4話 逆転現象の前触れ
「はぁ……」
あれから軽い一悶着があったりもしたが、現在は授業時間。特にオレが嫌いだった数学の時間だ。
好きな授業だったのならば、まだ集中する価値はあると思うけど、特に嫌いな数学となれば話は別。担当の先生も嫌いな類の先生だし、何かと理由を付けて生徒をいびるんだからな。裏では金に物を言わせて幼い女子高生を誑かしているんじゃないか。女子との補習の時、下心剥き出しな視線を送られた。などと言った悪い噂ばかりしか聞いた事がない。まさに教科書に載っていそうな生徒に好かれない先生像だ。
前はオレ自身が男だったし、別に気にする必要はないが、今この状態で欠点を取ったら他の女子が言う通りに下心丸見えな視線に晒されるのかな。
(それは嫌だな。普通に)
「……おい、聞いているのか。篠崎」
「へっ?」
嘘……。なんでオレ。
日付的にも当たると計算してなかったから、いきなりの名指しに驚いてしまう。
「この問題を解いてみろと言っているんだ」
先生が指し示した式を視界に入れつつも、結局のところ理解は出来ないのだろうなと諦めていた。しかし、何故かわからないが、理解し、脳内で問題を解く事が出来てしまった。
「答えは(X=-4)ですね」
「せ、正解だ」
今までずっと『篠崎優』は数学が苦手だったのか知らないが、問題の答えを言い放った直後、教室内が騒々しくなった。
これが数学以外だったのであれば、全くもって心外だ、と怒っていたのだろうが、何故、すんなりと答えられたのか、頭の中にすっと数式が浮かび、同時に解が現れたのかが理解出来ない。
性別が変わるという摩訶不思議な体験をした今では、まだ軽いと微かに思ってしまったオレは悪くない。
「……ね、ねぇ、優さん?」
「ん? 何かな? えっと……」
一人、物思いに浸っていると、隣の席の女子が話し掛けてきていた事に気付く。
名前は確か、『植原 恵理奈』だったかな。男の時から変わっていればオレは知らん。
「植原さん、だったかな?」
「覚えてくれたんですね!」
「あ、あぁ」
授業中であるにも関わらず高いテンションを保つ植原さんに少々呆れてしまい引いてしまった。
男時代から騒がしい人や考えが読めない人が苦手なのは変わらないな。
今、認識出来ているのは、苦手科目である数学が得意になっている事。というか、簡単に解けるようになっている事実のみ。後は、意外に“俺"好みな顔付きをしている事ぐらいだ。オレの顔が……。
決して自分の顔が良いと言っているわけではない。今の顔付きの女子がクラスに入れば絶対に声を掛けていただろうという事だ。
「まぁ、なんつーか、衝撃的な自己紹介だったからな」
この子、『植原 恵理奈』は入学初日に行われた自己紹介の際、独特且つ印象的な発表をしていた。
クラスメイトに何人も男子がいるのに、身長や体重、スリーサイズなどを暴露したのだ。
その後、副担任の女教師によってこってりと絞られたみたいだが。その際の印象が今も頭の中に残っているので、良い意味で忘れられないクラスメイトの一人だ。
何のために身体的特徴を発表したのか真相は未だに不明だし、深入りしたくない未知の世界なので、身を引く男子生徒が大半になる。
「あ、あれは忘れて! 友人に騙されたの」
あたふたと手を振り、脳内に浮かんだ恥ずかしい黒歴史を消し去ろうとしているのか。まぁ、何にせよ。今、手を大きく振るのは得策ではないな。
「……では、この問題を手をブンブンと振っている植原に解いてもらおうか」
「えっ?」
ほら、ね。
あんなにも大きく手を振っていたら、先生も当てずにはいられないだろ。話を聞かずに隣の生徒と話しているのが丸分かりなのだから。
本当に答えが出ない時は助けてあげようかな……。
そう思いながら、急に当てられて動揺している植原を観察する事にした。