19 別れ
はじめて作品を書きます。
よろしくお願いします。
毎日朝8時投稿予定です。
「本当にお世話になりました。アニス殿、ナナシ様にもくれぐれもよろしくお伝えください。この御恩は、いつか必ず……」
城の門前、カイトは深々と頭を下げた。 当初の警戒心はどこへやら、一行はこの一週間でこの街の清潔な宿、美味しい食事、そして意外なほどに平穏な空気にすっかり馴染んでしまっていた。
しかし、彼らは本来、依頼の途上にある身。南の『オルク大密林』を抜け、帝国領へと戻らなければならない。
名残惜しそうにするシエルやルルたちも、アニスと再会を誓う言葉を交わし、感謝を伝えた。
「はーい、皆さん気をつけて! またいつでも遊びに来てくださいねー!」
アニスはいつも通りの屈託のない笑顔で、大きく手を振って一行を見送った。
やがて、冒険者たちの背中が森の緑に消えていく。 それを見届けたアニスは、少しだけ表情を改めて、背後に立つ主――ナナシへと視線を向けた。
「……それにしても主様、本当によかったんですかー? せっかくの貴重な外部情報を持った人間たちだったのに、あんなにあっさり返しちゃって」
アニスの問いに、ナナシは遠くの空を眺めたまま、静かに口を開いた。
「ああ。どうせ遅かれ早かれ、この街の存在は外の世界に知られることになる」
「なるほどですねー、それにしても大丈夫でしょうか…ケッパーちゃん」
◇◆◇
――さかのぼること会談の日
「さて、二つ目の願いだが……カイト殿。君たちは何らかの依頼を受けてこの森へ入り、そしてその報告のために帝国領へ戻る。そうだな?」
ナナシが静かに問いかけると、カイトは背筋を伸ばして頷いた。
「はい、ナナシ様。我々『白銀の剣』は、オルク大密林での魔物討伐依頼を受けておりました。本来、それほど難度の高い仕事ではなかったのですが……運悪く、目標討伐後に『コカトリス』という希少個体に遭遇してしまいまして」
カイトは苦い記憶を思い起こすように眉を寄せた。
「辛うじて撃破したものの、仲間は満身創痍。帝国領へ引き返すにはあまりに深く入り込みすぎていました。そのため、距離はありますが森を抜けた先にある王国領の『リマの村』で、治療と補給を受ける予定だったのです」
「だが、君たちが辿り着いたのはリマの村ではなく、ここだったというわけか」
「はい。森を抜けた先に、この『ネクロエリシュオン』が見えたので……。遠目にはとてもアンデッドの街には見えず、助けを求める一心でこちらへ向かいました」
カイトの言葉を聞き、ナナシは深くソファに背を預けた。
「なるほどな。……それなら話は早い。二つ目のお願いだが、カイト殿。君たちが冒険者組合へ戻った際、自分の身に起こったことを、ありのまま報告してほしいのだ」
「っ!? え……秘密にしろ、ではなくてですか?」
カイトは耳を疑った。隠密に街を築いている存在であれば、口封じや守秘義務を課すのが当然だと思っていたからだ。
「ああ。ついでに、アンデッドが国を興したことも隠さず伝えてくれ。無理に宣伝する必要はないが、嘘をつく必要もない。この街の場所も、そこで受けた待遇も、すべて正直に話して構わないよ」
ナナシの意図が掴めず、カイトたちは困惑の表情を浮かべた。
「それともう一つ、個人的な興味で聞きたいのだが……帝国で『冒険者』になるのは、誰にでも可能なのかな?」
◇◆◇
オルク大密林の深く、生い茂る木々の間を馬の蹄の音が規則正しく響く。 一行は帝国領への帰路についていたが、そこには「白銀の剣」の五人に加え、一人の少女の姿があった。若草色の髪を揺らし、場違いなほど完璧にアイロンの利いたメイド服を纏ったケッパーだ。
「……くしゅんっ!」
鈴を転がしたような、あまりにも可愛らしいくしゃみの音。 ケッパーと同じ馬に乗り、彼女を前座席で抱きかかえるようにしているレメディが、心配そうに顔を覗き込んだ。
「大丈夫? ケッパーちゃん。少し冷えてきたかしら、寒くない?」
レメディが自分のマントの端をケッパーに掛けてあげようと手を伸ばすと、ケッパーはもぐもぐと何か食べながら
「大丈夫です。アンデッドは風邪を引きません」
「ほれ、これも食うといい。なかなかうまいぞ」
長らく喉を焼いていた呪縛から解放され、ようやく自由になったその声は、驚くほど穏やかで温かかった。
エンキは、まるで遠く離れた地で待つ本当の孫娘を慈しむような、柔和な笑みを浮かべてケッパーに包みを差し出した。
「……ありがとうございます」
ケッパーは小さな手でそれを受け取ると、静かに、けれど確かな響きでお礼を口にした。
「ケッパーちゃん、よくそんな食べて太らないよね」
隣を歩くシエルが、くすくすと笑いながらからかう。
ケッパーはナナシから「帝国の視察」と「冒険者登録・調査」の任務を受けて同行していた。小柄で愛らしい外見もあり、今や一行の癒やしの存在として、すっかり馴染んでいる。
「アンデッドは食べても太らない、食べなくてもヘーキ、シエルもアンデッドになる?」
あまりにも気軽な「転職」ならぬ「転生」の誘いに、シエルは顔を引きつらせた。
「いやいやいやいや! 遠慮しとくわよ! 気持ちだけ受け取っておくから!」
シエルは千切れんばかりの勢いで首を左右にぶんぶんと振り、全力で拒絶の意を示す。
「そう、ざんねん…」
そう言うと、彼女は再び前方の密林をじっと見据えた。その瞳には、主から託された任務への使命感と、初めて見る「外の世界」への隠しきれない好奇心が宿っていた。




