2話 男であるオレ
キリの良いところまでの間の話です。
「……で、なんで急にオレは男だ。なんておかしなことを言い出したのよ」
「おかしくなんてないっ!」
まるでオレが狂言を吐いているという意味を込めながら言葉を発した姉に対して、抗議の声を挙げるが、まったく聞く耳は持たないだろう。
はいはい……。と、流されている感じがした。
何を言ってもまともに聞いてもらえない。本当のことを言っているのに無視される。
「オレは、男だ。その記憶もあるし、今まで男として生きてきたんだから」
「それは認めてあげるわ。男として育てられてきたのは、また事実。だけど、今のアンタは違う」
「違くない!!」
マヤカシの言葉に誤魔化され、本来の生き方を忘れ去られそうになり、頭を抑えて姉の言葉を脳内から振り落とす。
オレは男だ。女なんて軟弱な生き物じゃない。
これまでに幾度の喧嘩を経験したし、こちらが一人に対して、大人数の不良を倒したこともあった。そんな強い人間が女なわけないじゃないか。
「……そうだ。そうに決まってる」
思考を纏めていると、あることに気付いた。
「姉さんは、オレを洗脳しようとしてるんだ。絶対、そうだ」
「……優」
「オレはもう、騙されないぞ。今思えば、いつもそうだ。何度も何度も弟のオレを騙して、一人楽しんでいた」
いかにも本当のように演技しながら言うので、小さいオレはそれが嘘とは知らずに実行し、大恥をいつもかいていた。
今回もそうに決まってる。
オレが女だという幻想を抱かせて、些細な悪戯から大規模な悪戯を実行させるつもりだろう。
「アンタはいつもいつも……」
積もりに積もった気持ちを発散させるように一気に姉に向かって放出する。
しかし、暴露しょうとした瞬間、他でもない姉の手によって途切れさせられた。
「ごめんね。いつも変なことをやらせてしまって。でも、これだけは信じて。私はあなたの幸せを願っているから」
母親が赤ちゃんを撫でるときのような優しさで、そっと頭を撫でられたオレは怒りを内に仕舞った。
まだ素直に姉を信じることは出来ない。けれども、これから先、オレが不幸になるかも知れない。そう思って、あの言葉を言った。そう思い込むことにした。
あれから数分後。
オレに言いたいことだけは言い終えたのだろう。すぐに空き部屋へと戻っていった。だが、オレが知っている空き部屋の扉には『ゆいな』と可愛らしい文字で書かれている立て札が掛けられており、姉の自室となっていた。
(……姉さん。ごめん)
姉はオレを度々おちょくったりもするが、大切なことだけはきちんとオレのことを優先してくれる。そんな心配性な姉をオレは拒絶してしまったんだ。
いきなり性別が転換してしまって、オレの脳が混乱していたのは自身が一番わかっているのだが、だからと言って、唯一の姉を拒絶することが許されるとは思わない。
姉さんがいる部屋へと入る扉にゆっくりと額を当てながら、心の中でひたすらに謝る。
何度も、何度も……。
してしまったことを悔いるように、オレが自分を許せるようになるまで。