5話 そういうの、明日からしなくていいよ
九月七日。
早朝からずっと起きていたオレは物凄く機嫌が悪かった。
本当なら学校なんて行きたくないし、好き好んで女子生徒の制服を着る趣味はオレはない。
どうしようもない行き場のない怒りや苦しみは、すべて自分の中で押し留めていた。
しかし、今やっと違和感に気づくことが出来た。
「高瀬 明宏……」
姉さん――『篠崎 結菜』の名前に変化は一切なく、アドレス帳を開いてみるも親友の名前やクラスメイトの名前に変化はない。
それなのに幼馴染の名前にだけ変化があるなんて不可思議現象が認められるわけがない。絶対にこいつが関与しているはずなんだ。
真実を確かめるためにその人物に会う。
クラスは違うけども、幼馴染ということだけは浸透しているみたいだしいけるだろう。
学校に着くや否や、何人もの生徒達がオレに向かって一斉にお辞儀をしてくる。「お勤めご苦労様です」と言葉を添えて。
何事かと動揺するオレだが、これまでの“優”の生活態度がどのようなものであったかを思い出すと頭が痛くなってきた。
靴を履き替える際に邪魔になるであろうと思った一人の女子生徒がオレからひったくるように鞄を持ち、履き終わると同時に鞄を手渡して来る。自らの仕事は終わったと言わんばかりに小さくお辞儀をし、自分の教室へ戻ろうとする彼女のか細い腕を握り引き止める。
「……そういうの、明日からしなくていいよ」
「えっ?」
オレの台詞を聞いた途端、女子生徒は顔を青くし、周囲にいた生徒達も時が止まったかのように一切の動きを止める。
「な、なぜでしょうか……。わ、私が何か粗相でも」
「あ、いや、そういう意味じゃないんだけどさ。姉に生活態度を改めなさいと言われてね。これからは真面目でいこうと思ってるんだ。だから……」
「何言ってるのよ」
「えっ?」
いきなり低い声を発する女子生徒に戸惑う。
「……今まで好きに生きて、人に迷惑ばかりかけてきたあなたが」
彼女はオレを突き飛ばし、尻餅を着いた“この身体"の首を締めつけるように手を動かす。
「……っ!?」
「あなたが悪いのよ。あなたが、自分勝手に生きてるから」
少女が絞め殺されようとしているのに、誰も助けに来る気配がない。
これが自分主体で行動してきた者の末路なのかな。
少なくともこの身体に閉じ込められてるオレは何も悪くないのにオレが苦しんでる。
……でも、もういいかな。死ねば元に戻るかも知れないし。
死を覚悟した瞬間、涙が零れ落ち、この世界の姉はアブノーマルな趣味を持ってはいるけど、オレと話してくれたなと少し感激した。
元の世界に戻れたら、まともに話してくれないだろうけど、話しかけてみようかな、頑張ってみようかなと思った。
「おい、何やってるんだ!」
誰も助けに来てくれない。その事実を目の当たりにし、死を覚悟していたオレを助けるかのように一人の男子が声を荒げ、首を絞めていた少女とオレを引き離した。
助けてくれた男子の顔を見たオレは、びっくりした。
「……高瀬、明宏」
その人はオレが探していた人間だった。