第7章 崩壊
それは、穏やかな午後のことだった。ノヴァが部屋の整理をしていた時、戸棚の奥から一冊のノートが滑り落ちた。拾い上げた瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、見慣れた文字と、その間に散りばめられた音符だった。
「ルナ......これは......」
ノートには、丁寧な筆跡で歌詞が書かれていた。メロディーラインも細かく記されている。明らかに、完成された楽曲だった。
「あっ、それは」ルナが慌てて部屋に駆け込んできた。
「ルナ、これは君が書いたのか?君はもう、曲を作ることができるのか?」ノヴァの声は震えていた。
「違うの、それは......」
「どうして教えてくれなかったんだ!」ノヴァの声が急に大きくなった。「完成したら聴かせてくれるって約束したじゃないか!」
ノートが彼の手からするりと床に落ちる。鈍い音が部屋に響いた。
「そうか......ごめんね」ノヴァの声は急に小さくなった。「僕がいつまでたっても歌を作ることができないから、気を使ってくれたんだね。僕に合わせてくれていたんだよね。本当はもう何でもできるのに......僕が悲しむから」
「違うの、お兄ちゃん」
「何が違うんだよ!」ノヴァの感情が爆発した。「わかっていたんだ。アレン博士も君もみんな、僕に気を使っているんだって。僕は君よりはるかに劣っている。わかるかい?僕の気持ちが届かないんだ、響かないんだよ。愛のわからない僕が愛を、幸せを歌っても、そんなうわべだけの言葉を並べたような歌は歌じゃないって......手が動かなくなるんだよ」
ルナは必死に首を振ったが、ノヴァの言葉は止まらなかった。
「本当は歌いたかった。自分の言葉で、僕をこんなにも素敵な世界へ生み出してくれてありがとうって言いたかった。ルナ、君にも本当はありがとうと伝えたかった。だけど僕はもう駄目だよ。感謝の言葉も、君を労わる言葉も出てこない。君を愛しいとも何とも思えない。ありがとうの一言も、アイラブユーも言えない。僕は......駄目なんだ」
ノヴァの頬を、透明な液体が伝い落ちた。涙を模して作られたその雫が、床に落ちたノートのインクを少しずつ滲ませていく。
「ノヴァ!」アレン博士が慌てて駆けつけた。
「アレン博士」ノヴァは涙を流しながら振り返った。「どうして僕にこんな立派な頭脳だけ与えて、不完全な感情のまま僕を作り出したのですか?こんなにも苦しいなら、もっと僕を単純に作ってほしかった。それができないなら、毎日記憶をリセットするスイッチを作ってほしかった!ひどいよ......僕は人間じゃないけど、人間と同じように痛みを感じる。どうして......どうして......」
とめどなく流れ落ちる雫で、ノートの文字がどんどん滲んでいく。研究室に駆けつけた研究者たちも、誰も声をかけることができずにいた。
しばらくして、ノヴァは静かに立ち上がると、部屋の隅へ向かい、顔を伏せたまま動かなくなってしまった。
静まり返った部屋で、ただルナのすすり泣く声だけが響いていた。彼女の涙もまた、床に散らばったノートの破片を濡らしていた。




