25 白銀の剣の報告と講習会
「……それで。討伐報告がここまで遅れた理由を聞かせてもらおうか。あと半日遅ければ、こちらから捜索依頼を出すところだったぞ」
組んだ指に顎を乗せ、低く落ち着いた声で問いかけたのは、支部を統括する男、セドラックだ。支部長にしては若々しく見えるが、その鋭い眼光は歴戦の冒険者特有の威圧感を放っている。
「すまない、セドラック。……報告の通り、本来の討伐対象だった『ワイルドベア』は問題なく仕留めた。これが証拠の掌だ」
カイトは机の上に、ずしりと重い獲物の一部を置いた。続けて、厳重に包まれたいくつかの素材も並べる。
「だが、すぐその場で想定外のコカトリスに襲われてな。なんとか撃退はしたが、毒と傷で壊滅的な被害を受けた。……これがその、コカトリスの尾と毒嚢、それに魔石だ」
「ふむ……。確かに、銀等級の君たちがここまで消耗するのも無理はない相手だ。だが、ならなおさら、なぜ早急に街へ戻らなかった?」
セドラックの問いに、カイトは深く息を吐き、覚悟を決めたようにルルとレメディに視線を送った。
「負傷した二人の命を優先して、俺たちは大密林を抜けた王国領のリマ村を目指したんだ。だが……森を抜けたら目の前に、見たこともない巨大な城が建っていた。――アンデッドが支配する国、『ネクロエリシュオン』だ」
「……何だと?」セドラックの眉が跳ね上がった。
「城だと? それに、アンデッドの国だと……。悪い冗談はやめろ、カイト」
「冗談ならどんなに良かったか! でもね、支部長。その国の王様……ナナシ様は、信じられないくらい理知的だったの。私たちの傷を治してくれたし、清潔な宿も、最高の装備――もっともナナシが市場に卸した装備はドラゴンキャッスルでは下級もしくはせいぜい中級程度の装備である。それに驚くほど美味しい食事まで提供してくれたんだから」
シエルが身を乗り出して補足する。その表情には、恐怖よりもむしろ、あの街への親愛の情が滲んでいた。
「そうよ。最初は私たちも『殺される』って思った。でも、あの居心地の良さは本物だった。彼らは私たちを、一人の人間として扱ってくれたわ」
「アンデッドに情けをかけられた、と? ……君たち、騙されているんじゃないか?」
セドラックの懐疑的な言葉を、レメディが静かに、しかし毅然とした態度で遮った。
「仮に、それが何らかの術策であったとしても。私たちが彼の者に命を救われ、今ここに生きているという事実は揺らぎません。あの方は……あそこは、決して邪悪なだけの場所ではありませんでした」
沈黙が部屋を支配する。セドラックはこめかみを押さえ、未曾有の事態に思考を巡らせた。王国と帝国の境界線に、突如として現れた未知の勢力。それが「友好的なアンデッド」などという報告、まともな神経なら一蹴するところだ。
だが、目の前の誠実な銀等級たちが、揃って嘘をつく理由もない。
「……ふむ。話はわかった。事の是非はともかく、これは私一人の裁量で済む話ではないな」
「支部長、一つだけ忠告させてください」
カイトが、椅子から立ち上がりながら念を押すように言った。
「帝国がどう動くかは分かりませんが、決してあそこに戦いを仕掛けるような真似はしないでほしい。……俺たち五人が束になっても、王の隣に控えるたった一人の従者に、指一本触れることすらできなかったんだから」
カイトのその言葉には、本能的な恐怖と、それ以上の「敬意」が込められていた。
◇
ギルドを出て数分。ケッパーの目の前に、特徴的な緑の屋根を持つ大きな建物が現れた。 建物の横には、木柵で囲われた広い練兵場のようなスペースがある。そこには地面がむき出しの土が広がり、標的となる土人形がいくつも並べられていた。
建物の中に入ると、そこはギルド本部を少し簡素にしたような造りで、いくつかの受付カウンターが並んでいる。
「冒険者講習会はこちらです! 予約されている方は、順に並んでお待ちくださーい!」
案内の声に従って列に並ぶ。すでに数人の見習い冒険者らしき者たちが、緊張した面持ちで順番を待っていた。 しばらくして、ケッパーの番が回ってくる。
「はい、お次の方。ライセンスを見せてください」
受付の女性に言われ、ケッパーはポーチから赤いプレートを差し出した。
「はい、これ」
「はい、お預かりしますね」
受付嬢はプレートを受け取ると、カウンターに置かれた平べったい魔道具にそれをかざした。魔道具が微かに光を放ち、何らかの情報を読み取っていく。
「……はい、ケッパーさんですね。予約の確認が取れました。奥へ進んで、左側の部屋に入ってください」 「わかった。……ありがとう」
プレートを返してもらい、ケッパーは指定された部屋の扉を開けた。 室内には、整然と並べられた机と椅子。正面の壁には、文字や図形を書き込むための大きな白いパネルがはめ込まれている。
部屋の中には、すでに数人の「人間」たちが座っていた。 彼らは、場違いなほど綺麗なメイド服を着た小さなケッパーを見て、ひそひそと何かを囁き合っている。
(……みんな、私を見てる。でも、関係ない)
講習開始までは、まだ少し時間があるようだ。 ケッパーは周囲の反応を気にする素振りも見せず、空いている椅子の一つにちょこんと腰を下ろした。
彼女はこの部屋の出口の数や、同席している者たちの体格、そして壁のパネルの材質などを、静かに、そして冷静に観察し始めた。
しばらくすると、奥の扉を蹴り開けるような勢いで、一人の大男が入ってきた。
「よし、おまえら。今から講習を始める。座ってない奴はさっさと座れ」
地響きのような声。ケッパーは顔を上げた。そこにいたのは、先ほどギルドでカイトたちに声をかけていた銀等級の男――バルダスだった。
「俺は銀等級のバルダスだ。名前は覚えなくていいが、一応な。……さて、まずお前らに言いたいことは一つだけだ。――『死ぬな』。それだけだ」
バルダスは鋭い眼光で、並んだ新人たちを一人ずつ射抜くように見つめた。
「見習いのうち、青銅に上がる前に半分は引退するか、…死ぬ。大抵は自分の腕を過信した馬鹿から死んでいくんだ。魔物とやる時は必ず一対一にしろ。複数を相手にするな、逃げろ。数は力だ。できるなら仲間を募って、一匹の魔物を全員で袋叩きにしろ。それが冒険者の正解だ」
バルダスは続ける。
「次に知識だ。ギルドの二階には資料室がある。魔物の生態、弱点、剥ぎ取り方……生き残るための答えが全部書いてある。貸し出しは不可だが、閲覧は自由だ。勉強が嫌いな奴もいるだろうが、死にたくなければ頭に叩き込め。それと、依頼の受注についてだが……」
バルダスは見た目の割に、驚くほど丁寧に説明を続けた。依頼失敗には高額な違約金が発生すること、最悪の場合は資格剥奪もあり得ること。
「装備についても教えてやる。見習いと青銅に限り、ギルドが安く貸し出しを行っている。場所は五番通りの……」
話は続き、ついに具体的な活動場所へと及んだ。
「まずは東門から出ろ。あの先の草原には比較的安全な魔物が多い。まずは『ホーンラビット』を確実に狩れるようになれ。あそこは視界が開けてるから、不意打ちも受けにくい。見習い専用の簡単な依頼もいくつか出てるはずだ。小遣い稼ぎにはなるだろう」
バルダスはふと壁の時計を見上げると、短く鼻を鳴らした。
「……ちっ、もうこんな時間か。この短い時間じゃ、教えきれねぇことばかりだ。だが、今言ったのは全部『基礎の基礎』だ。……いいか。お前らが鉄等級まで上がってきたら、その時は一杯奢ってやる。それまで、くたばるんじゃねぇぞ」
バルダスが背中を向けて立ち去ろうとした、その時だった。
「待って。……質問」
ケッパーの静かな声が部屋に響いた。バルダスが足を止め、怪訝そうに振り返る。
「ホーンラビット、時間がかかる。効率、悪い。……強い魔物の討伐証明、持ってきたら。ランク、すぐ上がる?」
「あぁ……? てめぇ、さっきの俺の話を聞いてたのか?」
バルダスがドスの利いた声を出し、一歩踏み出す。銀等級の冒険者が放つ、強烈な威圧感。並の新人なら腰を抜かすような鋭い眼光がケッパーを射抜いた。 しかし、ケッパーは眉一つ動かさない。その威圧をまるで心地よいそよ風でも受けるかのように平然といなし、ただ無機質な瞳で大男を見つめ返した。
(……この人、怒ってる? でも、アニスの方が、ずっと怖い)
ケッパーのあまりに堂々とした……あるいは無反応な態度に、バルダスは毒気を抜かれたように鼻を鳴らした。
「ほう……。いい度胸じゃねぇか。いいか、質問に答えてやる。基本的には『不可』だ。見習いが強い魔物を倒せるはずがねぇ、ってのがギルドの常識だからな。もし持ってきたとしても、金で買ったか、強い奴に寄生して手に入れた『不正』だと見なされるのが関の山だ」
だが、とバルダスは口角を吊り上げた。目の前の小さな少女から漂う、ただ者ではない気配に興味を惹かれたようだ。
「そこまで自信があるってんなら、一つだけ方法がある。明日、俺がてめぇの狩りについてってやる。目の前で本当に討伐してみせろ。本物だってんなら、俺がギルドに証言してやるよ」
「……わかった。明日。お願い」
「決まりだ。明日の朝、ギルドの前にいろ。……もしハッタリだったら、そのメイド服を毟り取ってケツ叩いて追い出すからな!」
バルダスは豪快に笑うと、今度こそ部屋を出ていった。 一人残されたケッパーは、静かに自分の手を見つめる。
(明日。……少しだけ、本気を出す。効率、大事)
主への報告事項が、また一つ増えた。ケッパーは冷静に現状を整理し、三番の道を戻るべく席を立った。
「ん?なんかケッパーちゃんが私の悪口言ってる気がする」
「ケッパーは悪口なんて言わないだろ…」
「そーかなー、気のせいかー」




