27 ケッパーちょっと本気出す
はじめて作品を書きます。
よろしくお願いします。
毎日朝8時投稿予定です。
「おう、逃げずにちゃんと来たか。感心じゃねぇか」
野太い声と共に、銀等級の巨漢バルダスがギルドの重厚な扉から現れた。その背には巨大な大剣が担がれ、現役の精鋭らしい威圧感を周囲に放っている。
「……もちろん。約束した」
ケッパーは表情一つ変えず、淡々と答えた。その小さな背中には、手入れの行き届いた弓が備えられている。
「……って、おい。なんでお前らまでここにいるんだ?」
バルダスはケッパーの背後に立つ、見慣れた顔ぶれを見て眉をひそめた。
「「付き添いでーす!」」
シエルとルルが、楽しげに声を揃えて答える。
「あのな……。これはガキの使いじゃねぇ、分かってんのか?」
「分かってるって。私たちは手を出さないから安心して。ケッパーちゃんが変なおじさんに苛められないか、見張りに来ただけよ」 「誰が変なおじさんだ、コラ!」
吠えるバルダスを、シエルはさらりといなす。バルダスは忌々しげに鼻を鳴らすと、再びケッパーへと視線を戻した。
「……まあいい。だが、いいか。俺が見るのは『てめぇの腕』だ。あいつらが指一本でも手を出したら、その時点で不合格だと思えよ。……それで? 獲物は何にするつもりだ」
ケッパーは短く、迷いのない声で答えた。
「ハーピー」
「……ハーピーだと?」
バルダスは意外そうな顔をして目を細めた。 ハーピーは空を飛ぶ魔物だ。矢を当てるだけでも見習いには至難の業であり、何よりこの付近では「割に合わない魔物」として敬遠されている。
「あいつらは崖に住んでる。仕留めても、死体は谷底だ。討伐証明の羽根一枚持ち帰るのも一苦労だぞ。分かって言ってんのか?」
「わかってる。……問題ない。すぐ終わる」
「……ふん。面白い。そこまで言うなら、せいぜいその口の利き方に見合った腕を見せてもらうぜ。行くぞ!」
バルダスが大きな歩幅で歩き出し、ケッパー、そして保護者役(?)のシエルとルルがそれに続いた。 テスカポルの南西、切り立った断崖絶壁が続く「ハーピーの巣」を目指して。
一行はテスカポルの重厚な南門をくぐり抜け、街道を外れて南西の断崖エリアへと足を進めた。
隊列は、先頭にケッパー。そのすぐ後ろに案内役のシエルとルルが続き、最後尾からバルダスが鋭い視線でケッパーの背中を監視する形で進んでいく。
道中、草原の魔物たちが一行の行く手を阻もうと姿を現した。 鋭い角を持つホーンラビット、粘液を撒き散らすグラスワーム、そして草むらに潜む毒蛇ポイズンスネイク。
しかし、それらが獲物を定めて跳躍し、あるいは牙を剥くよりも早く――。
「……邪魔」
ケッパーが小さく呟くと同時に、その手の中で短剣が銀色の閃光を描いた。 一切の無駄がない、最短距離を突く一閃。魔物たちは何が起きたのか理解する暇もなく、急所を正確に断ち切られて地面に転がった。
弓を背負いながらも、接近戦において圧倒的な技量を見せるその姿に、シエルは思わず目を見開く。
「すごい……。ねぇケッパーちゃん、弓だけじゃなくて短剣もそんなに使えるの?」
「……余裕」
ケッパーは血を払う動作すら省略し、止まることなく歩みを進める。 最後尾で見守るバルダスは、鼻を鳴らしつつもその表情は険しかった。
(……足運びも、刃を抜くタイミングも素人じゃねぇ。獲物が近づく『気配』を、俺よりも早く察知してやがる。こいつ、本当にただの見習いか?)
草原の雑魚を「掃除」するかのような手際の良さに、バルダスの中の警戒心は、いつしか「得体の知れない強者」に対する好奇心へと変わり始めていた。
「着いたわよ。あそこが通称『星明りの崖』。夜になると星が降るみたいに綺麗なんだけど……今は見ての通り、あんな有様ね」
シエルが指差す先、断崖の空を埋め尽くしていたのは、ざっと百体は下らないであろうハーピーの群れだった。半人半鳥の魔物たちが、不気味な鳴き声を上げながら旋回している。
「あの中央に架かっている大きな橋。あそこに近づくだけで、ハーピーたちが一斉に襲いかかってくるのよ。縄張り意識が異常に強いというか…」 ルルが杖を握り直し、険しい表情で付け加える。
「ここさえ自由に行き来できれば、テスカポルと港町『ポートソレイユ』を繋ぐ最短ルートになるんだけどね。今はみんな、あの鳥女たちが怖くて、わざわざ数日かけて山を迂回してるのよ」
シエルが嘆くように肩をすくめる。この道の解放は、帝国にとっても大きな利益になるはずである。
「おい、お前ら。……ピクニックに来たんじゃねぇんだ、少しは緊張感を持て」
最後尾から、バルダスが地を這うような低い声で釘を刺した。彼の視線は、群れをなすハーピーを冷徹に分析している。
「いいか、再確認だ。……手を出すのはケッパーだけだ。わかったか?」
「「わかってるって!」「もー、心配性なんだから」」
二人の軽い返事に、バルダスは忌々しげに鼻を鳴らした。そして、一言も発さず崖の縁を見つめているケッパーの背中に声をかける。
「……ケッパー。あの数を相手に、どう出るつもりだ」
ケッパーは、風に揺れるメイド服の裾を押さえることもせず、静かに弓を手に取った。
「えっ、ケッパーちゃん!? まだ五〇〇メートルは距離があるよ!」
シエルの驚き混じりの制止を背に、ケッパーは歩みを止め、静かに弓を構えた。
彼女は指の間に、それぞれ数本ずつの矢を挟み込む。それは通常の矢よりも短く、鋭利な「特殊矢」だった。ケッパーが指に力を込めると、強靭な弓が限界までしなり、異様なまでの重圧を周囲に放つ。
――瞬間、指が解かれた。
「ビュンッ!!」
空気を切り裂く爆鳴。放たれた矢は放射状に広がり、標的に到達するよりも早く、空中で三度、四度と加速の衝撃波を撒き散らした。
「……」
ハーピーの悲鳴が上がるよりも早く、ケッパーはその場から「消えた」。
彼女は崖の縁を蹴ると、重力など存在しないかのように宙を駆けた。
「……なっ!?」
バルダスの絶句を置き去りに、ケッパーは墜落していくハーピーの群れの中を乱舞する。空中に見えない足場があるかのように、不自然な軌道で方向を転換。次々と射落とされたハーピーに肉薄し、その体が奈落へ落ちる一瞬の隙に、指先で討伐証明の羽根を正確にむしり取っていく。
右へ、左へ。 まるで空中に描かれた不可視の糸を辿るように、ケッパーの残像が百の影を蹂躙した。
数分も経たぬうちに、耳を刺すような羽音と悲鳴は止み、あたりには静寂が戻った。
ケッパーは羽根を山盛りに抱え、何事もなかったかのようにシエルたちの前へ着地した。その足取りは羽毛のように軽く、メイド服には返り血一滴すらついていない。
「……これ、羽根。でも、数匹……落とした。……失敗」
ケッパーは、羽根を回収しきれずに谷底へ消えた数体分の失態を悔やむように、小さな肩を落として呟いた。
「「…………」」
シエルとルルは、口を開けたまま固まっている。
「…………おいおい。曲芸どころの話じゃねぇぞ、これは」
バルダスは、目の前の光景を反芻していた。 銀等級として修羅場を潜り抜けてきた彼だからこそ分かる。今ケッパーが見せたのは、単なる「弓が上手い」とか「足が速い」といった次元ではない。
「……金等級の連中を連れてきたって、今のが真似できる奴がどれだけいるか。おい、お前……。本当に、何者なんだ?」
畏怖すら混じったバルダスの呟きをよそに、シエルとルルがケッパーに駆け寄った。
「すっごーーい! ケッパーちゃん、今の見た!? 凄すぎて、途中から何が起きたか分からなかったよ!」「あの距離からの精密射撃に、あの空中制動……。魔法を使わずにあんな動きができるなんて、信じられない」
二人の手放しの絶賛を受けながらも、ケッパーは「……羽根、これだけ。足りる?」と、抱えた山盛りの証拠品をバルダスに差し出した。
「……あ、ああ。足りるどころか、これだけでギルドのハーピー在庫がパンクするぜ」
バルダスはふぅ、と長く息を吐き、頭を掻きながら続けた。
「……認めざるを得ねぇな。こりゃあ鉄級どころの騒ぎじゃねぇ。俺の責任で、お前を『銀等級』へ推薦してやる」
「……銀? 一気に?」
「ああ。これだけの腕を見せつけられて、見習いからコツコツ始めろなんてのは時間の無駄だ。だがな、見習いから一気に銀まで飛び級させるとなると、流石に手続きが特殊になる。支部長……セドラックとの直接面談は避けられねぇだろうな」
「支部長と、お話」
ケッパーは、昨日ギルドの奥へ消えていったカイトたちの姿を思い出した。
「……わかった。面談、する。……早く、ランク上げたい」
「はは、言うねぇ! よし、じゃあ街に戻るぞ。あいつらの度肝を抜いてやるのが、今から楽しみだぜ」
バルダスは豪快に笑うと、ケッパーの小さな背中を軽く叩いた。 一行は、ハーピーの影が消え、再び静寂と風を取り戻した『星明りの崖』を後にし、テスカポルの街へと引き返していった。




