2話 ホント、女ってめんどくさいな
女に変えられて五時間が経った今、篠崎優は人生最初の危機を迎えていた。
本当に人生最初かはともかくとして、大ピンチな状況には変わりない。
「……行くしかない、よな」
目の前には「W.C」と書かれているだけという質素な立て札が掛けられている。
何故にオレはトイレに行くのを嫌がるのかと言えばだな。
女の子の秘部を見てしまうことになることが嫌なのだ。男でいた時にしてもそれ関係の話は聞かないようにしていたというのに……。
「し、仕方ない。行くしかないか」
じっとしていたって、尿意がなくなるわけではないし、これから嫌な程見る機会があるかも知れない。
その時も尻込みしていれば、いつまで経っても誰かにしてもらわなければいけなくなる。そんな頼りきりな生活は嫌だ。
それに、出来る限り視界に入れずに速やかに済ませればいいだけの話だ。
「覗きをするわけじゃないんだからさ。うん」
今や自分の体となっているこの体に発情する程、オレは落ちぶれていない。
必死に自分を騙して入室する。
何の変哲もない普通のトイレ、持ち主の生活が几帳面なのだろう。入室した際に履けるようにスリッパが揃えられており、トイレ自体も清潔にされている。おまけにフローラルな香りがする綺麗なトイレだ。
「……て、自分を誤魔化すことも出来ないよな」
まったく別のことを考え落ち着くことが出来なかったオレは仕方なしに今いる場所に関連することを考える。そうすれば、気にすることもないと思ったのだが、人生そう甘くもないらしい。
「全然、気にしてしまってるし」
言語能力も低下してしまっていた。よくわからない言葉が出てくるぐらいにはテンパっているみたいだ。
全然なのか気にしているのか、真相はどちらなのかわからない気分だ。
「オレは見てない、オレは見てない……」
自己暗示を掛け、羞恥心を吹き飛ばす作戦は意外に上手くいったらしい。あまり気にすることなくトイレに入ることも出来たし、用も足せた。
「ホント、女ってめんどくさいな」
だから、女は嫌いなんだよ。と、姉の姿を脳内に浮かび上げながら口遊む。
性格が歪んでいて、おまけに面食いという迷惑極まりない女だ。実際に「かっこいい男、いないの?」とか「◯◯君、かっこいいよね。知り合い? 紹介してよ」と同じ学年なだけの人間を紹介しろと言われても出来ないし、弟に紹介しろと頼むんじゃない。
まぁ、そんなわけで女の子とはあまり関わりなくないと思っていたのに。
自分が女になってしまったら、女の子と話すしか選択肢がない。下手に男と話して勘違いされても困るし。
「ただいまー!」
不意に開いた玄関の扉。
「へっ?」
オレが住んでいる高層マンションの一室にはオレ以外生息していないはず。だが、経った今、誰がが部屋に入室してきた。
オートロックに網膜認証など多彩なセキュリティによって守られている。それを掻い潜ることが出来るということは、オレの知り合いってことだ。
「はろはろー♪ 優ちゃん」
「姉さん!?」
姿が変わりきっているオレを気にせずに普通の挨拶をする姉。
彼女が何故、気にしてないのか気になりつつも姉がここにいる理由がわからなくて動揺を隠せない。
「なんで、姉さんがここにいるのさ!?」