4話 オレはそんな人、知らない……。
実の姉にペット宣言された後、オレは姉さんに身の振り方を教わっていた。
「いい? 女の子足るもの常に可愛くなくちゃ」
「は、はぁ」
妙に力説する姉に驚愕し、彼女をじっくりと見回してみるが何も変わったことはない。ただ単に豊満な胸を惜しげもなく晒け出していた。
少し言い方が悪かった……。
これだけしか言わなければ、露出癖がある変態みたいだな。少し訂正する。良いことを言ったと言わんばかりに胸を張っていた。
「というわけで、今日から優ちゃんにはこの服を着てもらいます」
オレに気付かれないようにか小さく口角をニヤリと上げて取り出した物は、最悪な代物だった。
白と黒のコントラストが絶妙で、丈の短いスカート、裾には白のふりふりが付けられており、所々に匠の拘りがある最高の一品。
「……メイド服?」
「そう。ちなみにこれもセットね」
服を持った手とは反対の手で、これまた可愛らしい代物がーー。
「こんなの着て、付けれるかー!!」
姉さんが持っていたのは、俗に言う猫耳(+猫尻尾)という物と黒で拵えている首輪……おしゃれに言うならチョーカーだ。
「……いきなり大声をあげないの。女の子でしょ」
「いやいやいや、本当に嫌なものは仕方ないじゃないか」
「着なさい」
「嫌だ」
数十分にも渡る話し合いの末、折れたのは姉さんじゃなく、オレの方だった。いや、折れたと言うよりかは、折られたと言うべきか。
譲る気がないオレを見た姉さんは徐に懐からスマホを取り出し、例の台詞を再生したのだ。
あれを消すまでは、オレは姉さんに対して絶対服従。そうしなければ、あの写真は周囲の男達の元へ届けられるだろう。
「絶対、笑うんじゃねぇぞ!」
似合わないことは百も承知。せめて笑われなかったら、まだ恥ずかしくはないかなと妥協することにした。
「ええ、それと口の悪い妹は嫌いよ」
「っ! わ、わかりましたよ」
姉の教育により、不自然のない女口調が出せるようになった。
元々、篠崎優は気性が荒く、口調は男口調で、かなりの毒舌キャラだったらしい。
クラスメイトからは、その強気な態度を知り、女王様と崇められていたらしいが、それは一部の特殊な性癖を持つ男子からのみ。一部の男子を除く男子と女子からはかなりの批判があり、しかし、相手が悪いため黙っているしかないという恐怖政治のような状態だそうだ。
何故、そんなことを知っているのかと言えば、学校の教師をしている姉さんが優のクラス担任の先生に聞き出したみたい。
「よし。やっぱり言うことを聞かすには脅迫するのが一番よね」
怖いことを言い出す姉を尻目に、着替え始める。
メイド服なんて、一回も着たことがないので四苦八苦しながらも着替えを終える。
「こんなものかな。姉さん、いいよ」
着替えている最中に見るのは嫌だったのか視線を逸らしている姉さんを呼ぶ。
あ、オプションを付けるの忘れてた。付けなきゃいけないんだよね。
猫耳を頭の上に乗せ、サイドに付けられていたピンを留める。ピンで髪の毛を留めることで、猫耳がズレるのを防ぐ効果があるらしい。
そして、猫尻尾をお尻の辺りに付ける。
「……」
「ど、どうかな?」
こちらを見るや否や黙り込んで、だが、きっちりと隅から隅まで舐め回すように体を見回される。
「……好きだ。付き合って」
「はえっ?」
口を開いたと思えば、いきなり告白されました。
相手が実の姉でなければ彼女は美少女だから、了承したのだけど。
「ごめんなさい?」
「やっぱりね。私も言っただけだし、あなたには未来を誓った旦那様がいるものね」
なっ! そんな話、知らないぞ。未来を誓いあった人がいるなんて、まるで男みたいな人だったんだろ。なんでいるんだよ。
「まぁ、男らしい優ちゃんを唯一丸め込むことが出来た人だからね」
最も今の私でも出来るけどね。と軽く自慢するかのように言う姉。しかし姉よ。あなたのは丸め込んでいるんじゃない。ただの脅迫だ。
「……あれ、そんな人いたっけなー」
「嘘言いなさい。知ってるでしょ。あなたの幼馴染で、彼氏の『高瀬 明宏』君を」
「えっ……」
オレの幼馴染に、そんな人はいなかったはずだ。
高瀬の苗字だけで言えば、おかしくはない。オレの幼馴染に『高瀬 明菜』がいるからな。だから、すんなりと受け入れることが可能だが、聞き覚えのない名前だからこそオレの精神が拒否する。
オレはそんな人知らないーー。