

そうして国を街を壊し、彼らの行く手を阻む。

彼女の裏切りは人の世に広がり、最早どうしようもないほどに彼女は人の敵であると認識された。

魔の者達の王。

魔王として。


どうか理由を教えて。

なんど神に祈ったか。

彼女は神を信じてはいなかったが彼らが神に祈る事を軽んじてはいなかった。

信じるものは救われる、救われると信じれるなら、そうして立っていられるなら、それもいいんじゃない。と笑っていた。

彼女が信じれば良い、と言った神も今は遠く、その神を祀る教会も彼女は神の敵だと言った。

人に仇名すものだと。


ああ、彼女が遠い。

どんどん遠くなる。

あんなに近くにいたのに。

隣で笑いあえていたのに。

愛を誓ったのは、真実なのに。

同じ星を見上げていたのに。

それなのに彼女はもう此処にはいない。


彼女の居場所がわかった。

全勢力を持って戦いを仕掛ける事が決まった。

彼も、仲間も、友も戦いに参加した。

英雄と呼ばれた彼らの中で一番強かった彼女。

それを倒せるのは彼らだけだったろうから。

なにより、彼女を殺さなければならないなら、他の人にはさせられない。

彼女が他の誰かに殺されたならば、たとえ彼女が全ての悪で、それで戦争が終わったとしても、彼はその誰かを、必ず殺すだろうから。


彼は視線をあげる。

広い戦場で、最初は遠く、小さく見えた彼女に大分近づいていた。

地に刺した剣の柄を両手で持って、彼を、彼らを、戦場を見ている。

何時も通りの穏やかな表情。

風に靡く長く艶やかな濡れ羽烏の髪。

戦場を見つめるのは凛とした眼差し。

何時も見ていた、たった一人の最愛の彼女。

彼は敵を切りつける。

彼は敵を退け続ける。

薄く開く彼女への道。

仲間達と共にそこを抜け、彼らを追おうとする魔の者を他の兵にまかせて駆ける。

ただ真っ直ぐ彼女の元へ。

このまま時間が止まれば良いと願いながら。

彼女は笑う。

まるで大輪の薔薇のように艶やかにに。

月の光の様に穏やかに。

ようやく会えた恋人に、仲間に喜ぶように華やかに。

彼女は笑い、剣を構えた。


そうして魔王は死んだ。

英雄と讃えられた彼は戦争の終焉を見届けると、最愛の恋人の亡骸を抱えて彼女の剣で胸をついて死んだ。

彼は穏やかに微笑んでいた。


ちなみに彼が死んだ理由は、地獄に彼女を追いかけて行っただけです。

あれだけの事を仕出かした彼女が天国に行けるわけないし、彼が天国に行けるかどうかはわかりませんが、教義上、自殺は直地獄行きなので彼は安全牌を取りました。

地獄でぷりぷりと説教をかましてからラブラブカップルに戻るんでしょう。


そのうち加筆してその辺を上手く入れ込みたいです。

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