30 王国4
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セレーナは、目的地の「リマの村」へ向かう足掛かりとして、その隣に位置する城塞都市アイゼンフェストの地を踏んでいた。
アイゼンフェスト。王国の東部防衛を担うこの街は、その名の通り「鉄の結束」を象徴するような巨大な外壁に囲まれている。リマの村で起きているはずの「異変」が事実なら、物流の中継地点であるこの街に何らかの予兆が届いているはずだ――セレーナはそうにらんでいた。
重厚な石造りの正門前。検問を待つ列に並び、自分の番が来るとセレーナは無造作に懐からプレートを取り出す。
「次の方、身分証を」
門兵の事務的な声に対し、セレーナが提示したのは、青色のライセンス――「白金級」の冒険者ライセンスだった。
「…………なっ、白金等級!?」
門兵の声が裏返り、周囲の空気が一変した。王国全土でも数えるほどしかいない英雄級の冒険者の登場に、門兵は慌てて姿勢を正し、敬礼に近い動作でプレートを返した。
「し、失礼いたしました! どうぞ、ご入場ください!」
「ありがとう。……ねえ、ついでに少し聞きたいんだけど」
立ち去ろうとする門兵を、セレーナは穏やかな、しかし拒絶を許さない響きを含んだ声で呼び止める。
「最近、この街で何か変わったことはなかった? 例えば、見たこともない奇妙な連中が入城したとか、森の方で妙な噂を聞いたとか。……どんな些細なことでもいいわ」
「変わったこと、ですか……?」
門兵は困惑したように眉を寄せ、必死に記憶を辿る。
「……いえ。これといって思い当たることはありません。行商人の出入りも例年通りですし、魔物の被害報告も特に増えてはいませんが……。何か、問題でも?」
「……そう。ならいいわ。お仕事、頑張ってね」
セレーナは短く微笑むと、そのまま街の雑踏の中へと消えていった。
(アイゼンフェストまで影響が出ていないのか、それとも『隠されている』のか……)
「……見て回った限り、表面上の変化は何一つない、か」
セレーナは、活気に満ちた市場の喧騒を背に小さく呟いた。 数日間この街に滞在し、まずは市場の動向を洗ったが、食料や資材などの高騰は見られない。流通網は正常に機能しており、商人の往来が途絶えた形跡もなかった。
「酒場でもギルドでも、収穫はゼロ。不気味なほどにね」
白金級の嗅覚を持ってしても、情報の欠片すら掴めなかった。リマの村で何かが起きているなら、最も近いこの大都市に難民や傷病者が流れ着くか、あるいは『戻らない商人の噂』の一つでも流れていて然るべきだ。だが、耳に入ってくるのは平和そのものの笑い声ばかりだった。
「こうなったら、直接リマの村へ行くしかないわね」
◇
アイゼンフェストを発ち、空路でリマの村を目指していたセレーナは、目的地を目前にしてその体を止める。
視界を遮るものは何もない。眼下に広がる先、リマの村に隣接する平野に奥に、それは忽然と姿を現していた。
「……何、あれ」
そこにあるはずのない、白を基調とし、高貴な紫の装飾が施された巨大な城。 森の中に隠れるわけでもなく、剥き出しの草原と平地に堂々と鎮座するその異様な威容。
周囲の地形は小高い丘や起伏に富んでおり、地上を歩く者の視点からは死角になるよう絶妙に隠されている。だが、空からの視点であれば、その異様さは隠しようもなかった。
報告にあった「異変」の正体を瞬時に悟ったセレーナは、空中での目撃を避けるために即座に飛行魔法を解除し、街道へと着地した。
人影のない街道を歩きながら、神経を研ぎ澄ませて周囲を観察する。いつでも動ける――白金級の戦闘態勢だ。
(あれが、ジークハルト候の言っていた『何か』か。……少なくとも帝国の建築様式じゃない。あの大国なら、もっと威圧感のある赤を好むはずだもの)
建物の色彩、それが既存のどの国家とも異なることを確信したセレーナは、ローブの内側から魔導紙を取り出す。
『リマ東方、白と紫の城を確認。調査を続行する』
簡潔に事実だけを綴ると、彼女は指先で宙に紋章を描き、静かに紡いだ。
「――氷鳥招来。この文を、ジークハルト候のもとへ」
淡い光とともに小さな氷の鳥が姿を現し、紙片をくわえて西の空へと飛び立っていく。それを見送りながら、セレーナはわずかに肩を落として息を吐く。
(……はぁ、やっぱりこの手の魔法は苦手。無詠唱でいけないなんて、格好がつかないわね)
柄でもない伝令魔法への愚痴をこぼしながらも、リマの村へと、慎重に歩みを進めた。




