9 初心者保護期間終了
はじめて作品を書きます。
よろしくお願いします。
次話18時投稿予定です。
半透明のドーム――「初心者保護期間」を示すバリアが、静かに霧散した。
この世界に降り立って、ちょうど一週間。
現在の配下英雄は三名。兵力はスケルトン四〇〇、ゾンビ一〇〇、レイス一〇〇。
低級かつ低品質ではあるが、ポーション類や武装も揃えた。
防衛の形は整ったとはいえ、未だ準備不足感は否めない。
ここがどのような理で動く世界なのか。他プレイヤーが存在しないという保証もどこにもないのだ。
――政庁内、執務室。
「若様。ケッパーが戻ったようです」
控えていた執事長のソレスが、静かに告げる。
直後、ドタドタと騒がしい足音と共に、執務室の扉が勢いよく跳ね上がった。
黒緑色の瞳を輝かせ、小柄な少女――ケッパーが顔を出す。
「ケッパー、ただいま戻りました……です」
小さな声で、しかしどこか得意げに彼女は言った。
乱雑な入室にソレルは頭を抱えているが、今は礼儀よりも報告が先だ。
「戻って早々悪いが、周囲の状況を教えてくれるか、ケッパー」
ケッパーの話をまとめると、周囲の地形は以下の通りだった。
まず北方は、険しい山々が連なる未踏の地。奥までは踏み込んでいないが、資源は豊富そうだという。 「鉱石、いっぱいありました。でも、硬そうな魔物もいっぱい」
南方の森には、見覚えのある魔物が跋扈していた。ゴブリン、オーク、コボルト。
今のところ脅威となるような強個体は確認できなかったらしい。
「オークを一匹、仕留めて持ってきました。矢で一発……ぶい!」
ケッパーが指でVサインを作る。獲物は後で確認するとしよう。
東方はしばらく草原が続き、いくつかの丘を越えた先に大きな河があるという。
流れは穏やかだが、付近に橋はなく、水深も底が見えないほど深い。
道中に魔物の姿は少なかったが、河の中に不気味な影があったらしい。
「馬みたいな魔物が泳いでました。……なかなか、気持ち悪かったです」
そして最後、西側。
こちらも草原だが、進むにつれて人の手が加わった「道」が現れたという。
徒歩で二日ほどの距離に、小さな村を確認したとのことだ。 住人はおそらくヒューマン。簡易的な柵と見張り塔がある程度の防備で、プレイヤー拠点である可能性は低い。
「普通の人の足なら二日。ケッパーの脚なら1時間ちょいです」
「ありがとう、ケッパー。助かったよ。またすぐに動いてもらうことになると思うから、それまで休んでいてくれ」
「らじゃー、です」
ケッパーは、ぴしりと(どこか形が崩れた)敬礼をして、執務室を後にした。
差し迫った脅威は見当たらない。だが、圧倒的に情報が足りない。
まずはあの村と、何らかの接触を図るべきか――。
◆
これがケッパーの仕留めたオークか。
『ドラゴンキャッスル』で嫌というほど見かけた、あの姿だ。茶色の分厚い肌に、下顎から突き出した二本の無骨な牙。その眉間には、絶命の要因となった一本の矢が深々と貫通していた。
「ケッパーちゃん自慢の獲物ですねー。早速、アンデッド作成の素体にします?」
隣でアニスが、いつものように屈託のない明るい声で尋ねてくる。
「そうだね。オーク一匹じゃ低ランクのアンデッドにしかならないだろうが、まずは実験だ」
俺はアニスにそう答え、アンデッド作成の準備に入った。
元来、ゲームにおけるアンデッドプレイヤーには、死体を利用して新たな従僕を召喚する種族スキルが存在する。
素材はヒューマンでも魔物でも、果てはアンデッドの残骸でも構わない。
自国内であれば目視できる距離の死体すべてを対象にでき、国外であっても一定範囲内なら発動可能だ。
ただし、万能ではない。
素材の質によって誕生する個体は左右されるし、召喚された個体が倒れれば灰となって消滅するため、無限に増殖させることはできない。
さらに再使用には一時間のインターバルを要し、一日に三回までという回数制限もある。一度に一体召喚しようが、同時に百体召喚しようが「一回」とカウントされる仕様だ。また、このスキルで英雄を復活させることはできない。
便利ではあるが、使いどころを見極める必要があるスキルといえた。
「――アンデッド・クリエイト!」
私がスキルを使用すると、オークの死体がドロドロとした液体のように溶け崩れた。地面で粘土のように形を変え、やがて起き上がったのは――元となったオークの体格を思わせる、少し骨太なスケルトンだった。
「わあ、やっぱりオーク程度だと、最下級のスケルトン止まりなんですねー」
アニスの言う通りだが、まずは満足だ。ゲーム内の理がこの世界でも通用することを再確認できただけで、大きな収穫といえる。
安堵の息を漏らした、その時だった。
「若様! 南門の先、森の方より騎乗したヒューマンの一団がこちらへ接近中。その数、数名!」
ソレルの鋭い報告が、静寂を切り裂いた。




