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雨の日の出会い

作者: 紅の玄人

 雨の日の午後。コンクリートの濡れた、形容しがたい嫌な臭いが立ち込めるような蒸し暑い日。


「ファイトー!」


 静閑な広々とした体育館に部員たちの擦れた、やや高めの声が響く。

 今日は女子バレーボール部以外に体育館で活動している部活はない。なので、いつもは四分の一程度の範囲しか使えない体育館が、今日はとても広く使える。といっても、全体を使うほどの部員数もいないので、半分は使っていない。

 ふと体育館の入口に目をやると、白いユニフォームを着た……野球部の人が立っている。彼は小走りで一番近くにいた私の方へやってきた。


「すいません、顧問の先生はいますか?」


「あ、今日山本先生は出張でいないです」


 彼のことは知っている。野球部の主将を務めている高橋拓馬だ。同じクラスになったことはないし、話したこともない。


「じゃあ、キャプテンはいますか?」


「えと、私です」


 今話している相手がキャプテンだったことを知ると、彼は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「えーと、体育館空いてたら半分使わせてもらいたいんだけどいいかな? 雨降っちゃったから筋トレだけでもやっておきたくて」


 普段から体育館でしか練習をしていないので、部活に際しては雨が不便だと思ったことはない。なので外で活動する部活は雨が降ると、そんな不便があるのかと実感した。幸い、今日は体育館は空いている。


「あっ、はい! いいですよ。そっち半分は使わないのでどうぞ」


 彼はぱぁっと笑顔になり、私にお礼を言うと勢い良く体育館を飛び出していった。

 数分後、上下白いユニフォームを来た人や、ノースリーブのアンダーシャツ姿の人など、三〇人ほどの野球部員が体育館にやってきた。しゃす! とかなんとか、元気のいい挨拶を体育館にして続々と入ってくる。


「腕立て行きまーす! いち、にぃ……」


 さっき会った時はどこか頼りない印象だった高橋くんは、まるで別人のようにはきはきとしている。

 きっと野球が好きだから、練習に嘘をつきたくないんだな。と、勝手に納得していた。


◇◆◇◆◇◆


 練習も終わり、今は体育館にある部室で一人携帯の画面とにらめっこしている。

 練習が終わっても、キャプテンである私は十九時までは部室に残り、部員全員が帰宅したことを顧問の山本先生に伝えなければならない。携帯のデジタル表示時計が18:59から19:00に変わった瞬間に先生への報告を済ませる。

 部室に鍵をかけて、体育館入口を向くと、とっくに練習を切り上げて帰ったはずの野球部員。高橋くんがそこに立っていた。


「あれ? 高橋くん?」


「部長さん……」


 部長さん……。私は彼の名前を知っていたが、どうやら彼は私の名前を知らないらしい。訊かれてもいないので、名乗るのはやめておく。


「野球部はもうとっくに練習あがったと思ってたよ。何か忘れ物とか?」


 差し障りのないことを訊いたつもりだったが、彼は目を泳がせて口籠もった。あれ? と思ったが、ややあって彼が口を開いた。


「忘れ物、ていうか……あっそうだ。よかったら途中まで一緒に帰らない?」


「え? あ、うん。いいけど……」


 よくわからないが、どうせ一人で帰るはずだったのだ。一緒に帰ったほうが、会話もできるし友達になれるかもしれない。

 電気を消して、二人で体育館を後にする。

 

「そっかぁ、部長だと最後まで残って報告しなきゃいけないんだ。大変だね」


 二人並んで駅までの道を歩く。裏道の坂道を下りながらの会話。


「高橋くんだって部長でしょ? 人数も多いしたいへんでしょ?」


「俺なんか全然だよ。ところで……名前いいかな?」


「あっ、うん。柴由紀です。ちなみに六組」


「柴さん……ごめんね、俺女子の友達少なくてさ」


「ううん、全然。私もそんなに男子としゃべらないし」


 高橋くんは私よりも五センチくらい背が低い。というよりは私が高い。女の子なのに一七二センチもある。本当なら一六五センチは超えたくなかった。

 彼の坊主頭を見ながらそんなことを考えていると、唐突に質問が飛んできた。


「柴さんは、今付き合ってる人いるのかな?」


「えっ!?」


 予期せぬ質問に思わず声が裏返ってしまう。ただでさえハスキーボイスなのに、裏返ったら声になっていない。自分の声に思わず笑ってしまう。


「いるのかい?」


「いないよ、私なんかにいるわけないじゃん」


「そうなんだ、柴さん素敵な人だからいるのかと思った」


 笑いながら否定した私に、高橋くんは真顔でそんなことを言う。おかしかった気持ちが急にどこかへいってしまい、代わりに恥ずかしいようなむずがゆい感情が沸き上がってきた。


「いや……た、高橋くんこそ付き合ってる子いないの?」


「俺なんかにいるわけないって」


「そうなの? 野球部のキャプテンだし、女の子からも声掛けられてそうだけど」


 何だろう? 心臓が凄く速く脈打ってる。何? なんでこんなにどきどきしてるの?

 急に彼より背が高いことが気になりだして、彼より少し前を歩いて傾斜を利用してちょっとでも背を低く見せようとしてみる。

 間の悪い沈黙が流れる。普段の私なら会話が途切れることなんてそうないのに。


「柴さん」


「何?」


「来週の日曜、野球部は部活休みなんだけど、バレー部も休みなんだってね。だから、よかったらその日遊べないかな?」


「……うーんと」


 この誘いに心臓はもう一段階ピッチを上げた。後ろを振り向かず、濁すように語尾を伸ばす。すると、後ろから左肩を優しく掴まれた。

 振り返ったが、顔が熱くなっていて上げることができない。夜だから赤くなっていることは気付かないかもしれないけど、彼の顔を見れなかった。


「駄目かい?」


「いや、えと、いいよ」


 彼が本当に女友達が少ないのかはわからないが、私にしてみればこんなお誘いは初めてだ。


「本当に? ありがとう!」


 ちらっと顔を見やると、先ほども見た、ぱぁっと眩しい笑顔がそこにある。

 短いはずの駅までの道のりがとても長く感じたが、ようやく駅に着く。ホームを抜け階段を上る時も、私は彼より一段下からだった。

 ……うん、このくらいがちょうどいいかも。とか思ったり。こんな女の子な気持ち初めてかも。


「じゃあ、柴さん。またね」


「うん、ばいばい」


 電車に揺られて二駅目。高橋くんは降りていった。

 ドア際に立った私は窓に映る、あまり化粧を施していない自分の顔を見て思った。

 日曜日はもう少し頑張らないとな。それともう一つ。日曜日は、ヒール履けないなって。










お読み下さり、ありがとうございます。

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