3話 幼馴染の襲来
翌日。
オレは何事もなく学校へ登校しようとしていた。昨日、現状が理解出来ず錯乱したオレだったが、一晩経てば意外と受け入れられるんだな、人間って。と、人間の精神力の高さに感心する。
だが、さすがにまだ慣れないものがある。
袖を通したのは今日が初めてとなるが、学校の制服を着用することだ。
今まで来ていた男子用のブレザーではないことが、こんなにも自身に羞恥をもたらすとは思いもしなかった。
どうしようもないけれど、何もしないよりは元に戻るキッカケを掴めるよう足掻いてやろうと熟考した末の答え。しかし、今にしてみれば、他にもやりかたはあっただろうと後悔の念が残る。
「……それに、オレをこの体にした黒幕が見つかるかも知れないからな」
今も普通に歩いているほぼ無関係な他人がオレの性別を変えるなんて事はありえない。少なくともオレの性別を変える必要がまったくないからだ。
要するにオレが言いたいのは、オレと関わり合いがあり、尚且つ、オレに負の感情を抱いているということ。負の感情の例を挙げると、『嫉妬』、『妬み』、『恨み』などがあるが、オレ自身には思い当たる節がない。
オレの知らないところで、誰かを苦しめていたのかも知れないが、本人に自覚がない以上、目標を見つけるためには自分自身を餌とし、獲物を見つける他ない。
「誰か知らないけど、オレをこんな体にした理由、吐いてもらうぜ」
男から女に性転換させた手法はまだ理解し切れていないし、許容する術も持っていない。しかし、誰が、何のために、ぐらいの情報は得たい。
◇
「おはようございます。篠崎さん」
「え、えぇ、おはようございます」
本日何度目の驚愕だろうか。途中から数えるのが嫌になったので、正確な数字を出すのは不可能だ。
今回、オレが驚いている理由は、オレに挨拶してくる人、全員がオレを女と見なしていることだ。
(犯人がオレの性別が女であると教えたのか。或いは、人間の思考では追い付けない出来事が発生して、それがこの結果に辿り着いたのか)
真実は未だにわかりそうにない。
一つだけ、解った事があるとするならば、それは……。
犯人はオレに対して何らかの感情を抱いているという、前提条件だけだった。
それが負の感情なのか、正の感情なのかはまだ解りそうにない。犯人を絞り込むまでにはいけたのだけどね。
思考を整理しながら歩き続けていると、いつの間にか教室の前へと到着していた。
そんなオレの行く手を阻むように立ち塞がる生徒がいた。
「あ、おはよう!」
「え、あ、あぁ、おはよ……」
『高瀬 亜希』。
オレの唯一の幼馴染であり、色々と世話を焼いてくれるお節介で、口煩い一面もあるが、とても可愛らしい女の子。である事は間違いない。
「なんか、ちょっと他人行儀じゃない? もっと親しみを込めてくれても」
どうやら、オレの幼馴染さんは動揺し、詰まってしまった挨拶を他人行儀っぽいと判断したようだ。
まぁ、事実、少し距離を離すように話す事を心掛けてはいたけども、たかが挨拶でバレてしまうとは思いもしなかった。
「そ、そうかな? 別に普通だと思うけど」
「うんにゃ、絶対に違う」
うんにゃ。って何て返事だよ。と内心、ツッコミを入れつつ、現状を把握する事に徹した。
この世界では、認めるのも癪だが、『篠崎優斗』は女となり『篠崎優』として存在している。絶対にそうはならないと考えてはいるのだけど、僅かながらにも可能性が秘められているので、警戒を続行する。
そう、彼女こと『高瀬亜希』は前世ーー『篠崎優斗』に好意を抱いていた。
それが学生に置ける恋ならば、オレも警戒心を剥き出しにせずお付き合いを初めていた。しかし、彼女の“それ"は異常なのだ。
勝手に携帯を覗いては、女の子関係のアドレスや記念写真、メールや通話の履歴すらも消されてしまっていた。
ここまで話せば、大方の事情は察知出来るだろう。彼女はヤンデレという類の人間だ。それも、彼氏でもない、ただの幼馴染に仕掛ける程の。
普通の男子高校生には理解出来るはずだ。いくら可愛くても、そいつが重度のヤンデレ少女なら付き合いたいとは思うまい。
「……ま、いいや。こうやって一緒にいられるだけ幸せだし♪」
周囲にハートマークを振りまいているのかという錯覚に陥るぐらい幸せオーラを漂わせ、オレの腕にしがみ付いて来る亜希。
教室にいる生徒や隣を通行する女生徒などから注目の視線を浴びる。
その目に映るのは、まるでカップルのようにくっ付くオレ達の姿。だが、奥底に秘められているのは、間違いなく好奇な感情だろう。
「はいはい……」
所構わず引っ付く亜希を無理矢理突き放す事も出来ず、そのまま席に向かう事にした。
いつしか飽きれば離れ行くだろうと、今の現状を楽観視しながら。
でも、どうしてかな。今までは恐怖しかなかったのだが、今は安心感しか得られない。
ただ……、他人の目がある場所で、見せびらかすように抱き付いてくるのは控えて欲しいな。