39 次の一手
翌日、帝都へと旅立つケッパーを見送ったナナシは、居合わせたアニスとエキナシアと勝手にひっついてくるペットを伴い、広間で今後について話し合いを行っていた。
「そういえば、アニス、エキナシア。リマの村の周辺地域については、どこまで確認が取れている?」
ナナシの問いに、まずはリマの村へ頻繁に足を運んでいるエキナシアが口を開いた。
「そうですね。村の南北については、このネクロエリシュオン周辺とさほど変わらず、深い密林と険しい山脈が延々と続いています。ですが――」
エキナシアは、脳内の地図をなぞるように言葉を続ける。
「西へ向かうと、アレクサンドリア王国の東の防壁、『城塞都市アイゼンフェスト』という街があるそうです。村へやってくる商人もそこを経由しているらしく、もし村に自分たちでは手に負えない事態が起きれば、そこの領主であるアルノルト・フェスト子爵に伺いを立てる決まりなのだとか。……もっとも、大抵は門前払いされてしまうようですが」
「子爵、か。実質的にあの辺り一帯を治めているのはその男というわけだな」
ナナシが思考を巡らせていると、今度はアニスが身を乗り出して補足した。
「あそこ、ただの街ってよりは軍事拠点って感じですよー。常備軍が編成されていて、いつでも出撃できるように兵士たちが待機してるみたい。入城審査もそれなりに厳しいらしいですね、商人が通行証を持っていても、手荷物検査を受けることがあるみたいですしねー」
アニスは実際に自分の目で見てきたわけではないが、村の若者たちから聞き出した情報を巧みに整理していた。
「リマの村人であっても、自由に出入りできるのは入国証を持っている村長くらいだって話ですよ。王国側からすれば、リマの村は単なる辺境の開拓地……あるいは、アイゼンフェストを守るための緩衝地帯くらいにしか思われていないのかもですねー」
「なるほど。文字通りの盾、いや、盾ですらなさそうだな。盾にするのならもう少し防備を固めるはずだ」
ナナシは皮肉めいた笑みを浮かべ、考えを巡らせた。王国にとってのリマの村は、守るべき領土というよりは、むしろ侵略を誘うための「餌」に近いのではないか。
(もし村が襲われれば、軍を動かす大義名分ができる。そのための使い捨ての駒……。だとすれば、そのアルノルト・フェスト子爵という男、相当に食えない性格をしていそうだな)
ナナシはさらに踏み込んだ策を検討し、二人へと問いかけた。
「村長を騙すわけではないが、その村長の通行証を借りることはできないか?」
この問いには、慎重派のエキナシアが即座に懸念を示した。
「どうでしょうか。そのような話は聞いたことがありませんし、相応の理由を並べれば同行くらいはしてくれるかもしれませんが……。そもそも本人以外がその証で入城できるかは不明ですね。軍事拠点である以上、本人確認は徹底されていると見るべきでしょう」
「なるほどな……。やはり力技や安易な変装では、アイゼンフェストの門を潜るのは難しそうか」
ナナシが顎に手を当てて考え込んでいると、アニスが思い出したように手を打った。
「あ! そういえば、今度リマの村に馴染みの商人が来るって、村の人が言ってましたよ。周期的に見て、三日以内には現れるんじゃないかなって」
「……商人が、か」
その情報は、ナナシにとって渡りに船だった。
「ふむ……。よし、アニス、エキナシア。その商人と接触して情報を引き出してくれ。そして可能なら、このネクロエリシュオンに招き入れて交易の端緒を掴みたい」
ナナシは椅子から身を乗り出し、具体的な指示を与える。
「勝手な推測だが、リマのような辺境にまで足を運ぶ商人だ。大商会の息がかかった者というよりは、小回りの利く個人商か、食い詰めた流れ者だろう。そういった手合いは、金と利便性に敏感だ。ここの装備品は『ドラゴンキャッスル』では下級品なのに銀等級の白銀の剣は喜んでいたからな……もちろん、商人を装った軍の密偵という可能性も捨てきれないが、そこら辺の判断はお前たち二人に任せる」
「承知いたしました。相手の素性、慎重に見極めて参ります」 「わっかりました! うまく言いくるめて、こっちまで連れてきちゃいますね」
エキナシアが淑やかに一礼し、アニスが頼もしく拳を鳴らす。 西の城塞都市。その鉄の門をこじ開けるための鍵は、案外、一枚の通行証よりも一人の商人が握っているのかもしれない。
「ああ、そうだ。忘れるところだった」
ナナシは思い出したように、広間に集まった二人へ向き直った。ソレルが北の山脈から持ち帰った鉄資源や、道中で狩り取った『ロックタイタス』の素材。これらがあれば、今のネクロエリシュオンでも「中級」に分類される装備品が作製できるはずだ。
「アニス、エキナシア。商人と接触する前に、お前たちの装備を新調しておこうと思う。もっとも、我が国にはまだ鍛冶専門の英雄がいない――もっともそもそも作成関連専門の英雄自体創造してもないが、中級といってもその下位……実質的には『鋼鉄製』が関の山だがな。それでも今の物よりはマシだろう」
その提案に、真っ先に反応したのはアニスだった。
「はいはーい! お願いしまーす!」
アニスは子供のように弾んだ声を上げ、テーブルに身を乗り出す。
「アタシ、柄の長い両刃のバイキングアックスみたいなのがいいなー。やっぱり刃の形状は、綺麗な三日月型の方が振り抜いた時に気持ちいいんだよね」
謎の、しかし戦士としての確固たる拘りを語るアニスの瞳は、期待にキラキラと輝いている。ナナシは苦笑混じりに釘を刺した。
「言っておくが、材質はせいぜい鋼鉄だぞ。あまり過度な期待はするな」
「分かってますってー! ああ、新しい相棒かぁ。楽しみだなあ」
アニスが幸せそうに肩を揺らす横で、ナナシは次にエキナシアへと視線を向けた。
「エキナシア、お前も護身用に何か持っておくべきだ。希望はあるか?」
「そうですね……。私はこれといって得意な武器もありませんから、取り回しのしやすい鈍器が良いですわ」
エキナシアは穏やかな微笑みを絶やさず、淡々とした口調で続けた。
「できれば……そう、棘が鋭くたくさん付いた鈍器がいいですね。その方が、万が一の時に頼りになりそうですから」
「……棘、か。分かった。要望は汲んでおこう」
上品な立ち振る舞いの彼女が「トゲトゲの鈍器」を望むという事実に、ナナシは僅かな戦慄を覚えつつも頷いた。
二人のやり取りを見つめながら、ナナシは改めて確信していた。 目の前にいる彼女たちは、もはやゲーム画面に表示されていた「ただのデータ」ではない。好みを語り、将来を楽しみ、己の意志で武器を選ぶ。この世界に召喚されてから、彼女たちは紛れもなく「心を持ったアンデッド」として存在しているのだ。
(便利な駒としてではなく……一人の『個』として向き合わなければならないな)
ナナシは心地よい重圧を感じながら、椅子から立ち上がった。
「よし、分かった。早速、作製に取り掛かるとしよう。素材を無駄にはしない。期待して待っていろ」
「ありがとうございます、主様」
「最高のやつ、頼みますよー!」
二人の声に見送られ、ナナシは工房へと足を向けた。背後では、ペットが相変わらずパタパタと短い翼を鳴らしながら、主の影を追いかけていた。




