29 ケッパー話し合いをする
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セドラックの鋭い追及に対しても、ケッパーの表情はぴくりとも動かなかった。彼女はまるで「今日の天気は晴れだ」とでも言うような平坦な口調で、事もなげに応じた。
「ケッパーは、冒険者になるために来た。ネクロエリシュオンから。……それだけ」
「冒険者登録をしたことは、昨日の報告で把握している。だが、なぜだ? 君ほどの力があれば、路銀に困ることもあるまい」
セドラックは椅子の背もたれから身を乗り出し、机を指先で叩いた。その目は笑っていない。
「本題に入ろう。君の主…『ナナシ』という男は、いずれこの帝国を飲み込むつもりか? もしそうなら、私は今ここで、ギルド全戦力を挙げて君を足止めしなければならない」
直球の問い。ケッパーは瞬き一つせず、その視線を正面から受け止めた。
「支配は興味ない。あるじ様、今のままで満足してる」
「信じろと言うのか? アンデッドが突如として現れ、強大な武力を背景に沈黙を守っている。それが現状で満足だなどと、子供の戯言にしか聞こえん」
「おじさん、勘違いしてる。…効率のため」
ケッパーは淡々と、しかし鋭く言葉を継いだ。
「帝国を支配する。…管理とても大変。人間たくさんすぐ怒る。あるじ様面倒なこと嫌い。戦うのもコストかかる。…お互い隣にいるだけ。それが一番、楽」
セドラックは鼻を鳴らした。だが、ケッパーの言葉には「支配欲」という感情よりも、冷徹な「損得勘定」が透けて見える。
「だが、それなら山の中に引きこもっていればいい。なぜわざわざ、冒険者として帝国の中心にまで入り込もうとする。君が銀等級になれば、帝国の主要な拠点や、軍の動向にまで触れる機会が出てくるんだぞ」
ケッパーはあえて、そこを突いた。
「…だから。隣人知らないと怖い。知らないから、間違えてぶつかる。私は帝国の『常識』を知りたい。何が帝国を怒らせるのか、何が帝国の限界なのか。……それを知っていれば、ネクロエリシュオンは、帝国を刺激せずに済む」
「つまり、衝突を避けるための『安全マージン』を測りに来たと?」
「そう…。それに私が『銀級』なら帝国の法に従う。野放しのバケモノより、ギルドに登録された『銀級冒険者』の方が、おじさんだって扱いやすいはず。私を、帝国のルールに縛り付けるチャンス。……違う?」
セドラックは沈黙した。 ケッパーの言い分は、表向きは「共存のための知恵」だ。だが、その実態が「敵を知るための諜報」であることを彼は察している。…しかし、同時に彼女の指摘も正しい。
これほどの武力を持つ者を「敵」として野に放てば、帝国は常に背後を脅かされる。ならば、ギルドの高ランクに近い地位を与え、その活動を「依頼」という形で表舞台に引きずり出す方が、帝国軍も監視がしやすくなる。
「……皮肉なものだな。君を信用できないからこそ、君に高い地位を与えて管理せざるを得ないというわけか」
「お互い様。信頼より契約。銀色ちょうだい」
セドラックは苦笑し、ケッパーに見習いのライセンスを出すよう促した。
「いいだろう、ケッパー。君の論理を飲もう。帝国とネクロエリシュオンが『面倒な戦争』を避けるための、これが通行証だ。ただし、君が我々の『常識』を逸脱した瞬間、この契約は血で洗われることになるぞ」
「…ん。わかってる。ありがとう…おじさん」
ケッパーは銀色等級となった赤色のプレートを手に取り、その冷たい感触を確かめた。 主の命である「帝国の情報収集」。そのための、最良の免罪符を手に入れた瞬間だった。
「いいだろう。少なくとも、私個人とこのテスカポル支部が、今すぐ君たちの敵に回ることはない」
セドラックは重苦しく告げた。しかし、その言葉の裏には、逃れようのない冷酷な現実が潜んでいた。彼は机から身を乗り出し、ケッパーの瞳の奥を覗き込むように声を低める。
「だが、忘れるな。帝国上層部……帝都の連中がどう判断するかは、また別の話だ。彼らにとって、得体の知れない強力な軍事勢力は排除すべき対象でしかない。私の権限で守れるのは、あくまでこの街のギルドという枠組みの中だけだ」
「わかった、おじさん」
それは、セドラックなりの忠告であり、同時に「不用意な行動で帝国を刺激するな」という最後通告でもあった。
「…おじさんの街、壊したくない。シエルも白銀の剣もいる」
ケッパーは最後にそれだけ言い残すと、支部長室の扉へと歩き出した。
扉が静かに閉まり、ケッパーの気配が完全に消えるのを待って、セドラックは肺にある空気をすべて吐き出すように深く息をついた。
背負わされた重圧の正体を反芻するように、彼は自分の手を見つめる。
「あれがアンデッド、ねぇ……」
独り言が、誰もいない執務室に虚しく響いた。 彼がこれまでの経験で知るアンデッドとは、生者への憎悪を撒き散らすだけの動く死体か、あるいは強大な魔力で破壊を振りまく災厄の類だ。 だが、あの少女は違う。徹底して合理的で、底が見えず、こちらの出方を冷徹に見極めている。
「…アンデッドなんかより、よっぽどタチの悪い『化け物』だよ」
恐怖というよりは、得体の知れない深淵を覗き込んだ後のような疲労感が彼を襲っていた。 しかし、その直後。セドラックはふと思い出したように、窓硝子に映る自分の顔を眺めた。
「あと……それほど『おじさん』と言われるような歳でもないんだがな、私は」
まだ三十代半ば。支部長としては若手の部類に入る。 先ほどまでの緊張感を台無しにするような小さな不満に、彼は自嘲気味な苦笑を漏らすしかなかった。




