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ドラゴンキャッスル~城ゲーやってたら異世界に転移したっぽい~  作者: なすちー


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33 お茶会

 村長が淹れた茶が、三人の置かれた木卓に並んだ。湯気がゆるやかに立ち上る中、セレーナは一口も茶に手をつけず、真っ直ぐにエキナシアを見据えた。


「エキナシアさん。お若く見えるのに、お医者様をされているなんて素晴らしいですね。……ただ、失礼ながら、その服装はお医者様というよりは、どこかの貴族に仕える方のようにも見えますけれど?」


 セレーナの問いは、静かだが鋭い。ただの村医者でないことは明白だった。


 対するエキナシアは、その追及を軽く受け流し、慈愛に満ちた微笑みを返した。


「私は治癒術を少々嗜んでおりますので。幸い、この村には今のところ命に関わるような重病人はいらっしゃいませんから、これくらいの支度で十分なのです。……ああ、この服装ですね。私はここから東にある国、『ネクロエリシュオン』の主に仕える従者ですので、あちらでの正装を崩さぬようにしておりますの」


 隠す素振りさえ見せず、エキナシアはあっさりと自らの素性を明かした。隣で茶を啜っていた村長が「本当に、エキナシアさんは立派な方じゃよ」と、深く頷く。


「ネクロエリシュオン……。聞いたことのない名ですね。一体、どのような国なのですか?」


 セレーナは内心の動揺を押し殺し、その未知の国名を繰り返した。上空から見た、あの白と紫の城。その正体がついに口にされたのだ。


「とても良い国ですよ。つい先日も、帝国の冒険者の方々が滞在されていたようですわ。あいにくその時、私は不在にしておりましたので詳しいことは存じ上げませんが……。少なくとも、主様は友好的な方をおざなりにするような方ではありません」


 エキナシアは事もなげに、さらなる情報を口にした。 帝国の冒険者がすでに接触し、滞在までしている。その事実は、セレーナにとって無視できない重みを持っていた。


(帝国の冒険者が、すでにその謎の国と接触している……? 王国には何の報せも届いていないのに)


 セレーナの脳裏に、地政学的な懸念がよぎる。アイゼンフェストのさらに東、帝国の勢力圏に近い場所に忽然と現れた「ネクロエリシュオン」という国家。そして、そこに仕えるという目の前の、底知れない実力を秘めた「メイド姿の医者」。


「……平和なこの村に、ずいぶんと賑やかなお隣さんができたみたいね」


 セレーナは努めて皮肉めいた笑みを浮かべ、ようやく茶器に指をかけた。エキナシアの言葉が真実なら、これは単なる集落の異変ではなく、国家間の均衡を揺るがしかねない事態だ。


 その時、家の外から「村長ー! 燃料用の薪、準備しときましたよーっ」という明るい声が届くと同時に、勢いよく扉が開け放たれた。


「おお、すまんな。いつもありがとう、アニスさん」


「これくらいお安い御用ですよー!」


 入ってきたのは、鮮やかな桃色の髪をツインテールに結った美少女だった。彼女もまた、エキナシアと同じく洗練されたメイド服を身に纏っている。


(……また、メイド!?)


 セレーナは内心で絶句した。一人でも異常な存在感を放つエキナシアに加え、新たに現れたこの少女――アニスからも、隠しきれない強者の気配が漏れ出している。


「おや? お客さんですかねー?」


 アニスはセレーナに気づくと、人懐っこい笑みを浮かべて三人の座る卓までやってきた。


「……王都から来た冒険者のセレーナよ。よろしく」


 セレーナは努めて冷静に、短く挨拶を返した。


「セレーナさんですねー! アニスです、よろしくお願いしまーすっ」


 屈託のない笑顔。しかし、その身のこなしには一切の無駄がない。セレーナが観察していると、エキナシアが静かに口を開いた。


「アニスさん、こちらの方は冒険者様だそうですよ」


「おおっ! そうなんですかー! 強いんですか? 等級はいくつなんです? 高いんですかーっ?」


 興味津々といった様子で身を乗り出すアニス。白金級プラチナという正体を明かすわけにはいかないセレーナは、「そんなに大層なものじゃないわ。等級も、恥ずかしいから言わないことにしているの」と、軽く受け流した。


 すると、エキナシアが茶碗を見つめたまま、意味深な言葉を継ぎ足す。


「仕事でわざわざ王都から、この辺りの『調査』をしに来たのだとか。……ふふ、一体、何をお調べになっているんでしょうね?」


 その声には、先ほどまでの慈愛とは異なる、薄氷のような鋭さが混じっていた。


「へぇー、王都から調査……。それは大変ですねーっ」


 アニスは能天気に感心したような声を上げたが、その瞳はセレーナの反応を逃さぬよう、じっと観察している。



「調査と言っても、それほど大それたものじゃないわ。王国が定期的に行っている広域の地理調査よ」


 セレーナは指先で地図の端をなぞりながら、もっともらしい理由を並べた。


「ここは王国の領土の最果てでしょう? なかなか公的な調査も届きにくい場所だから。生息している魔物の分布に変化はないか、地滑りなどで地形が変わっていないか……あとは特産物の採取状況なんかを確認するのが、今回の私の役目なの」


 偽装用に用意していた「公式な調査員」としての顔。

 それに対し、アニスは「はえー、そうなんですかー!」と無邪気に声を弾ませた。


「それは大変ですねぇ! こんな遠くまで一人で来るなんて、冒険者さんも楽じゃないですねっ!」


「ええ、本当に。……それで、アニスさんもエキナシアさんと同じく『ネクロエリシュオン』の方なのかしら? エキナシアさんはお医者様だそうだけど、あなたは……?」


 セレーナの問いに、アニスは自慢げに胸を張った。


「そうですよー! 私は、まあ『雑用係』ですね! 主様が言うには、ここは王国からも遠くて十分な支援も受けられていないだろうし、人手も足りないだろうからって。こう見えても私、結構力持ちなんですよー?」


 アニスは「えっへん」と効果音がつきそうなほど得意げな笑みを浮かべた。


「薪割りに柵の修理、重い荷物の運搬まで、力仕事なら何でもお任せです! 村の皆さんが困ってたら放っておけない性格なんですよねー、うちの主様も、私も!」


 その屈託のない言葉とは裏腹に、セレーナの内心には冷や汗が流れていた。 王国が支援できていないという痛いところを突きつつ、その「空白」を埋めるように入り込んでいる謎の勢力。彼らは武力による侵略ではなく、「善意の提供」という最も拒絶しにくい形で村を掌握し始めている。


(……雑用係、ね。その隙のない立ち振る舞いでよく言うわ…)


「あら……。こちらの地図、私共の『ネクロエリシュオン』が載っていませんわね。これも合わせて報告されてはいかがかしら?」


 エキナシアは、まるで子供の落書きを指摘するかのような無邪気さで、しらじらしく微笑んだ。その言葉は、セレーナが「城」の存在を知っていることを見透かしているかのようだった。


「うむうむ、そうじゃな。ネクロエリシュオンは本当に良い国じゃぞ。わしらはあちらの民ではないというのに、見返りも求めずこうして尽くしてくださる。王国も、これほど立派な方々と仲良くしてくれれば、村も安泰なんじゃがな」


 村長が能天気に漏らした言葉は、王国の冒険者であるセレーナの胸にチクリと刺さった。自国の統治が及ばぬ場所で、正体不明の勢力が「理想的な隣人」として君臨している事実に、胃のあたりが重くなる。


「……それに関しては私の一存では決められないので、……一応、報告だけはしておきますね」


 正直なところ、今すぐにでも王都アレクサンドリアへ引き返し、ジークハルト候に「未知の国家による浸透工作」を報告したかった。しかし、自ら「数日滞在して地理調査を行う」と言ってしまった手前、即座に立ち去れば疑念を招く。セレーナは内心の焦燥を押し殺し、努めて平静を装って席を立った。


「さて。私もそろそろ調査に向かいます。差異がないか、しっかり確認しておきたいので。……お茶、美味しかったです。ありがとうございました」


「その調査、私も手伝いましょうかー?」


 アニスがひょいと手を挙げて声をかけたが、セレーナは即座に、しかし角が立たないように首を振った。


「いいえ、これも冒険者の、専門的な仕事ですから。お気持ちだけ受け取っておくわ」


 セレーナが扉に手をかけ、村長の家を出ようとしたその時――背後からエキナシアの、鈴の鳴るような澄んだ声が届いた。


「うふふ。もし……『地図にない場所』が気になるようでしたら、直接ネクロエリシュオンへお越しいただいても構いませんのよ。私共の主様なら、きっと歓迎してくださるはずですから」


 その微笑みは、温かな誘いのようでもあり、二度と戻れぬ奈落への招待のようでもあった。


「……私の仕事は、あくまで定期調査なので。失礼するわ」


 セレーナはそれだけ言い残すと、逃げるように家を後にした。 外に広がるのどかな村の風景。しかし、背後の「死角」にそびえるあの白と紫の城が、巨大な眼となって自分の背中をじっと見つめている――そんな錯覚を抱きながら、セレーナは一歩を踏み出した。



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