6話 お前は何者なんだ?
「お前ら、何やってんだ!」
首を絞めていた少女からオレを救った男子生徒は、オレを優しく抱き締める。
少女はここまで気が動転し、相手を傷付けると思わなかったのか、かなりびっくりしていた。
「……高瀬、明宏」
「どうした? フルネームで呼んで。いつもみたいに、『明宏様』って呼んでいいんだぞ」
「誰が呼ぶかっ!?」
さすがにそれは高瀬明宏の嘘だと思うが、優と高瀬の関係がすごく気になる一文だ。
「あ、わ、私……。とんでもないことを」
腕はプルプルと震え、殺人を犯しかけていた少女は怒りの矛先を自身へと向け始めた。
しかし、そんなことをオレが許すわけがない。
「佐藤さん」
彼女を救いたい。
その一心で行動していると、ふと彼女の苗字を口にしていた。今の今まで、誰かすら知らなかったのに。口ずさんだ彼女の苗字が合っていたのだろう。彼女はビクンと肩を震わせた。
いつまでも肩を抱いている高瀬の手を叩き落とし、佐藤さんを優しく抱き締める。
「我慢しなくていいよ。私が悪かったの、ごめんなさい」
「……な、なんで」
「私が自分勝手に偉そうにして、こうやって仲直りをしようとしてる。だから、ごめんなさい」
「あ、あなたが謝ることない。私はあなたを絞め殺そうとしたのよ!?」
「うん。そうだね。絞め殺そうとした」
だったら……。と自虐をし始めた佐藤さんに対して、どう言葉をかけるべきか迷っていると、問題の彼が手助けをしてくれた。
「だけど、それはあなたが一方的に悪いわけじゃない。オレも、いや、オレが一番悪かったんだよ」
「……優」
人の名前を勝手に、親しみを持って呼ぶんじゃない。
こちとらお前と仲良くなるつもりはない。ただ、元の性別に戻るためにお前と接触することが最優先事項だったからな。
「お前に何もなくて本当によかった」
「あっそ……」
元々、興味もない人間相手だからか、素っ気ない対応をしてしまうが仕方ないだろう。
それに慣れ慣れしく話しかけられてもどう対処すればいいかもわかんないっての。優とはとても仲が良かったのかも知れないが、今はオレが相手なんだ。ただの軟派野郎には興味もありません。……っと、観察対象としてなら興味はあるかな。
優斗の世界における幼馴染ポジションが、この世界では高瀬明宏なのだから。
「やっぱりお前は連れない態度でなくっちゃな。いつも通りだ」
「はぁ……。いい加減、オレに連れ添うのやめてくれないかな」
鬱陶しいんだよ。と付け加えたかったが、そこまでいくと何かが違う気がして抑え込む。
「じゃあ、早速だけど本題に入ろうかな」
オレに執着する子犬のような雰囲気から一変し、真剣な雰囲気を醸し出す。
「……お前はどこまで掴んだんだ」
「な、何の話をしているんだ。高瀬」
「普段の優なら俺のことをアキ君って呼ぶんだよな」
「っ!?」
そうだ。普段の優であれば、こいつのことをアキ君と呼ぶ。それは優の意識の中に紛れ込んでいた記憶の断片だ。
オレはそれを意識して逸らしていただけ。
「……お前は何者なんだ?」
「俺はお前の知っている『高瀬明宏』だろ」
「違う。オレはそんな人、知らない」
――オレが知っているのは『高瀬明菜』ただひとりだ。
続けてそう言おうとしたのだが、口は思ったように動かなかった。
「……やれやれ、仕方ないな。この手は使いたくなかったんだけど」
教室へ向かうまでの道程の最中、クラスメイト達が目の前を歩いているのにも関わらず高瀬はオレを壁際へと押し付け、指一本すら動かすことが出来ない状態にする。
そして……。
「んんっ!?」
あろうことかオレの唇に自身の唇を合わせて来た。単純に言ってしまえばキスというものだ。更に今の態勢からろくな抵抗が出来ないことを悟った高瀬は、オレの口内へ舌を捩じ込み、隅から隅までを犯し尽くしていく。
(公衆の面前でなんてことをしてるんだ。このアホは!)
周囲を注意深く見渡してみれば、何人もの生徒達が集まり「小悪魔が王子にキスを捧げてるぞ」とか「王子が我慢出来なくなったのか」、「いや、小悪魔の方が我慢出来なくなったんじゃないか」など身勝手な言葉を挙げる野次馬達で埋め尽くされていた。
(……明日から学校に来れなくなったらどうするんだよ。“アキ君”のバカ)
「えっ?」
今の台詞に何か違和感を感じた。
違和感の正体を突き止めようとした瞬間、頭に激痛が走り考えることを強制的にやめされられたがオレは何か大切なことを忘れてしまったような気がするんだ。