「お前はもう追放だ!」と勇者パーティを追い出された限界社畜のサポーター。絶対に復讐してやる!と誓ってギルドへ向かったら、なぜか街を挙げての極上エステと三ツ星グルメで堕落させられています。
「お前はもう追放だ!ザック、パーティから出て行ってくれ」
魔王領の手前にある、凍てつくような最前線の中継拠点。
勇者アーサーは、氷のように冷たい目で俺を見下ろした。
その後ろでは、いつもやかましい聖女マリアも、クールな剣士レオンも、なぜか気まずそうに目を逸らして俯いている。
「……は?俺が追放?ふざけるな!」
俺の職業は『万能付与術師兼・荷物持ち』。
だが実際の業務内容は、そんな生易しいものではない。
朝4時に起床して全員の武器を研ぎ上げ、栄養満点の朝食を作り、未踏破ダンジョンのマッピングをしてリスクを計算、戦闘中は1秒単位で前衛の動きを予測して全属性バフを更新。夜は仲間のテーピングをして、皆がいびきをかいて寝た後に徹夜でポーションを調合する。
睡眠時間は1日平均3時間。
文字通り血反吐を吐きながら、このパーティの裏方すべてを回してきた限界社畜だ。俺の徹底した管理がなければ、敵の策略も見抜けず、罠に突っ込んですぐ自滅するはずだ!
「これは餞別の小切手だ。これを持って、南の都市『ラヴェンザ』に行け!ギルドで換金できるはずだ。お前の道具類も、昨日、お前が寝落ちしてる間に送っておいた」
アーサーは、わずかに指先を震わせながら、一枚の紙切れを俺の足元に投げつけた。俺は、怒りで頭をたぎらせて、いまいましくそれを拾い上げ、ポケットにねじ込んだ。
知らない間に荷物まで送って、追放する気満々かよ!
……絶対に許さない!俺のバフに頼り切っていたポンコツ共め。
復讐してやる!絶対だ!
あいつらが魔王軍にボコボコにされて這いつくばった時、高みの見物で、悪態つきながら鼻で笑ってやる!
悔しさで涙があふれてくる。
俺は泣き顔を見せないよう振り向くと、一人で歩き出した。
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数日後。俺は大陸一のリゾート地と名高い、保養都市ラヴェンザの『冒険者ギルド兼ホテル』の扉を蹴り開けた。まずはこの小切手を換金し、裏ギルドを立ち上げて勇者たちの補給線を断つ!
「おい受付!!この小切手の換金と、俺の預けてある荷物を――」
「おおおお!ザック様ですな!よくぞ、よくぞお越しくださいました!」
カウンターの奥から、ギルド長が揉み手で飛んできた。その後ろには、なぜかズラリと並んだメイド服の女性たちや、コック帽を被った男たちが控えている。なんだ?嫌な予感がする。
「いやぁ、大変だったでしょう。……勇者に追放されたと聞いています。あのポンコツ勇者どもめ!ザック様、気に病むことはありません。あのパーティが、あなたの絶え間ないサポートと徹夜の管理で成り立っていたことくらい、私にはお見通しです!」
「えっ?あ、ああ、わかってるじゃないか」
褒められるのは慣れてない、でも少しいい気分だ。
突然のヨイショに面食らう俺に、ギルド長はニヤリと笑いかけた。
「そこでご提案です!あなたがフリーになったと聞きまして、今後は我がギルドの仕事をぜひ引き受けていただきたい!見たところ、ずいぶんお疲れのご様子!まずは、ゆっくり休める環境をご用意いたします!このおもてなしは、来たる仕事に備える『先行投資(接待)』です。お代など一切不要!すべてこちらで手配いたします。どうか長年の過労を癒やし、万全の状態になってから契約書にサインをお願いします!」
なるほど。ギルド長は俺の「真の価値」を完全に理解しているようだ。
いいだろう!この『接待』を存分に利用し、フル回復した状態で勇者たちを物理的・経済的にぶっ潰してやる!
「……お客様!眉間にシワが寄っております!お肌に悪いですわ!」
「わっ、ちょっと待て!俺は復讐の計画を立てるために、まずは紙とペンを――」
「いけません!お客様のその尊い手は“休ませて整える”べきです!さあ、まずは『サキュバス流・強制脱力アロママッサージ』へ!」
先頭の屈強なメイドたちに両脇を抱えられ、俺は抵抗する間もなく、強制的に奥のVIPルームへ連行された。
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【滞在1日目:アロママッサージ接待と、世界名産グルメの洪水】
数時間後。俺は最高級のシルクのバスローブを羽織り、ふかふかのソファで呆然としていた。
なんだこの天国は。
長年の野宿と重労働でバキバキだった俺の身体は、凄腕のエステティシャンたちによって骨の髄まで解きほぐされ、羽が生えたように軽い。
施術の布陣が明らかに総力戦、各分野のスペシャリストが集結したドリームチームだった。
まずサキュバス流のアロマが、俺の神経を問答無用で“脱力モード”に切り替える。
次にエルフの指が、リンパと魔力の滞りを吸い出すように流し、体内の“疲労の澱”を掃除していく。
さらにホビットの骨格師が、筋膜と関節の噛み合わせを一箇所ずつ調整し、歪みを正す。
仕上げに獣人の反射師が、“反射のスイッチ”を叩いて筋肉の出力を整え、最後に聖刻特Aクラスの治癒術師が「魔法は最小限で」と言いながら微細な修復だけを施す。
反動の大きい手法、「回復魔法で一気に戻す」のではない。「働きすぎで壊れた身体を、正しく組み直す」、そんな感じだ。
これは...、効く!
「お客様、呼吸が浅いです。吸って……吐いて……はい、次。眉間に力が入ってます」
「いや、だって……復讐の計画が……」
「計画は逃げません。まずはあなたの身体を完璧に。そうすればより精度の高い復讐ができるというものです」
「それは確かに」
俺は妙に納得してしまった。
しかし、これはたまらん!
ガサガサだった肌はツヤツヤ。血色は戻り、指先まで温かい。目の下のクマが薄れ、視界がやけに明るい。
至高の施術が終わったと思ったら、見上げるほど高いコック帽を被ったシェフが、ぬうっと目の前に現れた。
「準備はできております、こちらへどうぞ」
準備って何だよ!食堂へ案内され、ついて行く。
目の前のテーブルに並べられていたのは、三ツ星シェフが作った『幻のミノタウロステーキ』をはじめ、大陸各地の名産が、まるで「回復アイテムの展示会」みたいにズラリと並んでいた。
北方雪原産《氷紋牛》の炭火ステーキ。
砂漠都市の《太陽羊》を薬草と果実で煮込んだ滋養スープ。
海都直送《深海マグロ》の香草カルパッチョと、潮の香りの塩。
樹海の《世界樹きのこ》の濃厚ポタージュ。
天空牧場の《雲卵》の半熟オムレツ。
火山帯《黒曜豚》の燻製と、辛味の効いた溶岩胡椒。
辺境修道院の《回復蜂蜜》を使った焼き菓子。
さらに胃を整える薬草のピクルス、喉を潤す果実水、年代物のワイン、そして疲労の深層に効くと噂の“薄い薬酒”まで。
「くそっ、これはギルド長の罠か……俺を骨抜きにして、ただ働きさせる気かっ!その手には乗らないぞ!(モグモグ)美味ァッ!?うますぎる!!」
口に入れた瞬間、肉が溶けた。徹夜でかじっていた携帯食料の干し肉とは次元が違う。俺は涙を流しながらステーキを平らげ、あれよあれよという間に名産料理の皿が空になっていく。
……やばい。完全に流されている。
満腹になって幸せな気分でまどろんでいると、椅子ごと部屋に運ばれて、心地よい子守歌が聞こえてくる。そして俺は用意されていた最高級の羽毛布団に放り込まれ、泥のように眠った。
――深夜。ふと目が覚めた。豪奢な天蓋付きベッド。静かな波音。枕が甘い香り。俺は上体を起こし、両手で顔を叩いた。
「……はっ!!俺はなにをやってる!?復讐の鬼になるつもりだったのに、初日から極上エステと世界名産フルコースで……完全に堕落させられている!!」
悔しさで歯を食いしばる。しかし、身体が軽すぎて怒りが長続きしない。
「……くそ……明日こそ……」
そう呟いた瞬間、羽毛布団が俺を抱きしめた。俺は抗う間もなく、再び意識を落とした。
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【滞在2日目:情報屋と高級ラウンジ?】
翌朝、俺は14時間の爆睡から目覚めた。もう昼前だ、信じられない。日が昇ってから起きるなんて何年ぶりだ。
いや、いかん!
今日こそ復讐のために動かねば。
俺はギルド宿を抜け、港に近い町の酒場へ向かった。
荒くれ者が集まり、裏の情報屋が出入りする――そういう噂の怪しい酒場だ。そこは昼でも薄暗い。
潮と酒と、汗と鉄の匂い。俺がカウンターに銀貨を置くと、バーテンが無言で視線を奥へ送った。隅の席に、フードの男。俺を見るなり、口元だけで笑った。
「……ケケケ。追放されたサポーターだな、話は聞いてる。目がギラついてる。復讐の匂いがするぞ」
「情報屋だな。勇者パーティを破滅させたい、裏の情報を調べたい」
「ケケケ……いいねぇ。だが、ここじゃ耳が多すぎる」
男は顎で外を示した。
「それは……場所を変えて、こっそり話さないとな。来い」
俺は警戒しながら後についていった。路地、階段、裏通り――秘密のアジトか?用心しないと。そして辿り着いたのは、眩しいほど上品な建物だった。ーー高級ラウンジ。
「……は?」
扉が開き、柔らかい大人の香りと、静かな笑い声が流れ出す。一流ホステスが自然に席へ導き、指先だけで氷を鳴らす。酒が出る。年代物の蒸留酒、花の香りの果実酒、魔力循環を整えるハーブカクテル。おつまみも豪華だ。干し魔獣肉の薄切り、熟成チーズ、香草ナッツ、燻製貝、魚卵の塩漬け、胃を整える薬草ピクルス。
「……で?情報は」
「焦るな。ケケケ。頭を回すには、リラックス。まず酒だ」
いつの間にか、フルーツまで出てきた。
星彩ベリー、玻璃ブドウ、紅涙チェリー、霜花モモ、蜜鎧リンゴ、琥珀プラム。
これ、俺でも知ってる、超希少フルーツだぞ!貴族でもなかなか手に入らないと聞く。
(モグモグ)
んーーーーーっ!この酸味、美味すぎる(泣)。
俺は自分の手ををつねり、現実に戻ろうとする。地図を広げ、勇者パーティの補給線を断つポイントを探し、裏ギルドの立ち上げ構想を組み立てようとする。……が。
「お客様、肩が上がっております。深呼吸を」
「いや、今は計画が――」
「計画より先に、あなたの自律神経が死んでます」
ちょっと待て。なんだこのラウンジ、接待のプロが揃いすぎだろ。
「……おかしい。話が進んでない」
「進んでるさ.ケケケ。まず君が元気になることだ。復讐は逃げない」
そのまま俺は、源泉掛け流しの絶景露天風呂に沈められた。夜風が気持ちよすぎて、思考が溶ける。
――夜。ギルド宿の部屋。
俺はベッドに腰掛け、そのまま眠りに落ちようとして、正気に戻った。
「……はっ!!俺はなにをやってる!?情報屋に会って復讐の計画を練るはずが、高級ラウンジで酒とおつまみと一流ホステス!?それに露天風呂!俺は復讐の鬼だぞ!!」
叫んだ直後、腹が満ち足りていることに気づいてしまい、情けなくなる。俺は枕を掴み、顔に押し当てた。
「……明日こそ……!」
そして、ベッドが柔らかすぎた。俺は、負けた。
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【滞在3日目:武器屋で“手のお手入れ”+高級スイーツ大行列】
追放3日目。俺は己の堕落ぶりに危機感を覚えた。
「だめだ!身体がなまりきっている。まずはドワーフの武器屋へ行き、重い剣でみっちり稽古して、体を鍛え直すぞ!」
俺は勇んで武器屋の扉をくぐった。
「いらっしゃいませぇ!お待ちしておりました!」
「おっ、親父!一番重い大剣を――って、なんで武器屋にネイリストがいるんだ!?」
そこには「ネイルサービス中」の看板が。ドワーフの親父が、渋い顔で腕を組む。
「武器を握る前に手だ」
「……は?」
「柄を握るのは手だろうが。荒れてりゃ感覚が鈍る。豆が潰れりゃ戦闘どころじゃねぇ。握力が戻らなきゃ、重い剣も振れん。そうだろ?まず整えろ。職人の常識だ」
……くそっ。論理で殴ってくるな。正しいじゃねぇか。
屈強なドワーフの親父と爪のプロフェッショナルのエルフたちに囲まれ、俺の手に徹底的なネイルケアとハンドマッサージが始まった。角質を落とし、保湿を入れ、腱をほぐし、指先の血流を戻す。終わったころには、指が軽い。握り込みが深い。感覚が冴える。
「よし、これで大剣を――」
俺の右手に握らされたのは、重い大剣ではなく――巨大なパフェだった。
「……親父?」
「糖は集中力を上げる。生クリームは心を回復させる。完璧だろ」
「合理性で堕落させるな!」
しかもパフェだけじゃない。テーブルの端から端まで、高級スイーツの大行列。宝石菓子、樹蜜タルト、回復蜂蜜のフィナンシェ、香草プリン、果実氷、酒粕ショコラ、ナッツの砂糖がけ、クリームたっぷりのシュー。まるで「甘味でHPを削り取る罠」だ。
「くそっ!俺の手は勇者をぶっ潰す剣術を磨くための……(モグモグ)パフェ美味ぇっ!!なんだこのフッワフワに、優しいあまみ!こんなの食べたことない!!」
俺は涙目で完食した。やばい。完全に“仕上がって”きている。
――夜。ギルド宿の部屋。
俺は机に向かい、紙とペンを掴んだ。今度こそ計画を練る!練るんだ!練る――ねる――寝る――。
「……はっ!!」
突然、俺は顔を上げた。
「俺はなにをやってる!?剣で鍛え直すはずが、手のケアと高級スイーツで……。復讐の鬼になるはずが、甘味の奴隷になっている!!」
焦って立ち上がる。だが、手がしっとりしていて気分が良すぎる。復讐心がさっぱりわいてこない。最悪だ。
「……明日こそ……!」
俺はそう言いながら、ベッドに倒れ込んだ。そして、秒で寝た。
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【滞在4日目:魔力圧縮の訓練とヨガ+ツボ師の沼】
追放4日目。俺はもはや街に出ることを諦めた。誰かに会って、もてなされるのが怖い。
宿の裏庭で、せめて筋トレと魔力圧縮の訓練だけでもしよう。朝靄の中、俺が腕立て伏せの姿勢をとった瞬間だった。
「はい、そこまでー。筋肉に無理な負荷をかけてはいけませーん」
「なっ、なんだお前は!」
「私はギルド長から派遣された、専属のヨガインストラクターです。……そしてこちら、ツボ師の皆さまです!」
見れば、ヨガインストラクターがずらり。ツボ師もずらり。何人いるんだ。軍隊か。
「さあ、深い深呼吸とともにマイナスイオンを取り込み、自律神経を整えましょう〜」
「いや、俺は筋トレと魔力圧縮を――」
「そのためです。整ってない身体で圧縮すると、逆効果しかありません!まず土台!」
ヒーリングミュージックの魔法が流れる中、俺は気づけばヨガマットの上で『屍のポーズ』をとらされていた。ツボ師が、背中、首、前腕、足裏を正確に押してくる。痛い……と思った瞬間、そこの”詰まり”が抜ける。魔力がスッと流れる感覚。
「お客様、肩甲骨が固いです。ここ、いきますね」
「ぐっ……!そこ……!そこは……!」
「はい、通りました。今のが“通る”ってことです」
「何がだよ……!でも気持ちいぃぃ~」
次は“動く瞑想”。ゆっくり動いているのに、身体の芯が熱くなる。力んでないのに、出力が上がる。回復と強化が同時進行している。
「そのまま、深い眠りへ……」
「だっ、だめだ……俺は復讐を……魔力を……スゥ……」
俺はマイナスイオンの海に溺れ、そのまま夕方まで、芝生の上に用意された極上のマットの上で熟睡してしまった。
――夜。ギルド宿の部屋。
俺は立ち上がり、拳を握り、鏡を睨んだ。
「……はっ!!俺はなにをやってる!?復讐のために鍛えるつもりが、ヨガとツボで気持ちよくなって回復して寝てるだけじゃねぇか!恐ろしいまでにリラックスさせられている!!」
叫び終えた瞬間、身体が軽すぎて笑いそうになった。俺は歯を食いしばってベッドに倒れ、意識を手放した。
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「……ふざけるな。絶対に裏がある」
滞在5日目は部屋にこもる。カジノツアーどうですか?という誘いがあったが、これ以上の堕落は危険と判断、部屋で休んだ。この日は部屋でくつろぐことで、完全に疲労が抜けきり、俺のHP・MPは過去最大級の数値を叩き出していた。
俺は、夜についに行動を起こした。ギルド長の晩酌の酒にこっそり睡眠ハーブを混ぜ込み、ギルド長が落ちたスキに、部屋に忍び込んだ。
これだな!極秘の金庫。荷物持ちの必須スキル「ピッキング」でやすやす鍵が開く。
中には、いくつものファイルおさめられていたが、一つのタイトルが目に留まる。『【極秘】ザック様・強制疲労回復プロジェクト業務日報』。
「……なんだ、これ?」
ページをめくるとそこには、あの日突きつけられた『餞別の小切手』の換金証明書が挟まっている。
その額面なんと16万G!
勇者パーティの全共有財産の8割(1年は遊んで暮らせる額)に相当する。
次のページには信じられない文字が並んでいた。
★★★★★
[[プロジェクト概要]
聖女マリア様の判定によると、ザック様は疲労蓄積が限界で過労死寸前。
にもかかわらず休むことがない。休暇を与えても、寝ずにすぐ仕事に戻ろうとする。
やむを得ず、追放を演出し、当都市で強制回復を実施するものである。
総費用20万G。
うち16万Gは小切手で充当。
不足分4万Gのうち、2万Gは勇者アーサー様負担。
残り2万Gは聖女マリア様、剣士レオン様がそれぞれ半分の1万Gずつ負担。
★★★★★
「は……?」
さらに、ギルドの経費だと思っていた「接待費」の本当の請求先の詳細が綴られている。
『聖女マリア様:個人の貯金を全額引き出し。不足分はご実家の領地の権利書を担保として融資』
『剣士レオン様:代々伝わる国宝級の魔剣を担保として融資』
『勇者アーサー様:他ギルドでの借入残高が過剰、信用不足のため借入拒絶。魔界金融をご紹介。条件:トイチ(十日で一割)。返済方式:リボ(毎月定額払い)』
……は?トイチ!?
トイチってのは――十日で一割。短い期間で利息がガンガン積み上がる、あの“やっちゃいけない借り方”だ。しかもリボ。定額で安心っぽい顔して、元本が減りにくい、地味に一番苦しい返し方。
なにやってんだよ!みんな!
特にアーサー!!
俺は絶句した。
俺がこの街で受けていた極上のおもてなしは、ギルドの経費でもなんでもない。すべてアイツらが、身を削り、借金をしてまで手配したものだったのだ。
その時、机の上にあったギルド長の通信魔石が淡く光った。
『……ギルド長、応答してくれ。アーサーだ。定時報告の時間だ』
魔石から聞こえてきたのは、息も絶え絶えの勇者の声だった。背景には、魔物の咆咆と、激しい剣戟の音が聞こえる。
『ザックは……あいつはちゃんと、寝てるか?』
俺は息を呑み、咄嗟にギルド長のふりをして「……ああ。爆睡してる」と低い声で答えた。
『そうか……よかった。あいつ、1日1時間しか寝ないバカなワーカーホリックだからな……。俺たちが心を鬼にして追放しないと、絶対に過労死してた……』
魔石越しに、聖女の笑い声が混じる。
『ふふっ……私たちの借金、無駄にならなくてよかったですわ……!さあアーサー、レオン!ザックがいない分、私たちが死ぬ気で魔王軍を食い止め――きゃああっ!』
通信が乱れ、激しい爆発音が響く。
『……ザックのこと頼んだぞ。ゆっくり休ませてやってくれ』
プツン、と通信が切れた。静まり返ったギルド長の部屋で、俺は分厚いファイルを握りしめていた。……バカ野郎。借金まみれになってまで、サポーター一人に『有給休暇』を取らせる勇者パーティがあるかよ。しかもアーサー、見栄張ってトイチに手を出して、さらにリボって何重苦だよ。アホかぁぁぁ!!
「……俺がいないと、戦闘、持たねぇくせに」
ポロポロと涙がこぼれる。俺は最高級のシルクパジャマを脱ぎ捨て、ホコリを被っていた自分の装備を身に纏った。
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「この戦い、キツイぜ……」
魔王領の入り口最前線。アーサーたちはボロボロになり、巨大な魔将軍の前に膝をついていた。
マリアの魔力は底を尽き、レオンの安い予備剣は折れ(魔剣は質入れ中)、魔将軍の凶刃が、アーサーの首に振り下ろされようとした、
その瞬間――。
【広域全属性バフ:極!】
戦場を、目を開けていられないほどの眩い光が包み込んだ。アーサーたちの傷が回復し、失われた魔力が限界突破して溢れ出す。
「な、なんだこのあり得ない量のバフは!?」
「……おい。誰が過労死しそうになってるって?」
煙が晴れた先に立っていたのは、肌ツヤが完璧に仕上がり、温泉とフルコースの力で全盛期の10倍の魔力をみなぎらせた俺だった。
「ザ、ザックぅ!?なんでお前がここに!しばらく遊んで暮らせるように手配したはずだろ!」
アーサーが素っ頓狂な声を上げる。俺はそんな勇者の頭を、持っていたバッグでゴツンと叩いた。
「有給消化は終わりだ。……それからアーサー!!お前……魔界金融でトイチで借りて、リボで返してるってマジか?」
俺が呆れ果てた声で言うと、剣を構えていたアーサーの肩がビクッと跳ねた。
「なっ!?ななな、なんでお前、その事を……っ!」
「ギルドの経費明細を見たんだよ!お前、見栄張って俺の接待費、多く出そうとしたな?魔界金融に手ぇ出したんだろ!」
俺が怒鳴ると、アーサーはみるみるうちに耳まで真っ赤にして、視線を泳がせた。
「だ、だってぇ~っ……!受付のサキュバスのお姉さんが、『毎月のお支払いは定額だから、毎月楽に返せるから安心ですよぉ、勇者サマ♡』って言ってたし……!俺だって、ザックに最高の肉を食わせてやりたかったんだよ!」
「バカ野郎!それがヤツらの罠なんだよ!!」
俺はため息をつき、迫り来る魔将軍を手で「ちょっと待て」のポーズで適当にあしらいながら、説教を始めた。
「いいか!?トイチってのはな、『十日で一割』だ!つまり十日ごとに借りた元本に対して一割の利息が乗る!それを“短いサイクル”で積み重ねるんだぞ!」
「でも支払いは定額でいいんでしょ?」
「いや、それがリボの地獄だ。毎月の返済額が定額ってことはな!返済額が利息に負けてると――払ってるのに元本がぜんぜん減らない。減らない元本に、十日ごとの一割が乗り続ける。分かるか?“終わらない”んだよ!!」
アーサーの顔からスッと血の気が引く。
「ひっ……!ぜ、ぜんぶ利息……!?俺、毎月ちゃんと払ってるのに……っ!?」
「払ってる気分になってるだけだ!元本を削る支払いに切り替えないと、利息の海で溺れ続ける!クエスト報酬なんて全部吸い取られるわ!」
アーサーは手からポロリと聖剣を落とし、両手で顔を覆ってへしゃげたようにしゃがみ込んだ。
「うぅぅ……!恥ずかしいっ……!勇者なのに、そんなお金のマジックに引っかかってたなんて……っ!ザックのばかぁ!なんでよりによって、戦闘中のど真ん中でそんな生々しいリアルな説教するんだよぉ……!」
涙目で顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えるアーサー。普段のキリッとした見栄っ張りな姿はどこへやら、完全に叱られた子犬だ。その後ろで、聖女マリアが冷ややかな声を上げる。
「うわぁ……勇者様、トイチにリボって最悪ですわ……いつも俺のおごりだ!とか大口叩いていたくせに、引きますわー」
「お前に言われたくねえよ!実家の領地担保に入れてる女が!」
「俺の国宝の魔剣、ちゃんと質屋から戻ってくるんだろうな……?」
「うるさーい!帰ったらみんなで日雇いのバイトするんだよ!!」
「…………あのぉ~~~」
不意に、野太い声が響いた。見ると、おずおずと魔将軍が、巨大な暗黒剣を持ったまま、ぽかんと口を開けてこちらを見ていた。
「あのォ……。貴様ら、我々魔王軍との決戦の最中なのだが……。その、なんだ、金融トラブルの話は後にしてもらえないだろうか。我、どういう顔をして待っていればいいのか分からぬのだが」
気まずそうにモジモジしている魔将軍。
俺は呆れながらも、どうしようもなく頬が緩むのを感じていた。こいつらは、こんな借金地獄のリスクを背負ってまで、俺に有給休暇をプレゼントしてくれた愛すべきバカなのだ。
「……魔将軍、悪いが空気を読んで消し飛んでくれ。明日、こいつらの借金を一括返済に行かなきゃならないんでな」
「りっ、理不尽!!」
俺の極大バフを受けたアーサーが、ヤケクソ気味に聖剣を拾い上げ、魔将軍に向かって振りかぶる。
「ザ、ザックぅぅ……!ごめんなさい、もう絶対トイチにもリボにも手を出しません……っ!だから助けてええええッ!!」
「当たり前だボケ!!返済計画は俺が組む!!」
俺は杖を地面に叩きつけた。
【全能力強化・三重付与!】
【対闇属性特化!】
【耐久限界突破!】
光が奔流のように走る。マリアの魔法陣が十重に重なり、レオンの折れた予備剣が眩く再構築され、アーサーの聖剣が白銀の炎を纏う。魔将軍が、あっけにとられ、たじろいだ。
「な、なんだその支援性能は……っ!」
「俺の力じゃねぇ、バフは対象の能力に比例する!……うちの勇者はな、金はねぇけど戦闘力は高いんだよ」
「ザックぅ~、フォローになってないぞ!!」
次の瞬間、アーサーが踏み込む。バフで限界を超えた速度。レオンの斬撃が闇を裂き、マリアの浄化が魔力を削り取る。
「終わりだああああッ!!」
聖剣が、魔将軍の胸を貫いた。凄まじい光と爆音。暗黒の鎧が砕け、巨体が崩れ落ちる。
「ば、馬鹿な……我が……リボの話に動揺している間に……」
最後の言葉がそれかよ。
魔将軍は塵となって消え、空を覆っていた暗雲がゆっくりと晴れていった。静寂。しばらく誰も動かなかった。やがてアーサーが、へなへなとその場に座り込む。
「……勝った?」
「勝ちましたわね」
「俺の国宝の魔剣、質屋から戻ってくる未来が見えない」
俺は深く息を吐いた。五日分の休養と、完全調整された身体。全力のバフ。そして、何より――。
「……お前ら、本当にバカだな」
アーサーが顔を上げる。
「な、なんだよ」
「サポーター一人に休ませるために、全財産突っ込んで、トイチで借りて、リボで返そうとするとか」
「うぐっ……」
「でもな」
俺は杖を肩に担いだ。
「そのバカに命預けてたのは俺だ。俺が最後まで面倒見てやる」
マリアが小さく笑う。
「私たちへ復讐するつもりでした?」
「とっくにどうでもよくなった」
レオンが腕を組む。
「じゃあ次は?」
「決まってるだろ」
俺はにやりと笑った。
「このまま魔王ぶっ倒して、報酬もらって、借金一括返済。その前にラヴェンザに戻って、利息計算からやり直しだ」
アーサーが青ざめる。
「え、まだ説教続くの?」
「当然だ。お前、魔界金融以外にも借りてるだろ。トイチがどう危険か、利息がどう膨らむか、元本をどう削るか、全部叩き込んでやる」
「魔王より怖い!」
遠くで夜明けの光が差し込む。遠くに見える魔王城から、巨大な魔力の気配が漂ってくる。戦いは終わっていない。借金も終わっていない。だが――。
「行くぞ。今度は全員でだ」
俺が前に出ると、三人が並んだ。アーサーが、少し照れくさそうに言う。
「……ザック」
「なんだ」
「その……ありがとうな」
俺は肩をすくめた。
「今日からおまえの報酬は俺が管理する。”おこづかい制”だ」
「うわああああ!!」
魔王領に、勇者の情けない悲鳴が響き渡る。こうして俺の“強制バカンス”は終わり、復讐ではなく――借金返済と魔王討伐の二本立て地獄クエストが始まったのだった。
……まずは、魔界金融の受付サキュバスに、契約書を全部出させるところからだな。
やってやるぜ!
(おしまい)




