8 王国1
はじめて作品を書きます。
よろしくお願いします。
次話、翌日9時投稿予定です。
―――アレクサンドリア王国、王都アレクサンドリア。
街を貫く大通りには、隙間なく敷き詰められた灰色の石畳がどこまでも続き、
行き交う馬車の車輪がリズミカルな音を奏でている。
シルクのローブを纏った富裕層から、汗を流して荷を運ぶ労働者、そして遠方の領地からやってきた旅人たち。溢れんばかりの活気が、波となって通りを埋め尽くしていた。
(うう……何で私がこんな目に……)
つばが広く先端の折れ曲がった三角形の帽子を深くかぶり、紺色を基調とした少し大きめのローブに身を包んだ少女――カイネは、小さく溜息をついた。
(確かに大ババ様はご高齢だし、私が使いにいくのは分かるけど……お城なんて行ったこともないし、王様なんて本の中でしか知らないのに!)
心を落ちつかせるように胸元で揺れる三日月型のブローチを押さえながら、彼女は人混みを抜け、城門前の衛兵詰め所へと足を向ける。
(確か、この指輪を見せればいいって言ってたっけ)
首から下げたネックレスの指輪を指先で確認し、意を決して声をかけた。
「あの、すみません……王様にお取次ぎをお願いしたいのですが」
「おや、ちょっと待ってね」
詰め所から顔を出したのは、白銀の鎧を纏った金髪碧眼の青年だった。長身の彼は、爽やかな笑みを浮かべてカイネを見下ろす。
「お嬢さん、こんにちは。王様に面会希望とのことだけど、少し詳しく聞かせてもらえるかな?」
「あ、はい! こんにちは。私は、森の奥に住んでいる錬金術師テトラ……様? の弟子のカイネといいます。テトラ様から王様への言伝を預かっていて、この手紙を渡してほしいと。あと、この指輪を見せればいいと聞いて……」
カイネはネックレスを外し、通された指輪を差し出した。
青年は指輪を手に取り、眩しそうに目を細めて様々な角度から検分する。
「ふむ。……なるほど、確かにこれは本物のようだ」
納得した様子で、彼は指輪をカイネへと返した。
「自己紹介が遅れたね。私はユリアン。気軽に呼んでほしい」
「ユリアンさん……。あの、この指輪って、そんなに凄いものなんですか?」
カイネの素朴な疑問に、ユリアンは少し意外そうに眉を上げた。
「カイネ嬢はテトラ殿から何も聞いていないようだね。これは王家の紋章が刻印された指輪で、ごく限られた者にしか下賜されない代物だよ。これを持っているということは、その者の身元と信用を王家自らが証明しているも同義なんだ」
(そんな大事なもの、ポイって渡さないでよ大ババ様……!)
「テトラ様って、有名なんですか?」
「有名どころではないよ。元々この国きっての宮廷術師で、王国に計り知れない貢献をした御方だ。……『大賢者』の名を知らぬ者など、この国にはいないよ」
「……知りませんでした。大ババ様が、そんなすごい人だったなんて」
驚きで目を丸くするカイネに、ユリアンは困ったように肩をすくめた。
「とはいえ、いくら身元が保証されていても、事前の約束なしに陛下と直接お会いするのは少し難しいのが現状だ」
「そうなんですか……。どうしよう、お手紙」
カイネは「むむむ」と唸りながら、手元の封筒を見つめて悩み始める。
「もしカイネ嬢が良ければだが、その手紙、私が責任を持って陛下に届けようか? 一応、こう見えても私はそれなりの身分でね」
「いいんですか!? お言葉に甘えてしまっても……」
「もちろんだとも。国民が困っていれば手を貸すのが騎士の務めさ」
「ありがとうございます! ユリアンさん、よろしくお願いします!」
カイネは深々と頭を下げ、大事そうに手紙を託した。
「それでは、私はこれで。本当にありがとうございました!」
役目を終えてホッとしたのか、カイネは軽やかな足取りで門を後にした。
「……それにしても、あの大賢者殿からの手紙か。何事もなければいいが」
ユリアンは手紙を見つめ、少しだけ表情を引き締めると、城の奥へと歩を進めていった。
◇◆◇
「大ババ様、ただいま戻りました……」
カイネはよたよたと力なく歩きながら、トレードマークの三角帽子を脱いで机に置いた。
「おかえり、カイネ。手紙は間違いなく渡してきたんだろうね?」
奥から声をかけてきたのは、老齢ながらも鋭い眼光を宿した女性――テトラだった。
「それが……」
カイネは、城門前で出会った親切な青年、ユリアンのことをかいつまんで話した。
「ふむ、ユリアンの坊にか。……まあ、あやつなら間違いなかろう。もしお前が門前払いでも食らっていたら、儂が直々に城へ乗り込んで、王の面面に一発お見舞いしてやろうかと思っておったがな」
「あははは……」
(大ババ様なら、冗談抜きでやりかねない……)
カイネは引きつった笑いを浮かべながら、ふと気になったことを口にした。
「あの、大ババ様。ユリアンさんのことを知っているんですか?」
「知っているも何も、あやつはこの国の『王国騎士団長』を務める男じゃ。爵位も侯爵だったはずじゃが」
「……え?」 カイネの動きが止まる。 「きしだんちょう……こうしゃく……?」
「うむ。若いくせに剣の腕だけは一人前でな。昔、儂が稽古をつけてやったこともあるわい」
「ええええええええええーーーー!!?」
一瞬の沈黙の後、カイネの絶叫が部屋を震わせた。
「わ、私、あんな偉い人に『ユリアンさん』なんて……! しかも手紙の配達まで頼んじゃった! 不敬罪で消されたりしない!? 大ババ様、私、明日から牢屋行きなの!?」
頭を抱えてのたうち回る弟子を、テトラは面白そうに鼻で笑い飛ばすのだった。




