イリュージョン
君は例えるなら、ヤマユリのような人だった。高貴で純潔、孤高で可憐。誰もが君の虜になった。老人も青年も、男も女も、関係ない。完璧にして未完の美しさを、君は持っていたのだ。僕もまた、君に囚われた人間の一人だった。ただ、僕は他の誰とも違う点があった。僕だけが、君に選ばられた人間だったことだ。僕らは愛し合い、永遠の幸せを信じていた。
だというのに、この現状は何だ?
君は美しかった。僕らが愛し合っていたあの時までは、君は美しかったのに。今の君は一日中動くこともせず、ぶくぶくと歪に肥り、肉の塊と成り果てた。僕を見るその瞳は虚ろに濁り、あの時感じていた愛情は残滓さえ感じられない。
見るに、耐えない。はっきり言って、今の君は、醜悪だ。あの時の君からは、鬱蒼とした山のなかで、ふと出会った一輪の白い花の香りがした。それが今では、夏の日差しに放置された生ゴミのすえた臭いへとなってしまった。磁器のように照り輝く肌は不健康な土気色に、水のように豊かだった黒髪は艶を失った。
僕はもう、一瞬たりとも君の側には居たくない。醜く朽ち果てたキミを、愛することは出来ない。
だって、醜い君なんて、最早それは君とは言えないじゃないか。今のキミは、君じゃないんだよ。だからもう、僕を見つめないでくれ。僕に姿を見せるな、僕の名を呼ぶな。
どうしてなんだ。
僕はただ、君の美しさを、永遠のものにしようとしただけだったのに。
この短篇集は一旦ここで完結します。