31 王国5
よろしくお願いします。
毎日朝8時投稿予定です。
リマの村へと続く街道に、特筆すべき異変はなかった。時折、草むらから小規模な魔物が姿を現すが、白金級のセレーナにとっては、その気配を察するまでもなく露払いができる程度の弱体な存在に過ぎない。
やがて視界に開けたのは、およそ「事件」とは無縁に見える、のどかな農村の風景だった。
リマの村。そこは村というより、小さな集落と呼ぶのがふさわしい場所だった。 周囲を簡素な木柵で囲っただけの防備に、中央にはお世辞にも高いとは言えない木造の見張り台が一つ。村人たちは畑を耕して自給自足し、時折訪れる商人から娯楽品や調味料を買い求める。そんな、王国の辺境にどこにでもある静かな日常がそこにはあった。
通常、こうした閉鎖的な共同体には村長の許可なく立ち入ることはできない。セレーナは村の入り口に立っていた青年に、柔らかな笑みを浮かべて声をかける。
「こんにちは。私は王都から調査に来た冒険者なんだけど。……少し聞いてもいいかしら? 最近、このあたりで何か変わったことはなかった?」
「王都から? へぇ、珍しいね」
青年は驚きつつも、警戒心を見せずに答えた。
「いや、特には……見ての通り、村は平和そのものだよ。……ああ、でも、そうだな。少し前から、あんたみたいな綺麗な女性がたまに来るようになったくらいかな」
(……この付近に、他の集落はないはず。王都からこんな僻地に、女性が一人で?)
セレーナの思考が鋭く回る。彼女はさりげなく問いを重ねる。
「その女性って、どんな方なの?」
「すごく綺麗な人だったよ。……なんて言ったかな、『メイド服』? とかいう、見たこともない変わった服装をしてたね。ちょうど今も、村長の家にいるはずだよ」
「……メイド服」
その単語は、この素朴な農村にはあまりにも不釣り合いだった。先ほど上空から目撃した、あの白と紫の異質な城。その存在と、村に現れた謎のメイド。線が一本に繋がり、セレーナの背筋にわずかな緊張が走る。
「教えてくれてありがとう。……村に入ってもいいかしら? 村長さんにご挨拶したいんだけど」
「ああ、構わないよ。村長に一言断ってからなら、中を見ても大丈夫だ」
青年の承諾を得て、セレーナは村の境界を越えた。 畑を耕す村人たちの表情に怯えの色はなく、むしろ以前よりも活気付いているようにすら見える。
セレーナは何人かの村人に会釈を返しつつ、家々の様子を観察しながら村長宅へと向かった。 周囲の民家より一回り大きいだけの、質素ながらも頑丈な造りの家の前に立ち、彼女は一度深呼吸をしてから声をかけた。
「すみません、村長さんはいらっしゃいますか?」
呼びかけに応じるようにして扉が開き、中から妙齢の男性が姿を現した。日に焼けた肌と深い刻まれた皺が、長年この地を守ってきた苦労を物語っている。
「わしがこの村の長だが……一体、何の御用かな?」
「王都から来ました、冒険者のセレーナです。実は調査の仕事でこのあたりに来たのですが、数日ほどこの村に滞在させていただけないでしょうか? 入口の青年に、村長の許可が必要だと伺いまして」
セレーナは丁寧な口調で、しかし自身の素性は「調査」という曖昧な表現に留めて切り出した。
「ふむ、王都からか。……まあ、村で騒ぎを起こさないというのであれば構わんよ。こんな何もない村で良ければ、歓迎しよう」
村長は意外なほどあっさりと、二つ返事で承諾した。 その寛容すぎる態度にセレーナが微かな違和感を覚えた時、開いた扉の奥、居間の椅子に座る人影が視界に入った。
(――金髪に、例の『メイド服』)
視線の先にいたのは、この辺境の農村には到底そぐわない、洗練された装いの少女だった。 すると、部屋の奥から、声が響いた。
「村長さん、せっかくだし入ってもらったらどうでしょうか? 」
その声に促されるように、村長も「そうか、そうだな」と頷き、セレーナを中へと招き入れた。
「立ち話も失礼した。さあ、中に入ってくれ」
「……お邪魔するわね」
低く、落ち着いた声。セレーナは、敵意を悟らせぬ程度の警戒を全身に纏わせながら、部屋へと足を踏み入れた。
村長が茶の支度を始める中、セレーナは促された席に腰を下ろす。
「はじめまして、私エキナシアといいます。医者をやってます、よろしくお願いしますね」
ふんわりとした金髪のボブカットが、彼女が動くたびに軽やかに揺れる。エキナシアと名乗ったその女性は、慈愛に満ちた柔らかな微笑みをセレーナへと向けた。
(医者……? この格好で?)
セレーナの脳裏に、いくつもの疑問が火花を散らす。 この辺境の村に、これほど高貴な気配を纏った美貌の医者が滞在している不自然。そして何より、医者を自称しながら、その身を包んでいるのは隙のないメイド服だ。
「おお、エキナシアさんは本当に素晴らしいお方でな。この村の病人も、皆このお方が治してくださったんじゃ」
村長が誇らしげに茶を差し出しながら口を添える。 村人からの熱い信頼。そして、上空から見たあの「城」の存在。 セレーナは、目の前の「美しい医者」が、あの城から遣わされた中枢に近い存在であることを確信した。
「……セレーナよ。王都から来た冒険者。お医者様がこんな村にいるなんて、珍しいこともあるものね」
セレーナは努めて冷静に、探るような視線をエキナシアに返した。




