13 白銀の剣
はじめて作品を書きます。
よろしくお願いします。
次話翌日9時投稿予定です。
「アニス殿、ありがとう。本当に、感謝してもしきれない。……ナナシ様にも、くれぐれもお伝えください」
カイトは真っ直ぐにアニスを見つめ、深く、誠実な感謝を込めて頭を下げた。
「お気になさらず。ですが、感謝の言葉は確かに承りました。主にも必ず伝えておきます」
アニスは丁重に一礼を返す。
一方、目を覚ましたばかりのレメディとルルは、まだ意識が混濁しているのか、場違いなほど清潔な宿の一室を見渡して呆然としていた。
カイトは二人の傍に寄り、自分たちが全滅の危機を免れ、この「アンデッドの国ネクロエリシュオン」の宿に運び込まれた経緯を簡潔に説明した。
ようやく状況を飲み込んだ二人は、アニスに向き直った。
「改めてお礼を言わせてください。私はパーティ『白銀の剣』のヒーラー、レメディです。アニスさん、助けていただいて本当にありがとうございました」
白いローブを纏ったレメディが、しとやかに頭を下げる。
「私も、ありがとうございました。マジシャンのルルです。…あの、あの薬は一生忘れられない味でしたけど……本当に、助かりました」
黒いフードの隙間から、ルルが少し気恥ずかしそうに、けれど真剣な眼差しでお礼を口にした。
「いえいえ、お気になさらず。レメディさんにルルさんですね。よろしくお願いします」
アニスが柔らかく微笑む。
それを見たカイトは、残りのメンバーを紹介するために一歩前に出た。
「アニス殿、改めて俺の仲間を紹介させてくれ。まず、リーダーでタンカーを務めている俺、カイトだ。そして……」
「……助けてくれて、ありがとう。それと、最初は怖がったりしてごめんなさい。私はスカウトのシエル。アニスさん、よろしくね」
カイトの言葉を引き継ぎ、軽装の女性――シエルが少し照れくさそうに、けれど快活に笑いかけた。
「最後に、この大柄な男はエンキ。うちのメインファイターだ。今回の遠征中に魔物の呪いを受けてしまってな……時間が経てば自然に治ると思うんだが、今は声が出ないんだ。愛想が悪く見えたら申し訳ない」
カイトが紹介すると、エンキと呼ばれた大男は、威圧感のある体格に似合わぬほど丁寧で、誠実な会釈をアニスに返した。
「カイトさん、シエルさん、エンキさん。把握いたしました」
一通り紹介を終えると、カイトは少し言いにくそうに、けれど意を決して切り出した。
「それと、アニス殿。大変申し訳ないのだが……俺たちはしがない冒険者で、あまり丁寧な言葉遣いには慣れていないんだ。その……少し、砕けた口調で話させてもらっても構わないだろうか?」
その提案に、アニスは少し意外そうに目を丸くしたが、すぐにふっと表情を緩めた。
「畏まりました。私のような従者相手には、どうぞお気になさらず」
そう言うと、彼女は少し悪戯っぽく微笑んで付け加えた。
「実は私も、丁寧な言葉遣いはあまり得意ではないんです。もしよろしければ、私も普段通りの喋り方で通してもいいでしょうか?」
その意外な提案に、カイトの顔にも自然と笑みが浮かんだ。
「ああ、もちろん。こちらもその方が助かるよ」
承諾を得た途端、アニスは今までの澄ました態度が嘘のように、パッと表情を明るくした。口調も一変し、驚くほど軽快で人懐っこいものになる。
「あー、ありがとうございますー! いやー、やっぱり丁寧な口調って疲れるんですよね。肩が凝るっていうか何ていうか!」
アニスは「ふぅ」と大きく息を吐き出すと、興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「ところで、さっき言ってた『冒険者』って何なんですかー? 私、アンデッドなので、外のことに疎くて」
あまりの豹変ぶりにカイトたちは一瞬呆気に取られたが、その裏表のない態度に毒気を抜かれ、カイトは苦笑しながら答えた。
「冒険者っていうのは、一言で言えば『便利屋』みたいなものだ。各地に『冒険者組合』という斡旋所があって、そこで魔物退治から落とし物探しまで、いろんな依頼を引き受ける連中のことを指すんだよ」
「なるほどー、じゃあ『白銀の剣』っていうのは?」
「それは俺たち五人のチーム名だ。一人じゃ手に負えない依頼も多いから、気の合う仲間で固定のパーティを組むのさ。それが俺たちの誇りでもある」
すると、隣で聞いていたシエルが、少し胸を張って補足した。
「こう見えて、私たちは『銀等級』のチームなのよ?」
「ぎん、とうきゅう……ですか?」
首を傾げるアニスに、シエルが指を折りながら解説する。
「そう。冒険者にはランクがあってね。見習いから始まって、青銅、鉄、銀、金、白金……って上がっていくの。依頼の達成数や信用、実力で評価されるんだけど、銀等級になればもう立派なベテラン。それなりに難しい仕事も任されるようになるんだから!」
「ほえー! すごいんですねぇ、銀色!」
アニスが感心したように何度も頷いていると、タイミングを見計らったかのように、部屋の扉が三回、規則正しくノックされた。
「失礼いたします。皆様、お食事をお持ちいたしました」
落ち着いた、深みのある声と共に扉が開く。入ってきたのは、老執事のソレルだった。彼は手慣れた手つきで料理の載ったワゴンを引き、部屋へと進み出る。
「わぁ……! 実は私、もうお腹ぺこぺこだったんだよね!」
シエルが思わず声を上げると、隣でカイトが「こら、はしたないぞ」と嗜める。
「もう、カイトだってさっきお腹鳴ってたじゃない」
シエルが小さく舌を出して注意し返すと、一行の間に和やかな空気が流れた。
「病み上がりの方もいらっしゃると伺いましたので、滋養のあるものを中心に用意いたしました。どうぞ、お好きなだけお召し上がりください」
ソレルは慇懃に深くお辞儀をし、テーブルの上に次々と温かな料理を並べ始めた。アンデッドの街とは思えないほど、芳醇で食欲をそそる香りが部屋いっぱいに広がる。
◇
並べられた温かな料理を夢中で平らげた一行は、これ以上ないというほどの充足感に包まれていた。
「ふあぁ…。お腹がいっぱいになったら、なんだか急に眠くなっちゃった……」
シエルが大きなあくびをして、とろんとした目で呟く。
「無理もありません。薬で傷が塞がったとはいえ、失った体力や精神的な消耗までが回復したわけではありませんからな」
老執事ソレルが、労わるような穏やかな声で言った。彼は手際よく食器を片付けると、改めて一行に向き直る。
「本日はこれで失礼いたします。皆様、どうかごゆっくりとお休みください。明日の朝、またアニスを迎えによこしましょう」
「何から何まで、本当にありがとう。おかげで命が繋がったよ」
カイトが代表して、改めて心からの感謝を伝えた。
「はーい、明日はこの街をたっぷり案内しますからねー! それじゃあ、おやすみなさいっ!」
アニスも元気いっぱいに手を振り、ソレルと共に部屋を後にした。
パタン、と静かに扉が閉まる。 部屋に残されたのは、柔らかな明かりと、清潔な寝具の匂いだけだった。
「……一時はどうなることかと思ったけど、本当に助かったな」
カイトがベッドに腰掛け、ポツリと独り言のように漏らす。
「うん、そうね……。アンデッドって、もっと恐ろしいだけの存在だと思ってた。なんだか、見方が変わっちゃいそう」
シエルの言葉に、まだ少し顔色の赤いレメディやルル、そして言葉は発せずとも深く頷くエンキも同意する。
アンデッドの街ネクロエリシュオン。
皮肉にも彼らは人間界のどんな宿よりも深い安らぎを感じていた。
部屋からは時折、小さな笑い声が漏れ聞こえ、やがてそれも穏やかな寝息へと変わっていく。
こうして、「白銀の剣」の波乱に満ちた一日は、静かに更けていった――。




