8話 オレ、いちおーあの人の妹なんだよ?
遅くなってしまって申し訳ありません。
持病が悪化してしまったもので執筆を中断させられていました。
まぁ、そんなことはともかく、どうぞ!
「あー、ホント何してくれるんだよ、あの人は……」
やっと迎えた休み時間。とてつもなく長い授業を終えた後、姉から逃げるため脱兎の如く女子トイレに駆け込む。
元男だというのに、あまり気にせずに入れたことを不思議に思いつつ、携帯を弄っていた。
トイレから出れば姉に襲われる可能性がある。となれば、誰だって、逃げ籠るに違いない。
「大体、オレは純粋な女じゃないし」
アキのせいでオレの性別が変えられた。そう思うと腸が煮えくり返る。何が目的で性転換させたのか、まったく検討も付かない。
いなくなってしまった明菜の存在。急に現れた高瀬と名乗る人物。……同じ苗字だし、似たような名前であることから、何かしら関係があるのはわかる。
アキの家に入って決定的な証拠でも揃えられれば関係が洗い出せるが、家に行くということはアキと一緒の空間にいなければならないということになる。
「さて、どうしたものか」
『ねぇ、知ってる? 篠崎優の裏情報』
そろそろトイレの個室から出ても良いかな。と思い立ち上がった直後、扉越しにガラの悪いイメージが持てる女子の声が聴こえた。
しかも、内容が自分のことときた。過去の自分の情報が聴けると思い、立ち上がったままの状態でいることにした。
『あいつ、高瀬君とヤったり、他の男子達とヤりまくってるらしいよ』
『えぇー? マジで?』
いかにもな話し声をバックにオレは何を言っているんだと呆れていた。
最初からこの体の持ち主ではないが、優はそんなことをする奴じゃないと自信を持って言える。
高飛車な態度を取る奴が男相手に媚びを売るか? 男子にも女子にも偉そうな態度を取り、何事にも引かずに真正面から立ち向かうイメージしかないこの女が。
「……その話、オレにも聞かせてよ」
ガチャという音を鳴らし、個室から姿を現すオレ。急に出てきたオレに対して驚いたのだろう。彼女達は本人に聞かれてしまった。と深刻な表情をして固まってしまった。
最初から聞かれたくないのなら、もう少し小さな声で話すなりして第三者に聞こえないように工夫して話そうよ。
嫉妬心だけで大嘘を平気で付けるってすごいよな。男が嘘を付く姿はあまり目にしないが、女は普通に嘘を付いて自分の良い方向へ物事を運ばせるんだな。
「篠崎 優……」
「な、なんでここに」
「ん、オレがトイレにいたらダメなのか?」
それはアイドルはトイレをしない。っていう思惑と同じぐらい理不尽だぞ。
オレはアイドルじゃないし、純粋な女でもないからな。
だからかな、自分の悪口を言われているにも関わらずその話に割り込み出来るのは。普通の女の子なら悪口を言われていれば、個室から出ることすら出来ないかも知れないな。
「まぁ、まったく身に覚えのない嘘で塗り固められた虚実を話されて気分は悪くなったがな」
オレの陰口を叩いていた女生徒を無視して、手を洗いポケットから取り出したハンカチで水気を取る。
人の嫌な噂を平気でするような連中だ。あまり関わりたくない部類の人間だし、面倒な気がするからな。スルーが安定だろう。
「……じゃあね。オレだから許せたけど、他の子はわからないから。陰口はもう少しわかり難い場所でしなよ」
男から女になったばかりなのに色んなことが連続して起こったけども、姉の変態チックな思考回路や幼馴染のことを例に出すと、何でもかんでもマシに思えてくる。陰口を叩かれるなんて蚊に刺された程度だ。何の問題もない。
「ちょ、ちょっと待ちなよっ!」
比較的大人しい方の女子生徒は露骨にほっとしていたが、もう片方はどうしても納得がいかないらしい。
肩をぐっと掴むと、全力に引っ張ろうとしてくる。
オレの性別が変わり同姓になったから大丈夫だろうけど、これは一種のセクハラじゃありませんかね。
それに精神的ダメージならある程度我慢出来るが、肉体的ダメージを負わされるとさすがに穏健派なオレでもキレますよ?
「何? オレ、人の悪口をこそこそと言う集団みたいに暇じゃないんだけど」
「……アンタ、絶対に引き摺ってるわよね」
「いいえ。ただ、こうも自分のさせたいようにさせてくれないあなたの態度に対して少しイライラするだけですから」
遠回しに言葉を放つことが苦手なオレは、相手を傷付けると察しながらも直球を投げる。
「そ、それは……悪いと思ってるけど」
「だったら話しかけて来ないのが一番だと思うよ」
「けどっ!!」
「それともオレに襲って欲しいの?」
「へっ?」
オレが放った衝撃的一言により、彼女の力が弱まった一瞬の隙を狙い、自分の体ごと彼女の体を壁へ当てる。
さりげなく抵抗が出来ないように彼女の足の合間に自分の片足を捩じ込み、両腕を重ね、顔より上の場所で拘束する。勿論、片腕で、だ。
片腕ぐらいはフリーにしておかないと彼女を弄ぶことが出来ないからね。
「ちょっとっ!? な、何して……」
「オレ、いちおーあの人の妹なんだよ?」
あの変態姉のことを話題に挙げると拘束していた女の子が身動き一つしなくなり石像のように固まってしまった。
拘束してから気付いたことだけど、この顔はどこかで見たなと思ってたんだ。オレの予想通り、実はクラスメイトで、優が一番被害を受けた事件の目撃者だった。
――事件についてオレが口を割ることは絶対にない。気になる人は目撃者に聞いてくれ。オレからは絶対に話したくない。
「……あれ、本当に襲って欲しかったのか?」
もう少しで口と口が触れ合うという程、近くに顔を動かしても彼女が動じることはなかった。抵抗出来ない今、無心になろうとしているのは単純明快だが、折角のチャンスだし、ここでキスをしたところで女好きというレッテルが貼られるだけ、むしろ男の時代にろくにキス出来なかったから得じゃないか。
「ちっ……。邪魔が入ったな」
後ほんの数ミリというところで休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。
休み時間中、姉に捕まらなくて良かったという嬉しい気持ちと、残り数秒で女の子にキス出来たのに……っていう残念な気持ちがオレの中に蔓延っていた。
「じゃ、後でね。ばいばーい♪」
拘束されていた体が解放された途端、床にペタンと座り込む女子生徒。もう一人の大人しい子も似たような感じだった。あらかた、自分も襲われないか心配していたのだろう。気を張り巡らせていた結果、気が抜けて腰砕けになったと。
決してオレが何かをしたわけじゃないからな。
……彼女達が授業に遅れる理由、考えといてあげないとな。