9話 一人暮らしと義妹
陽斗と出会った次の日。
昨日は混乱の中で学校に行くという感じで、あんまり高校生活を楽しめそうにないと思っていたが、昨日の今日で体を蝕んでいた負の感情は全て綺麗サッパリと消え去り、今日は本当の意味で学校生活が楽しめそうだ。
「まぁ、朝からの姉の尋問はうるさかったけどね」
昨日の今日と言えば、姉の態度は変わらなかった。
『優』を大切にしようという意思が強く感じられたので、そこまで強く拒絶はしていないけれども、自分以上に大切にしようと努力する姿勢が感じ取れて、逆にどう接したら良いのかがわからなくなりそう。
「おはよっ、優♪」
「おはよう。亜希」
亜希が住んでいる高層マンションの前を通るちょうどその時に、亜希は出入り口から姿を現し軽く挨拶をする。
ちなみに亜希は既に一人暮らしをしている。
亜希の両親は、全国を股に掛けてた仕事をしておりちまちまと移動しなければいけないらしい。その度に転校手続きや転校となると、更に仕事が増える事になり、亜希は一人暮らしを余儀なくされたと本人は話していた。
この高層マンションはきちんと掃除されている外装やチラッと見えるフロントの豪華さに見合う、高級な物件だ。おそらくオレの住んでいる所よりも一室のお金が多いと思う。
……そう言えば、陽斗は何処に住んでるのだろう。
亜希は一人暮らしで兄の話は一回足りともしてなかったし、その兄は兄で隠し事が多い気がするし。
「ん。どしたの、優?」
「……昨日、亜希のお兄さんに会ったんだけど」
その場で歩みを止めたオレを不信に思ったのか、目前に立ち、心配の面持ちをしていた。
「……あぁ、陽斗ね。ウチのダメ兄貴が何か粗相でもしちゃった?」
亜希が発したその言葉で、彼女に本当に兄がいる事をオレは察した。
陽斗の話をした途端に、何か粗相でもと答える反応速度がとても早く、あの人の性格を知らなければいけないぐらいの速さだった。
「ううん。何でもない」
今、思えば何でキスの話をしなかったのだろうか。あれは間違いなく粗相の括りに入る感じだったのに、何故かオレは言えなかった。
「なになに~? ウチの兄貴に興味があるの~?」
「だから、違うって」
「まぁね。陽斗は無駄にスペックが高いし、ルックスも高いから。お姫様が惚れてしまうのも仕方がないか」
「姫でもないし、陽斗の事、そんな関係で気になってる訳じゃないから!」
「いや、別に陽斗の事、好いてくれていいんだよ」
前々からオレの事を愛的な意味で好いてたのに、自分ではない、それも異性に好いても構わないなんて言うとは予想もしなかった。
ヤンデレの気質がある亜希の事をオレは少し誤解していたかも知れない。結局は本人の意思を優先という心優しい性格を持っていたなんて、ね。
「陽斗と優が彼氏彼女な関係になっても、私は義妹の立場に当たって、結局の所は一緒になるわけだし」
前言撤回。
亜希はヤンデレに違いない。自分の計画のためなら兄すらも利用する気満々だ。
「だから、そんな関係じゃないって」
「またまた~。そんな事言ってさ」
「本当だって!」
必死の弁解も亜希には届かず、否定される。
昨日、陽斗との馴れ初めをキス問題を除いて話す。すると、亜希は驚愕の感情を表に現した。
「……優、ごめん。たぶん、惚れたのはウチの兄の方だ」
「えっ?」
「ウチの兄、色んな女子から誘われる事は多いけど、自分から誘う事はまずない。後、財布の紐がガッチリと締められてて強請る事も出来ないから。でも、優相手に簡単に財布の紐を解くって」
そっか。オレが陽斗に惚れてるんじゃなくて、陽斗がオレに惚れてるのか。
初恋かどうかはわからないけども、陽斗と前のオレは似通った所が色々とあるから、力になってやりたいんだよね。
もしも、オレが一生このままなら、見ず知らずな男子よりは陽斗を選びたいな。何だかんだ言って、頼り甲斐のある人だし。
「……優。恥ずかしいから、ニヤけるのやめて」
「えっ? に、ニヤけてた?」
「うん。バリバリ」
亜希のズバットした一言にノックダウン寸前なオレ。
「まぁまぁ、ウチの兄のスペックが高すぎるから仕方がないよ」
「そだね」
ん? ちょっと待って。
「って、別に陽斗の事を考えてた訳じゃなーい!!」
「あ、バレた」
そういうや否や、学校までの道程を軽く走る亜希を追い掛けるようにオレも走る。
視界の隅に映る桜の花びらが舞い落ち、オレらが走っているのを邪魔するようにも桜の花びらが散り落ちていた。
春の終わりを肌で感じながら、オレはこの華やかで心地の良い一瞬を充分に堪能していた。