32 四人目
ネクロエリシュオン、サモンゲート前。
「よーし、四人目の召喚に行くぞー!」
ナナシが期待に胸を膨らませ、心底楽しそうに声を上げる。その隣では、アニスがぴょんぴょんと跳ねるようにして拳を突き出した。
「いぇーい! 待ってました! 四人目の仲間、カモーン!」
ナナシには確信があった。先日接触した『白銀の剣』の様子を見ても、外部の人間に恩を売るため、そして自国の盤石な体制を築くためにも、強力な回復役は不可欠だ。
(もっとも、これから呼ぶ彼女はただの聖職者じゃない。純粋なヒーラーというよりは……かなり『特殊』な英雄だがな)
ナナシは確かな手応えを感じながら、召喚端末を操作した。
「出でよ、『エキナシア』!」
次の瞬間、サモンゲートが爆発的な輝きを放ち、周囲の空気を震わせた。まばゆい光の奔流の中に、すらりとした細身のシルエットが浮かび上がる。
光が収束していく中、そこに立っていたのは、一人の美しい女性だった。 金髪のふんわりとしたボブカットに、深紅の輝きを宿した瞳。身に纏っているのは、アニスと同じく洗練されたデザインのメイド服だ。
彼女は優雅な動作でその場に膝を突くと、慈愛に満ちた微笑みをナナシに向けた。
「またお会いできて嬉しいです、主様。……エキナシア、ただいま参りました」
「ああ、こちらこそ。待ってたよ、エキナシア。これからよろしく頼む」
エキナシアの役割は「回復役」である。 彼女が元いたゲーム『ドラゴンキャッスル』における回復職の定義は、他作品のそれと大きくは変わらない。瞬時に一定割合の生命力を回復したり、広範囲の味方を癒し、毒や呪いといった状態異常を浄化する。さらには、一度だけあらゆる攻撃を無効化するバリアを付与するといった、パーティーの生命線を担う役割を十全にこなすことができる。
特筆すべきは、その慈愛が種族を問わない点だ。人間だろうが亜人だろうが、はたまたアンデッドであろうが、彼女の光は等しく対象を癒やす。もちろん、強力なスキルゆえに一日あたりの使用回数には厳格な制限があるが、その汎用性は極めて高い。
しかし、エキナシアの本質は「純ヒーラー」ではない。
ここで言う純ヒーラーとは、回復と支援に特化した職種を指す。対してエキナシアは、回復能力を保持しながらも別の側面を併せ持つ、いわば「多機能型」あるいは「攻撃的ヒーラー」に分類される存在だった。
彼女の回復能力自体は、本職の聖女や司祭に比べれば一歩劣る。 エキナシアが行使できる直接的な救済は、以下の二点に集約されていた。
ダークヒール:特定の味方一人の生命力を最大値の半分回復させ、同時にすべての状態異常を解除する。
善意の押し付け: 敵味方問わず、指定範囲内の全ユニットの生命力を最大値の半分回復させる。
特筆すべき欠点として、彼女には「死亡したユニットの蘇生」という、高位ヒーラーなら当然持っているはずの奥義が欠落している。回復量も控えめであり、これだけを見れば「二流の回復職」に映るだろう。
だが、彼女の本領は、その後に続く最悪の副次効果にある。
固有能力:『生命力の等価回収』
その本質は、かつて彼女が対象に与えた慈悲を、自身の都合で強引に引き剥がす「生命力の回収」に他ならない。この能力によって得られる回収量は、過去にエキナシアがその対象へ施した「累積回復量」が絶対的な上限となる。いわば、彼女が他者に分け与えた生命力は、いつでも彼女の意思一つで手元に呼び戻せる預金のようなものなのだ。さらに、こうして回収された生命力は、一時的に自身の最大生命力(限界値)を突き抜けて蓄積できるという、通常の回復魔法の常識を覆す特性をも有している。
発動にあたって複雑な制約や儀式は必要ない。効果範囲内にありさえすれば、エキナシアは自身の任意のタイミングで、無慈悲にその力を振るうことができる。
ただし、この絶対的な支配にも物理的な境界は存在する。有効な射程は、彼女を中心とした半径百数十メートル以内。対象がこの円の中に物理的に存在している限り、エキナシアの手のひらから逃れる術はない。彼女が微笑みを浮かべながら一度その力を解放すれば、かつて救われたはずの命は、瞬時にしてその恩恵を奪い去られることになるのだ。
つまり、彼女に傷を癒やされた者は、知らぬ間に「命の借金」を背負わされているに等しい。 窮地の敵をあえて範囲魔法で「治療」し、次の瞬間にその命を根こそぎ吸い取って自らの糧にする――。あるいは、恩を売って油断させた相手から、必要に応じて命の灯火を消し去る。
その微笑みは聖女のそれだが、本質は執拗な取り立てを行う「命の債権者」。
これこそが、ナナシが彼女を「特殊」と評し、外交と軍事の両面で切り札になると踏んだ理由であった。
『ドラゴンキャッスル』における英雄たちの能力には、厳格な「枠」の概念が存在する。ナナシはこの世界の住人と対峙するにあたり、改めてそのシステムと、自分たちが抱える制約を整理した。
どんなに強大な英雄であっても、行使できる能動的なスキルや常時発動型の能力は最大で四つまで。それが、彼らが元いた世界の絶対的な法則であった。
しかし、エキナシアのようなアンデッドの英雄には、その恩恵を十全に受けられない宿命がある。彼女たちのスキルの第一スロットは、召喚された瞬間に『リアニメイト』という呪縛にも似た蘇生能力によって強制的に占有されてしまうからだ。
この能力は、生命力が底を突いた際に自動で発動し、あらゆる状態異常を振り払って最大HPの半分で戦線に復帰させるという、一見すれば驚異的なものだ。だが、その実態は決して万能ではない。一日に一度しか発動しないという制限に加え、復活した瞬間に身を守る「無敵時間」が一切存在しないという致命的な欠陥を抱えている。一度死に至るほどの多段攻撃や、立ち入るだけで命を削るようなダメージエリアの中では、復活した直後に再び絶命するという無慈悲な結末を招くことも少なくない。
この『リアニメイト』という固定枠があるために、アンデッドの英雄たちは実質的に残り三つの枠で自らの戦術を組み立てなければならない。エキナシアの場合、その限られた枠に、味方一人を癒やす単体回復、敵味方を問わず広範囲を潤す範囲回復、そして自らが分け与えた生命力を自在に取り立てる独自の回収能力を組み込んでいる。これで彼女の四つの枠はすべて埋まり、完成された「英雄」としての形を成していた。
だが、主であるナナシの胸中には、拭いきれない懸念が渦巻いている。自分たちがこの完成された四枠のシステムに依存している一方で、「この世界の住人」には、そのような制約が存在しないのではないかという疑念だ。
「シアちゃん、おひさー!」
アニスがいつもの軽い調子で駆け寄り、エキナシアに抱きつかんばかりの勢いで戯れ始める。
「アニスさんもお変わりないようで。……ふふ、改めてよろしくお願いしますね」
エキナシアは穏やかに微笑み、その歓迎を静かに受け止めた。新しく召喚されたばかりとは思えないほど、二人の間には親密な空気が流れている。
その様子を見守っていたナナシが、居住まいを正してエキナシアに向き直った。
「召喚早々で悪いが、早速頼みたい仕事がある。ここから西に『リマ』という村があるんだ。規模の小さな村で、満足な医療施設も医者もいないと聞いている。そこへ行って、怪我や病に苦しむ村人たちを『善意』で癒してやってほしい」
ナナシは一呼吸置き、外交上の重要な一点を付け加えた。
「私達の国家『ネクロエリシュオン』と言うんだが、自分たちがこの国家から遣わされた者であることも、隠さず伝えていい」
「……承知いたしましたわ。主様のご意向のままに」
エキナシアは優雅に一礼し、一切の迷いなく了承した。
「ああ。まずは挨拶代わりだ。ネクロエリシュオンの医者という立場で、最初の診察と治療は無償で行ってやるといい。……それから、アニス。お前も一緒に行け」
「ええっ!? 私も行くんですかっ!?」
不意に名前を呼ばれたアニスが、素っ頓狂な声を上げる。
「そうだ。エキナシア一人に何かあったら心配だからな。彼女は直接的な前衛職じゃない。護衛役が必要だ」
「……あ、なるほど。シアちゃんのボディガードですね!」
「それだけじゃないぞ。アニスは村の力仕事や手伝いを申し出て、村人との距離を縮めるんだ。……いいな?」
「わっかりました! まぁ、村で羽を伸ばしてくるのも悪くないですね。……行ってきまーす!」
アニスはすぐに切り替えると、満面の笑みで承諾した。 こうして、白金級冒険者のセレーナが到着するより少し前、ネクロエリシュオンの「慈愛の医者」と「陽気な護衛」の二人は、リマの村へと派遣されることになった。




